第三幕

 幕が開いた。背中に妖精の羽根がついた淡い緑のひらひらドレスのミク姉が、お花の形のカップを片手にやってきて、「私は朝を告げる朝露の精。さあさあみんな、起きなさい。冷たい露の雫をかけて、あなたの目を覚ましてあげましょう」と、目覚めの歌を歌っている。ミク姉も端役なんだけど、衣装が可愛いだけグミちゃんよりマシかもしれない。
 ミク姉は歌い終わると去って行き、舞台は明るくなる。朝が来たのだ。あたしは目をこすって起き上がった。
「うーん……さっきのは夢? あれ、ここはどこ?」
 立ち上がって辺りを見回す。
「森の中で寝ちゃったんだわ……あ、小鳥さんが鳴いてる。おはよう、小鳥さん!」
 あたしは木の枝の上で歌っているはずの小鳥に手を振った。
「お兄ちゃんは……まだ寝てるんだ。起こしちゃおうっと!」
 あたしは眠っている(もちろん演技)レンの肩を叩いた
「起きて、起きて、小鳥さんたちはもう起きてるよ!」
 レンはもごもご言うだけで起きない。あたしは音楽にあわせて盛大にレンを揺さぶった。
「わかった、わかった、起きるよ。うーん……ああ、よく寝たなあ……」
 レンが目をこすりながら身体を起こした。
「あたしもぐっすり眠ったわ。夢も見たし」
「夢? そういえば僕も見たよ」
 ヘンゼルとグレーテルはお互いが見た夢の話を始める。二人が見たのは同じ夢。天使の出てくる夢だ。夢の話をしていると、どこからか甘い匂いが漂ってくるので、あたしたちはそっちへ向かう。歩いていると背景が一部動いて、お菓子の家が姿を現した。
「……うわあ、お菓子でできた家だ!」
 本当にお菓子の家が建ってるよ! いやもちろんセットだけど、こんな大きいのが出てくるとは思ってなかった。壁はクッキーで、飾りはキャンディやチョコレート、家の周りには、等身大サイズの人形クッキーの垣根が囲んでいる。
「なんでこんなところにお菓子のお家が建っているのかな?」
 首を傾げるあたし。
「きっと天使からのプレゼントだよ」
 レンが言う。そんな都合のいい話ないと思うけど。まあでも、天使からのプレゼントだと思えば、気兼ねなくかぶりつけるわね。二人とも、前の日はイチゴしか食べてないわけだから、ものすごくお腹空いてるだろうし。
「そうだわ。天使からのプレゼントよ!」
「というわけで、いただきま~す」
 レンと二人でお菓子の家の表面をはがして食べ始める。ちゃんと本物が貼ってあるので食べられるのだ。それにしても食べる話ばっかり出てくるオペラだわ……。
 あたしたちが「美味しいね」と言いながらせっせと(っていうのも変だけど)お菓子の家を食べていると、どこかからか声が聞こえてきた。
「家をかじっているのは一体だあれ?」
 な、なんかがくぽさんの声、無理してる感じがする……。それはさておき、あたしたちは台本どおり「風です。風が食べているの」と返事して、そのまま家を食べ続ける。するとお菓子の家のドアがバタンと開いて、中から魔女役のがくぽさんが出てきた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
 びっくりして家から飛びのくあたしたち。だってがくぽさん、フランス人形が着るみたいな黒いドレス着てるんだもの。しかもがっつりメイクまでしてるし。そういやルカ姉に頼んだんだっけ。ルカ姉がしてあげただけあって、一分の隙もない完璧なメイクなんだけど、逆にそれが怖い。付け睫毛を一番ボリュームの多い奴にすることはなかったんじゃないのかなあ、ルカ姉。
 ……っていうか、『ヘンゼルとグレーテル』の魔女って、トンガリ帽子に黒ローブのおばあさんじゃなかったの? がくぽさんが被ってるの、レースつきの黒ボンネットだよ……。紫の長髪はカーラー巻いて仕上げたみたいで、見事な裾ロールになってるし。シャドウと口紅とネイル(付け爪だわ、あれ)が紫で統一されてるから余計不気味だわ。
 あたしとレンががくぽさんの格好に呆気に取られていると(まあ、ここは魔女に驚くシーンだから大丈夫でしょう)、がくぽさんがかなり無理した高笑いをあげながらずかずかとやってきて、あたしたちの襟首を引っつかんだ。
「誰が家を食べているのかと思ったら……美味しそう、じゃなくて可愛い子供が二人」
「離せよ! 誰だお前!」
「離してよ!」
 じたばたと暴れるあたしたち。家をかじっといてその言い草はないような気もするけど、仕方ない。
「あたし? あたしは美食家のロジーナっていうのさ。ああ、子供たち、心配しなくていいよ。あたしは天使のように善良だからね。そしてご馳走が大好きときている」
 襟首引っつかんだまま言われてもなあ……とりあえずあたしとレンはもがきまくって、がくぽさんの手を振り解いた。そのまま少し距離を置く。
「まあとにかくあたしの家にいらっしゃいな。中には甘くて美味しいものがどっさりあるのよ。パイにケーキにキャンディーにチョコレート、なんでもね。あんたたちもきっと満足すること、請けあうよ」
「お前みたいな、露骨にあやしい奴の言うこと誰がきくもんか!」
 レンの台詞にがくぽさんが一瞬傷ついた表情になる。がくぽさーん、この台詞は台本どおりですってば! と突っ込みたいのを必死でこらえて、自分の台詞を言う。
「初めて会ったのになれなれしすぎる人は信用できなーいっ!」
「そう言わずに信じてちょうだいな。あたしの家はとてもいいところよ、おちびちゃんたち。そこでご馳走をたっぷり食べて太りましょうね」
 動揺してるだろうに、ちゃんと台詞を言えるがくぽさんはなんだかんだいってすごい。それはそうと、あたしとレンは寄り添って顔を見合わせた。
「グレーテル、こいつの言うことに耳を貸すなよ。多分こいつ魔女だ。逃げるぞ!」
 あたしたちは手をつないで走り出そうとするけれど、がくぽさんが杖を取り出して、呪文を唱えるので、その場に停止して動けなくなる。
「ホーカスポーカス、魔女の呪いさ。子供たちよ止まれ!」
 走りかけのポーズのまま、ぴたっと停止するのって難しいなあ。とにかくあたしたちは魔法がかかってるので動けない。がくぽさんはつかつかと近づいてきて、レンをひょいっと小脇に抱えて、家の脇にあった木製の檻に放り込んで鍵をかけてしまった。うーん、さすがにこの一連の動きはがくぽさんじゃないとできなさそうね。
「さーて、お嬢ちゃん。あたしが食料を取ってくる間、そうして立ってなさい」
 がくぽさんはお菓子の家へと戻って行った。あたしは突っ立ったまんま(だって魔法がまだかかってるから)で、この状況をなげく。
「なんておそろしい魔女なの!」
「あんまり大声出すな。魔女に聞こえる」
 檻の中からレンが声をかけてきた。
「とにかく今は魔女のやることをじっと見ててくれ。何か言われたら大人しく従って機嫌を取るんだ。上手くすれば、どうやったら魔法が解けるのかがわかるかもしれない」
 こくこくうなずくあたし。そこへ、がくぽさんが籠を手にして家からでてきた。中には一口サイズのチョコやクッキーがどっさり入っている。がくぽさんは、それをレンの入っている檻の中の皿にざーっと開けた。……動物に餌やってるみたいだわ。
「とりあえずそれ食べてもっと太ってもらわなくちゃ。あんた痩せすぎだよ」
 その後で、がくぽさんは杖をあたしに向けた。
「ホーカスポーカス、ニワトコの茂み。魔法よ解けろ、動きだせ!」
 あたしは動けるようになった。なので、その場にぐったりと座り込む。
「ほらほら、休んでる暇はないんだよ。家の中に入って、テーブルの支度をおし! 食器類を全部ちゃんと、あるべきとこに並べるんだよ! やらなきゃお仕置きだからね」
 あたしは家の中へと駆け込んだ。えーっと、これって、自分が食べられる準備をしろってことなのかな? なんか嫌だなあ……。とはいえ、しっかり見てろといわれたので、窓からそっと外を覗く。

ライセンス

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ボーカロイドでオペラ【ヘンゼルとグレーテル】舞台編 第三幕(前編)

長すぎて入りませんでした……よって二つに分けます。

閲覧数:359

投稿日:2011/05/30 19:13:37

文字数:3,240文字

カテゴリ:小説

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