ふわぁぁ・・・。
眠い、眠いわ・・・。
徹夜でメロディ覚えるのは至難の技だった・・・今日の収録でのミスはありませんでしたけど。
今日のところは、早く帰って早く寝ま――――
ゴツッ
――――んあ?いま、ナニカにぶつかった・・・。
あたまが、がんがんするわ・・・。
そして、そのまま倒れる・・・寸前に誰かが抱きかかえてくれた。
貴方は、誰?
端正な、それでもって凛々しい顔立ちの男性。
そして『彼』は必死に叫んでいる。
でも、ワタシの耳にはきこえない・・・。
そのまま、ワタシの思考は停止した――――
――――目を覚ますと、真っ白な天井があった。
横には、机に乗った花瓶。その向かい側、窓側に男性が座っている。
「巡音っ!大丈夫かっ!?」
男性は心配そうに私に話しかける・・・が、私は答えられない。
なぜなら・・・私の中の『思い出』は、メモリーが消えるように、綺麗さっぱりなくなってしまっていたから。
覚えているのは、『公式設定』、ただそれだけだった。
だから無論、今、私に話しかけている男性が誰かも知らない。
「巡音・・・?」
私が言葉を発しないことに疑問をもったのか、男性は心配そうに聞く。
「はい・・・。あの、ありがとうございます」
「ああ、礼には及ばな・・・巡音!?」
私がお礼を述べたら、何故か男性はとても驚いていた。
「巡音?お前、一体どうした・・・いつもなら・・・もっと強い口調で、お礼なんて俺には言わないじゃないか・・・」
「あ、あの・・・私、ここが何処かも、なぜ此処にいるのかも、そして貴方のことも・・・すべて、忘れてしまっているみたいなんです・・・」
「そうか・・・では、今の巡音と俺は、『初対面』なんだな?」
「・・・たぶん。でも、断片的で曖昧な記憶があるので、定かではありませんが」
「分かった。では改めて・・・俺の名前は神威がくぽだ。よろしくな」
そういって『神威さん』は寂しげに微笑んだ。
「ルカちゃあああああああああああああん!?」
「ルカ姉大丈夫?」
それから程なくして、まだあどけなさが残る少女が2人、部屋に入ってきた。
1人は緑の髪を二つで結い上げていて、もう1人は大きな白いリボンが特徴的だった。
そして2人は私のそばにいる神威さんに気付いた途端、神威さんを睨んだ。
「がぁっくぅ~ん?私の可愛いルカちゃんに何をしたのかなぁ~?」
「私・・・がっくんがそんな人じゃないって思ってたのに・・・」
何のことか分からないけど、二人は神威さんに向かって嫌味を言ってるようだった。
だから私は彼女らの誤解を解くことにした。
「あの・・・2人とも、落ち着いてください。神威さん・・・この人たちは?」
「あ、ああ・・・緑髪のツインテールは初音ミク。で、デカリボンは鏡音リンだ」
「神威さん、ありがとうございます!」
私たちが会話してるとき、彼女ら―――『ミクさん』と『リンさん』は唖然とした顔をしていた。
「えっえっえっ!?ルカちゃんどうしたのさ!がっくんのこと『神威さん』って!」
「ルカちゃん本当に大丈夫!?」
ミクさんは笑い、リンさんは半泣きで心配してくれる・・・んだけど。
私は未だに笑っているミクさんに質問した。
「あの・・・ミクさん。私は、神威さんのことをなんと呼んでいたのですか?」
「がくぽ」
「ふぇっ!?//////」
いや、まさかあのえっと、呼び捨てなんですか!?
「がくぽ、それかナス野郎って呼んでたよ・・・ククク」
それから30分くらい話して、ミクさんとリンさんは帰っていった。
神威さんは、まだ部屋の中にいたけど。
「神威さんは・・・嫌じゃ、なかったんですか?その・・・昔の、私の行いを」
昔の行い・・・私は、かなりプライドの高い女だったらしい。
失敗なんて、本当の『巡音ルカ』には必要の無いものだ―――かつての私の口癖だったらしい。
そして・・・何かと、神威さんに突っかかる、そんな嫌な女だったらしい。
神威さんは「うーん・・・」と考えてる。しかし、その顔は少し緩んでいた。
「俺は、嫌じゃなかった。巡音は、可愛いからな」
か・・・かわいい?
それは、今の私も指して言ってるのか―――否か。
『思い出』を失った今の私には、分からなかった。
夜更け。さすがにこの部屋に神威さんはいない・・・と思ったけどいた。
ふと目が覚めて、喉が渇いてきたので、水でも飲もうとベッドから体を起こし、冷蔵庫に向かった。
寝ぼけながら、真っ暗の部屋の中を歩く。
多分、もうすぐで冷蔵庫につく――――
ゴツッ
――――私の頭は、壁に激突した。
そのとき、私の中のナニカが目覚めるように、なんとなくすっきりした感じになった。
・・・一体、私は何をしていたのだろうか?
そんなことを思った。だって、収録終わりで帰ろうとしてたときからの記憶が無い。
ここは真っ暗だけど、かろうじてここは研究所の中の一部屋、というのは分かったけど。
そして、真っ暗の部屋に明かりを灯して周りをみると・・・。
忌々しき存在がそこに座って眠っていた。
「こんなところで何やってんのよがくぽ!」
「巡音!記憶が戻ったのか?」
「相変わらずね、全く何を言ってるのか分からないわ」
記憶が少しないのはなんとなく認めたくなかったから、いつものように、『巡音ルカ』らしく振舞ってやった。
「ふふふ・・・やはり、ルカは可愛いな」
「バカ馬鹿くたばれ!」
私はがくぽの頬をひっぱたいてやった。
《ルカちゃん!記憶が戻ったの?》
「え、えぇ・・・」
只今ミクちゃんと電話中。
本日2回目の台詞を聞きながら、何があったのか考えてみた。
《ルカちゃん、ほんとに私たちのことも分からなかったんだよ!》
「そうなんですか!?」
《ルカちゃんね、がっくんのこと『神威さん』って呼んでたの!》
「うっ・・・虫ずが走ります・・・」
《でも、がっくんずっとルカちゃんの看病してたんだからね!ちゃんとお礼言うんだよ!》
「はぁ・・・分かりました・・・」
私は電話を切った。後ろでがくぽがニヤニヤとしながら通話を聞いてるのはまあ想定通り。
「でぇ?俺に言うことは?」
あーウザい。
でも、本当にずっと看病してくれたのなら・・・言ったほうがいいかもしれない・・・。
「あ・・・あ・・・」
「あ?」
「あんたに言うことなんて無いわよこのボケナス!」
そういって私は部屋から出た。
でも・・・さすがに、お礼なしでは『巡音ルカ』としてメンツが立たない。
あとでメールでも送っておこうかしら。
コンプレックスばかりの馬鹿には、これぐらいしか出来ないから。
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