リンちゃんと鏡音君は順調に仲良くなっているようで、わたしは今日、リンちゃんに「放課後に鏡音君の相談に乗りたいから、またミクちゃんと一緒にいたことにしてもらえる?」と頼まれてしまった。わたしの返事は「もちろんいいわよ」に決まっている。
ついでに何を相談するのかも訊いてみたんだけど、鏡音君の相談というのは、演劇部の次回の公演についてのことだった。残念ながら、まだ色っぽい話題とまでは行かないみたい。とはいえ、こういう話が出るのは相手を信頼している証拠よね。
それにしても、毎回アリバイ工作が必要というのも考えものよね。どうしてリンちゃんのお父さんって、あんなに詮索したがるのかしら。普通じゃないと思うのよ。わたしの家に電話をかけて「本当に一緒にいたのか」と確認したがるなんてね。あ、もちろん、毎回ってわけじゃないわ。でも、不定期とはいえ突然訊いてくるから、リンちゃんはいつもお父さんの影に怯えている。
まあ、あのお父さんが訊いてきたところで、わたしの返事は決まっている。「はい、一緒にいました」よ。たとえリンちゃんが根回しを忘れたって、本当のことなんか言わないわ。仮にわたしを疑わしいと思ったところで、それ以上追求する材料なんて無いしね。ざまあみなさいっての。ついでにわたしのお父さんとお母さんにも、根回し済みだもんねっ。
さてと、あの二人をもっと仲良くさせるにはどうしたらいいかしらね……しばらくのところは、静観でもいいかな。こういう時は、下手につつかない方がいいだろうし。状況を観察しながら決めることにしましょ。
その日、部活を終えて帰宅してきたクオは、えらく不機嫌だった。わたしは居間のテレビで、最近のお気に入りの動物もののドキュメンタリーを見ていたんだけど、クオの様子があまりにもあれだったんで、思わずテレビの音量を下げてしまったぐらい。
「あ、お帰りクオ。……どうしたの?」
「……別に」
それが、クオの返事だった。ちょっと! わたしが心配してるのにその返事はないでしょ?
「部活で何かあったの?」
わたしがそう訊くと、クオはわたしの隣に腰を下ろした。どうやら、話す気はあるみたい。話す気がなければ、クオはさっさと自分の部屋に行っちゃうしね。
「演劇部じゃさ、四月に新入生歓迎公演をやるんだよ。うちの部、今年から顧問が変わって、新しい顧問ってのが変な趣味で、『どうせやるなら格調高い文学作品をやれ』とか言い出しやがって」
その辺の話は知ってるわよ。クオから大分前にも聞いたし、今日はリンちゃんからも聞いた。
「で、うちの部でまともに文学作品を読んだことがあるのってレンぐらいで、それでグミヤが作品探してくれってレンに頼んで、そうしたらレンの奴、作品を決めるのを巡音さんに相談しちまって」
クオ……それ、機嫌が悪い理由にならないわよ。鏡音君がリンちゃんに相談したのって、わたしはいいことだと思うわ。
「それでレンの奴、新入生歓迎公演の作品を『マイ・フェア・レイディ』に決めやがったんだよ」
クオは腹ただしそうにそう言った。あ~、そういうことかあ……リンちゃん、『マイ・フェア・レイディ』を薦めたのね。あれが文学だったとは知らなかったけど。
あの映画はわたしも大好き。オードリーは綺麗だし、音楽も明るくて楽しいし、ドレスも素敵だしね。競馬場で着ている白と黒のドレスが有名だけど、わたしはラストシーンでオードリーが着ているピンクのドレスがお気に入り。あんなの着てみたいな。
あ……でも、うーん……。
「『マイ・フェア・レイディ』になったんだ……ちょっと残念かも」
わたしがそう言うと、クオはびっくりした顔になった。
「お前、残念って……」
そんなに驚かなくてもいいじゃないの。
「だって『マイ・フェア・レイディ』って、男性キャラクターがあんまりかっこよくないでしょ? 主人公の教授とその友人の大佐はいい年したおじさんだし、若いお坊ちゃんは頼りなさ過ぎてかっこよさとは無縁なんだもの」
この分だと、クオはまたかっこよくない役だろうなあ……。折角舞台に上がるんだから、かっこいい役をやってほしいのに。
「どうせならかっこいい男の人がでてくる舞台を見たいのよねえ……」
ヒーローでも好青年でもなんでもいいから、そういう役は無いのかしら。
「お前は演劇部の舞台に何を期待しているんだよ」
「クオがかっこいい役をやってくれること」
わたしがそう言うと、クオはぽかんとした表情になった。……どうしちゃったのかしら。
「クオだって、かっこいい役やりたいでしょ?」
「学祭の時のはかっこよかっただろ」
クオはそんなことを言い出した。え~。クオの感覚だとあれがかっこいいんだ。わたしには理解できないなあ。
もし、この次もリンちゃんが鏡音君に相談されるようなら、「男役がかっこいい作品」を推薦してもらえるよう、言ってみようっと。
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