十二月二十四日、俺はリンへのプレゼントを鞄に入れて、家を出た。風は冷たいが、空は綺麗に晴れている。……まあここ、東京だしな。クリスマスに「ほら、雪が降ってきた」なんてのはありえない。ニューヨークじゃないんだ。
電車に乗って、クオの家に向かう。相変わらずでかい家が視界に入った時、車が一台俺を追い抜いて、家の門の前で止まった。……あ、もしかして。
俺が思ったとおり、車から降りて来たのはリンだった。大きめの手提げを抱えている。……何だろ、あれ。
やがて車は走り去って行き、リンはインターホンへと向かおうとした。車ももう行っちゃったし、声かけても大丈夫だろう。
「リン!」
俺はリンに近寄って名前を呼んだ。リンがこっちを向く。あれ……なんだかえらく驚いてるな。
「……レン君? どうして?」
どうしてって……初音さんから何も聞いてないのか? いや待てよ、もしかしたら、クオが初音さんに話すのを忘れたのかも。後でクオに確認しよう。
どっちにせよ、リンには俺が来るという話は伝わってなかったらしい。……なんだか微妙な気持ちになる。って、初っ端からつまづいてどうする。
「イヴに一人だって言ったら、クオが遊びに来いって」
リンはちょっとの間考え込んで、それから納得がいったという表情になった。あ、待てよ。この理由で来たことにすると、なんでリンへのプレゼント抱えてるってことになるぞ。どう説明したもんか……。
「レン君一人って言ったけど、お姉さんはどうしてるの?」
俺が思案を巡らせていると、リンはこんなことを訊いてきた。
「姉貴は職場のクリスマスパーティー。みんなであれこれ持ち寄って、飲んで食べて騒ぐんだってさ」
さぞかし騒々しいだろうなあ。音頭を取るのはあのマイコ先生なんだから。
「レン君のお姉さんって、仕事は何してるの?」
あ、そういや話してなかった。
「ファッションデザイナーのアトリエに勤めてるよ」
「デザイナーさんなの?」
「いや、姉貴はパタンナーつって、デザイン画を型紙に起こす仕事をやってる」
あの大雑把な性格の姉貴がそんな職種についたのは、俺はかなり意外だったが、仕事はちゃんとやってるらしい。
「ところでリン、その大荷物は何?」
リンが抱えている大きな手提げが気になった俺は、訊いてみることにした。
「わたしが焼いたクリスマスケーキと、お母さんが焼いたクリスマスクッキーよ」
へ~、リンってケーキも焼けたのか。この前のクッキーは美味しかったし、これは期待してよさそうだ。って、俺も食えるとは限らないぞ。リンは初音さんと過ごすつもりで来たんだろうし。
「ホールケーキだから、みんなで食べられると思うわ」
俺の気持ちを察したのか、リンはくすっと笑ってそう言った。
「あ、そうなんだ」
リンは目の前でくすくす笑っている。……屈託なく笑うところを久しぶりに見たので、大分ほっとした。
「わたしが焼いたから、お母さんのより味は落ちると思うけど」
「リンのお母さん、そんなに上手なの?」
確か血は繋がってないんだよな。リンの口から直接聞いたわけじゃないけど、話を総合するとそうなる。
「うん。ものすごく上手。お菓子の作り方の本も出してるのよ」
やっぱり屈託のない表情で、リンは言った。お父さんとは違い、お母さんとの関係はいいみたいだな。
「中、入ろうか」
「ええ」
俺はインターホンを押した。お手伝いさんらしき人とリンがやりとりをかわし、門が開く。俺たちは、連れ立って中に入った。
初音さんの家は、入るとすぐのところが大きめのホールになっている。今日はそこに、大きなクリスマスツリーが立っていた。でかいなあ……こんなのがあるとは。そのホールに、年配の男女が立っている。……多分、初音さんの両親だ。
リンの方は明るい表情で、二人に頭を下げた。あ、そうか、初音さんとは幼馴染なんだっけ。じゃ、当然、親の方もよく知ってるか。
「おじさん、おばさん、お久しぶりです」
「やあ、リンちゃん、久しぶり」
「ゆっくりしていってね」
おばさんの視線がこっちを見た。思わず背筋が伸びる。
「そちらは、お友達?」
「あ……俺はクオの友達で、鏡音レンっていいます。リ……巡音さんとは、さっき門の前でばったり会って、それで一緒に中に」
「ああ、クオの友達ってのは君か」
おじさんの方がそう言って、ぽんと手を叩いた。
「レン君だっけ。君もゆっくりしていきなさい」
「あ……はい」
二人とも笑顔なところを見ると、嫌がられてはいないようだ。と、そこへ、二階から足音が聞こえてきて、クオと初音さんが駆け下りてきた。
「リンちゃん、いらっしゃい!」
「あ、ミクちゃん。今日は誘ってくれてありがとう」
初音さんがリンに駆け寄った。リンは笑顔で初音さんに答えている。
「よう、来たな」
これはクオだ。
「クオ、ちょっといいか?」
「なんだ?」
俺はクオを脇へと引っ張って行った。リンと初音さんは自分たちの話に没頭しているから、多分こっちにはそんなに注意を払ってないはずだ。
「お前、初音さんに俺のこと言ってないわけ?」
「いや、ちゃんと話しておいたぜ。どうしたんだよ」
クオの表情からして、嘘はついてないようだ。してみると、初音さんがリンに話すのを忘れたのか。
「リン、そこで俺に会ってびっくりしてたから」
俺がそう言うと、クオはため息をついて、ちらっと初音さんに視線を向けた。
「……多分、ミクのことだから話すの忘れたんだろ。あいつ、結構ドジなんだよ」
うん? 初音さんがドジ? あんまりそういう印象は受けないけどなあ。というか、リンと初音さんの家で会うのはこれが三度目で、三回とも、リンは俺が来るのを知らなかった。なんか引っかかるぞ。
……ま、いいか。別に悪気があってのことじゃなさそうだし。リンもあまり気にしてないようだし。それに最初のは、クオが「初音さんと一緒にホラー映画が見たい」という、妙な理由で俺を呼んだのが原因だし、考えすぎか。
「ところでクオ、今日はどうする予定になってるんだ?」
「ミクは映画見ようって言ってる。多分、クリスマスラヴコメだろ」
ふーん。初音さんと一緒にいたいあまり、大して好きでもないクリスマスラヴコメを我慢するのか、こいつは。考えようによっては健気かもしれない。
と……ちょっと待てよ。いつ、リンにプレゼント渡したらいいんだ? 初音さんとクオの前で渡すのは、さすがにかなり恥ずかしい。
「なあクオ」
「何だよ」
「リンと二人で話がしたいんだけど……」
お前にとっても悪い話じゃないだろ。その間は初音さんと二人きりでいられるんだから。
「いつ?」
「いつでもいいけど、リンが帰るまでに」
シンデレラより厳しい門限を抱えてるんだよなあ、リンは。
「わかった。……なんとかする」
あっさり頷くクオ。
「助かった、恩に着る」
「別にいい……それより、巡音さんに話したいことがあるんなら、ちゃんと言えよ」
クオがそう答えた時だった。おじさんの方が声をかけてきた。
「クオ、それじゃあ、おじさんたちは出かけるから。留守番、頼んだぞ」
「ああ、うん。行ってらっしゃい」
クオの伯父さんと伯母さんは、連れ立って出かけて行った。初音さんが、こっちを見る。
「それじゃあリンちゃん、映画を見ましょうよ。クオと鏡音君も、それでいい?」
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