FLASHBACK3 before-side:A

 昼間よりも夜の方が賑わっているような、そんな繁華街の道に一人の少女が立っていた。
 背中に大きなリボンがあしらわれた漆黒のワンピースに、特徴的な長いツインテール。まだ幼さの面影が残るその少女には、色鮮やかなネオンと雑多な喧騒に包まれ始めた夜の繁華街は似合わない。
 だが、そんなことを気にする様子もなく少女――ミクは、誰かを捜すように目を凝らして行き交う人々の顔を眺めていた。
 少ししてから、ミクはようやく目当ての人物を見つけたらしく、にっこりと柔らかな微笑みを浮かべる。それから、周囲の注目を集めることなど気にもせず、彼女は手を高々と振り上げてその人の名を呼んだ。
「カイトー!」
「み、ミク?」
 ミクに会うことなど全く予想していなかったのだろう。カイトと呼ばれた長身痩躯の男は、思わずその場に立ち止まるって、視線の先いる少女の姿がよほど信じられないという様子で目を丸くした。
 カイトを見つけたミクは、周囲の視線を気にすることなくカイトに駆け寄った。驚きと気恥ずかしさ――無論、それだけでは無かったのだが――で複雑な表情をするカイトを見て、ミクは内心でほくそ笑んだ。
 カイトがルカに会いに行く時、いつもこの道を通ることをミクは知っていた。だから、わざわざこんなところでカイトが来るのを待っていたのだ。
 最近はミクもバイトと卒論のせいであまりカイトに会えなかった。仕事で大変なのだろうが、ルカばかりカイトに会っているのはずるい。ミクだってたまにはカイトを独り占めしたかったのだ。
「カイト。今日はもう仕事終わったの?」
「え? あ、ああ……うん。そうだよ」
 思っていた以上にうろたえるカイトに、ミクは違和感を覚える。
「ね、カイト。どうかしたの?」
 彼の腕に抱き付くようにして、ミクはカイトの顔を覗き込む。
「どうも、しないよ」
「嘘」
 カイトの言葉を、ミクはきっぱりと否定する。言い返せずに黙り込んでしまったカイトの顔を見て、ミクは笑みを浮かべる。年相応の、無邪気で可愛らしい微笑みを。
「あはは。カイトは嘘つくのが下手だね。どうしたの? ルカと喧嘩でもした?」
 ルカ、という言葉にピクリと反応するカイトを見て、ミクはルカ絡みのことだと確信する。相変わらず、カイトのリアクションは分かりやすい。
「どしたの? わたしでよかったら聞いたげるよ?」
 そんなミクの言葉に、カイトはためらいがちに首を振る。
「いや……いいよ。大丈夫だから。ありがとう」
「……。わたしってそんなに信用ない?」
「違う違う! そんなんじゃないって」
 ミクのいじけたような声に、カイトは慌てて否定するように手を振る。だが、その顔はまだ陰ったままだった。
「カイトって、いつもそうやって――」
 そう言いかけたところで、ミクはカイトの後方に見慣れた姿を見たような気がして、そのまま口をつぐんでしまった。
 ウェーブのかかった長い髪。そのスタイルの良さを見せつけるような漆黒のドレス。あれは、そう。確かに――。
「ミク? どうかした?」
「えっ? う、ううん。カイト、なんでもない。たぶん、見間違いよ」
「見間違い?」
 ミクのとっさの言い訳に、カイトは意味が分からないまま振り返る。しかし、そうやって改めて見てみても、さっきの姿はどこにも見あたらなかった。
 気のせいよね、と内心でつぶやいてみるが、ミクはその先にルカの姿を見たような、そんな気がしてならなかった。せっかく独り占め出来ると思ったのに邪魔されちゃうなんて、などという気持ちを抱いてミクは気を焦らせる。
 そうして、ミクはカイトの腕を掴んでカイトに寄り添う。
 ミクは、自分がルカと比べるとそれほど女らしい体つきではないことを自覚している。ルカのモデルのような体型をうらやましく思っていたのは昔の話ではない。今でも、である。けれど、それでも自分の身体は十分に武器になるということをミクは知っていた。ルカとの約束があるから自分からは言わない――言えないが、カイトにアピールしておくに越したことはない。それに、今だけはカイトを手放したくなかった。今だけでも、ミクはカイトを自分だけの物にしておきたかった。
「み、ミク。ちょっと――」
 うろたえて、身体を離そうとするカイトに、ミクはその身を離すまいと思い切って抱きつく。カイトにしがみつくように。その彼の胸に、自らの身体を埋めるように。
 カイトが着ているのはVネックの長袖シャツだ。上に着ているのはおそらくそれ一枚だけなのだろう。その服越しに感じるカイトの引き締まった身体に、思わず身体の芯が熱くなる。まずいとは思うが、自分を抑えきれなかった。
(別に、これだけじゃ約束を破ったことにはならないわ。うん。だって、抱きついてるだけだもの。それだけだったら、約束は破ってない。大丈夫)
 そうやって、ミクは言い訳じみた言葉で自らを擁護しながら、でも――などと続ける。
(でも、ああ。カイトの匂いってホントに気持ちいい。この身体がわたしをぎゅって強く抱きしめてくれたらいいのに)
 だが、カイトがそうしてくれないことをミクは知っていた。そう、それがカイトの優しさだからだ。
 ミクに対して、そしてルカに対しても優しいが故に、カイトはミクを抱きしめない。ミクを抱きしめることで、ルカが傷付いてしまうから。ルカを抱きしめてしまえば、ミクが傷付いてしまうから。
 そのカイトの優しさに気づいているからこそ、ミクはカイトに表立ってはそういった我が儘を言わない。だが、それでも。
(今、この場所で。カイトに応えて欲しい……)
 そう思い、ミクはカイトを抱きしめるその腕に力を込める。
「み、ミク……?」
 カイトの困惑した声の、その戸惑いの本当の意味を知らないまま、ミクはカイトを見上げた。
 ミクとカイトの、二人の視線が絡み合う。
 カイトの瞳が何かを堪えるように揺らめくのを見ると、ミクは唇を差し出すように顎を上げて、期待するように潤んだ瞳を閉じた。


 その瞬間、二人の間だけ時が止まる。
 日が沈み、闇が深まる。
 同時に安価なネオンがその闇をかき消そうと派手な明かりを撒き散らし、それに合わせて辺りの喧騒は熱を帯びた。
 だというのに、ミクとカイトの二人の周りだけは、不思議と静寂に満ちていた。まるで、そこだけ周囲とは違う空間であるかのように。
 ミクの無防備な姿に、カイトが思わず唾を飲み込む。
 やがて誘惑に負けるかのように、カイトが自らの手をそろそろと伸ばしかけた、その時。
 ヴヴヴヴヴ――。
 二人の身体の間で、ケータイが振動する。
 そのバイブレーションに驚き、ミクは目を開ける。と、カイトと視線が合う。それはついさっきの絡み合うような視線ではなかった。何となく我に返ってお互い気まずい気分になるような、そんな視線。


 瞬間、繁華街の喧騒が二人の周囲に帰ってくる。
「あ、ごめん、俺のケータイだ」
 どこかホッとしたような声で、カイトがぎこちなくそう言う。慌ててミクの身体を離すカイトに、ミクはカイトのズボンのポケットから出てくるケータイを恨めしげに見下ろした。
(こんな時に邪魔しなくたっていいのに。誰だか知らないけど、ホントにタイミング悪い)
 ケータイを取り出してその画面を見た瞬間、カイトの視線が一瞬固まった。それは、普段からカイトのことを良く見ているミクでなければ気付かないような些細な仕草だった。
「ミク、ごめん」
 そう謝ってから、カイトは電話に出る。
 喧騒に紛れるくらいの囁き声で電話の主と会話するカイトを眺めて、ミクはうつむいてこっそりとため息をつく。
(あーあ、わたしのカイトが盗られちゃった)
 ミクが地面に転がっていた小石をつまらなそうに蹴ると、ぽつり、と雨粒が降ってくるのを感じた。
 思わず頭上を見上げると、次々と雨が降ってくる。これは、すぐに本降りになりそうな雰囲気だとミクは思った。いくら何でも、間が悪いにもほどがある。
「ミク。悪いけど、俺もう行かなきゃ」
「え?」
 いつの間にか電話が終わったらしい。カイトは済まなそうに、それでいて焦っているのを必死に誤魔化そうとしているのが分かってしまう声音でミクに向かって告げる。
「仕事の上司から呑みに誘われてたんだ。早く来いって、催促の電話が来ちゃってさ」
「……」
 気まずそうに視線を逸らしてそう言うカイトを見て、ミクは目を細める。
(カイト、ルカに会いに行ってるんじゃなかったの――?)
 そもそも、カイトの態度がどこかよそよそしい。ミクのカンが、カイトが嘘をついていると言っていた。それならば、カイトの電話の相手は――。
(ルカ、かしら? でも、それならそうだって言えばいいだけなのに。なんでそんなこと――)
「それじゃ、ホントにごめん」
「ちょ、ちょっとカイトっ!」
 言うが早いか、カイトはミクを置いて駆けだして行ってしまう。慌てて追いかけようとしたが、カイトはすぐに人混みに紛れてしまってミクにはどこに行ってしまったのか分からなくなってしまった。
 降り出した雨は、その途端に、まるでミクとカイトとの間を引き裂こうとするかのように強くなる。
「カイトーっ!」
 そのミクの悲痛な叫び声すら、雑多な喧騒に紛れてカイトに届きはしなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ACUTE  4  ※2次創作

第四話。


原曲通りにいくと、2回目のサビ。1番の終わりの部分をお届け致します。
ここのサビはカイトとミクの二人ですが、ミクがメインでカイトがハモりなので、ちょっぴりミクよりの視点になってます。
そして、カイトが襟付きの黒シャツだと信じて疑ってなかったのですが、PV見直して慌ててVネックの長袖シャツに書き換えたという、あるまじきミスが(苦笑)


「AROUND THUNDER」
http://www.justmystage.com/home/shuraibungo/

閲覧数:582

投稿日:2013/12/07 14:01:46

文字数:3,850文字

カテゴリ:小説

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