明日のハルナの誕生日に俺はプロポーズをする。
3年の交際を経てようやくここまで辿りつけた。
初めてデートした時のお店を予約した。
ケーキの注文して、サプライズの場作りまでお願いした。
「素敵な誕生日にしような。」
そう言って俺は眠った。
ハルナの唇が俺の首に当たるのを感じた。
静まり返る寝室。
そそくさとハルナは自分の布団に潜り込んだ
「ありがとう。」
隣のベッドからそう聞こえた。
婚姻届けはリビングの本棚の中。
気づかれないように買った結婚指輪と共に英和辞書の裏へ一ヶ月前から隠してある。
ハルナとの出会いは偶然だった。
ハルナの愛犬が散歩中に脱走して俺の家に迷い込んできたのだ。
愛犬を探していた彼女が俺の家の前でも犬の名前を叫んでいた。
「シロ!シロー!!」
俺は、玄関でくつろいでいた白い小型犬をそっと抱きかかえてハルナに渡した。
そして次の日、シロはまた脱走した。
ヤンキーの溜まり場に行ったのだ。
ハルナを見た一人のヤンキーが彼女を誘惑した。
「君、可愛いじゃん。一緒に遊ぼうぜ。」
ハルナが断ってシロを返してと言った瞬間に殴られた。
俺は偶然ハルナが裏路地で暴力を受けているのを目撃した。
すぐに警察に電話して俺は止めにかかった。
その後、怪我をしたハルナを自宅まで送ると家の人に「今度ご馳走させろ」と言われた。
その後、何かとハルナと連絡を取り合いハルナの家族とも何度か食事をして。
俺がハルナに告白をして交際を始めた。
付き合い始めてからは、とにかく順調だった。
仕事で俺が企画した雑誌のコーナーで投稿数が2万件を超えた。
その後も企画会議等でうまく行き上手い具合に出世を重ねた。
ハルナも同じく仕事でうまく行っていたようだ。
あまり表面に出さなかったが、お金を払う場面で何度か
「私がここは出すからあなたは下がってて。」
と言われた事があった。相当お金もあったのだろう。
負けず嫌いなところもあったし。
そういえば交際一ヶ月の時、二人でプリクラを撮った。
ぎこちない笑顔の俺と最高な笑顔のハルナ。
今でもそのプリクラは俺の免許入れに入っている。
そんなこんなで二人で同棲を始めたのが丁度2年前。
交際を始めて1年の時だった。
その頃から少しずつ結婚を意識し始めていた。
仕事も上々だったし彼女も
「赤ちゃん生むなら早いほうがいいよね」
などと寝言で言っていた。
切実に相手が俺であって欲しいのだが。
ふと隣のベッドを見るとハルナの寝顔はニヤケ面だった。
どんな夢を見ているのやら。
ハルナのお腹には赤ん坊がいる。
確か今週で6ヶ月。
順調に育っているらしい。
明日産休を取りに行くって言ってたな。
と言ってもハルナの会社の人たちはもうハルナのお腹に赤ん坊がいる事くらい察しているみたいだ。
最近は軽い仕事だけを任されているみたいだし。
優しい職場なんだなと、俺も安心した。
俺は昔から薬を使っている。
と言っても危ない薬ではなく、ただの睡眠補佐薬だ。
軽い睡眠障害で全く寝れなくなったり睡眠が浅いままになり続けたりするそんな症状で。
でもハルナと暮らし始めてから睡眠が薬なしでも取れるようになった。
これも全部ハルナのおかげだな。
燦燦とした太陽は朝から明かりをくれる。
朝起きるとハルナが仕事場に行く準備を始めていた。
俺は眠気眼をこすりながらコーヒーを飲んだ。
「気をつけて行けよ。赤ん坊がびっくりしないようにな。」
ハルナは笑顔で、うん!と返事をした。
今日は仕事も早く切り上げ
同僚に激励も貰った。
一世一代男をみせるんだぞって。
『先にレストランに行って待ってるよ。』
そうメールしてレストランに向かった。
まあ今住んでるアパートのすぐ隣の店なのだが、
ぴしっとしたスーツでキメた。
一回だけ本気で喧嘩したことがあった。
犬が死んだ時ハルナは実家の家族を責め立てたのだ。
「ハルナのご両親だってしっかり面倒を見てたんだ。許してやれよ。」
俺の言葉にハルナは黙りこみ俺に抱きついてきた。
そして首元の所を思いっきり噛まれた。
「ばかはげばか!もうやだ!」
そんな子供っぽいこと言ってハルナは部屋に篭ってしまった。
次の日にハルナは好きな曲を歌いながら
「お腹減った。」と言って出てきたのだが。
その時はハルナの家族と共に笑った。
そしてその日の夜。冬の星座とかよく知らない俺に
君は指で指しながら教えてくれた。
昨日噛んだお詫びだって。全然覚えられなかったけど。
ケータイが鳴った。
「もしもし。ハルナ?俺だけど...」
知らない男の声。
『○○駅で人身事故がありまして。』
『大変ホームが混雑したようで』
『線路に落ちてしまい』
『特急電車に轢かれてしまったようです。』
え。
『ケータイ電話がホームに落ちていたため』
え。
『その中で着信履歴に多いあなたに』
え。
ーーーーーーーー「・・・お客様?」
雨の音が強くなってきた。
部屋の中はぐしゃぐしゃ。
俺が着いて行ってやればよかった。
何度も後悔した。
眠らずにずっと後悔し続けた。
涙だけが止まらずに
俺の心臓は静かに動いていた。
本棚の婚姻届には
彼女の名前がすでに書いてあった。
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