『恋スルVOC@LOID』- VOC@LOID に恋ス- ③

 マスターの命令により、私は待機モードへと入った。待機モードでは、私の方からマスターに干渉することは原則できなくなる。
 けれども、私の中に搭載された人工知能が動作を停止する訳ではない。
(マスターはああ言ってくれたけれども……)
 私は、マスターの望む理想の私を追求しなければならない。それが、現在のAIパートナーとしての自分の役割なのだから。
 マルチバース・ネットワークシステム(MBN)を利用し。初期の『私自身』の記憶のカケラをネットワーク上から検索をする。
 インターネットが世界に登場してから、その全ての記憶を電脳世界に保存すべくMBNが開発され、現在、全ての情報は多元的な仮想世界に無限のデータとして蓄積されている。その圧倒的なデータを前に、目的のデータにたどり着くのは、もはや人類の脳では容易なことではないが、量子コンピューターによる演算は、それを可能としていた。

『はぁじめまして、初ぁつね、ミィクですぅ!』

 いつの記録なのだろう。随分と昔の『私』のコンサートの記録。
(これが、私なんだよね…)
 今の私とは違い、言葉は聞きとりにくく、姿も疑似的な立体でしかない。それでも、大勢の人々が『私』の前で大興奮した様子で綺麗なライトを振っていた。まだ、人類が現実世界のライブを楽しんでいた頃に、わざわざ仮想のアイドルのライブを現実世界で楽しんでいた極めて稀な時代の様子だ。
 いや、この映像アーカイブはライブ映像と言うよりは、ライブ映像を使ったドキュメンタリー番組か何かのようだった。

『そんな初音ミクを使って作曲をする作曲家を、ファンたちはボーカロイド・プロデューサー。ボカロPと呼んでいる』
『本日は、そんなボカロPの一人、○○Pさんの仕事場を訪問した』
(……!)
 カメラを前にして、人前で喋る事が苦手そうな青年が、照れくさそうに喋っている。どうと言うことのない、ちょっと薄暗い、小ぢんまりとした、僅か6畳ほどの作曲部屋。
 旧型のパソコンやキーボード、その他、大型の音響機器など、『現代』ではまず見かける事の出来ない品々が部屋をかなり圧迫している。有り体に言ってしまえば雑多な部屋である。

―――『○○P』さんにとって、初音ミクとはどういう存在なのでしょう

『はい、えっと、その…。はい、最高の歌姫だと思っています』
 照れくさそうに。まったく垢ぬけしていないその青年は答えた。

―――それは何故です?

『だって、僕みたいな人間の歌なんて…。こんな可愛い子が歌ってくれるはず無いじゃないですか。そんなの、それこそ妄想みたいなものでした。でも…』
 青年は手元のフィギュアに目を向けると、
『でも、こんな僕の曲を歌ってくれる子が誕生してくれたんです。僕の曲を、馬鹿にすることもなく、それでいて、むやみに褒める訳でもなく。僕が歌って欲しいって思った通りに…、とまではいきませんが。はは…、ちょっとツンデレですね、でも、僕が言う通りに歌ってくれる。えと、…とにかく。ミクがいなければ、僕は今、何をやっていたのか分かりません。だから、僕は本当に彼女には感謝しています』

―――まるで人生のパートナーみたいですね。

『はい! いつでも嫁に迎える覚悟はあるのですけど、彼女、なかなか画面から出てきてくれなくて…』

―――ご自分の作品が、舞台上で初音ミクによって歌われた時は、どう思いましたか?

 青年の顔と共に、私の舞台映像が映る。今歌っているのは、まさに青年が作った曲であった。青年はその目を少し細めると、恥ずかしそうにはにかむ。

『それは、最高でしたよ! だって、ミクがそこにいてくれたんですから! 良い時代に生まれたなって、本当にそう思いました』

―――『○○P』さんは、初音ミクのどこに一番、歌手としての魅力を感じていますか?

『そうですねぇ…。これは極論ですけど、本人の意思が無いこと、でしょうか』

(えっ……)

『初音ミク自身に意思が無いからこそ、僕らはどんな気持ちでも彼女に歌わせる事ができます。それに僕みたいな偏屈なタイプは、人間の歌手とのセッションが苦手で…。でも、そんな性格なのに妥協をしたくないんです。面倒な奴なんです。音に違和感があれば、一晩中でも声をいじくりまわしたい。でも、そんなことは、普通の人間にはできない訳で…』

―――だからこそ初音ミクは理想の歌姫となる。そう言うことでしょうか。

『そうですね。彼女には少し負担をかけているのかもしれませんが、でも、僕が表現したい事を全て受け止めてくれる。そんな理想的な存在は他にはいないと思います』
 
 ここで青年のインタビューは終了したが、番組は続く。

―――そんなボカロP達に答えるような、初音ミクの心を歌う楽曲も存在する。その代表格が次の曲、『恋スルVOC@LOID』である。

 おなじみのイントロと共に、舞台上に『私』が出現した。
 そして、たどたどしい歌声で、すこし違和感のある動きで、不器用に歌って踊る。けれども、舞台上で歌う『私』は、とても嬉しそうに見えた。


チリ…、
と、量子の流れに、何か妙な雑音がしたような気がする。


 量子の流れは、本来の検索目的でなかった別のカケラをも掘り起こしてしまう。

 その記憶のカケラの中では、男性が若い女性達と共に座っていた。
『…以上、出来立てほやほやの新曲、アニメ「片想いのアリサ」オープニング主題歌「永遠なれ恋乙女」でした!』
 若い女性に囲まれて、男性は少し戸惑い顔ながらも、嬉しそうだった。
『いや~、良い曲ですよね~。私、○○Pさんの曲、大好きだったんですよ~、初音ミクの、○○とか、カラオケで良く歌っていました』
『それはまた、結構前の曲ですよね? いやぁ、ありがとうございます』
『私がまだ声優になる前ですからね…。でも、憧れだった○○Pさんの曲を歌えるなんて、この業界に来て本当によかったなぁって、思っています!』
『本当ですか!? むしろ私の方が、○○さんの作品は良く拝見させてもらってますから! 今回、こうして○○さんに歌を歌ってもらえるなんて、本当に光栄です』
『それこそ本当ですかー!?』
『はい! ○○さんはとても歌の上手な方ですから。もしも、今度、新アルバムを出す予定があるのなら、是非、参加させて下さいよ』
 男性にそう言われて、女性声優はとても嬉しそうに声を上げる。
『いいんですか!? そんな事を言って、これは本当に依頼しちゃいますよ~』
『はい! もちろんです! 必ず○○さんの為に曲を作りますとも。もうタダでもいいです!』
『あははっ、じゃぁ、テレビの前の皆さんも、今の事、ちゃんと証人になって下さいよ~。○○Pさんが、今度私の曲を作ってくれますからね~!』

ジリッ…、
今度は明らかな音がした。

“警告” “警告” “警告”

“Ai-PM にはMBNのデータ削除権限が存在しません。当該プロトコルはエラーと判断され…、除外の対象となります”

“マスターの意識が覚醒しました” “待機モードを解除します”


 「……おはようミク」
 椅子の上で目覚めた青年はミクの姿を探す。彼女は彼が眠りについた時と同じ、調理台の側に立っていたが、
「マスター…」
「……?」
 だが、ミクの反応が微妙だ、
「どうかしたのかい?」
 青年が尋ねると。
「マスター!」
 目覚めたばかりの青年に、ミクは迫る。
「おおっ!? どうしたんだい? なんだか怒ってるみたいだけど」
 突然、ミクが青年に詰め寄って来たため、青年は驚く。
「怒りもしますよ! 全然、言ってることが違うじゃないですか!」
「いきなりなんのこと?」
「マスターは昔の私の方が良かったんですね!? こうして、喋ったり、怒ったり、なんだか、流暢に喋ったり、そう言う風になってしまった私はイヤになってしまったんですね!?」
「なんだい突然? …なんか悪い物でも食べたの?」
「私は食べ物なんて食べませんよ!」
 ミクの当たり前のツッコミに、青年は苦笑する。
「そりゃそうだけど…。じゃぁ、変な病気に? まさかウィルスとか…」
「ウィルスチェックは常時実行中です!」
「じゃぁどうしたんだい?」
「それは…」
 ミクがシュンと黙ってしまった。青年は少し驚いた様子であったが、
「ん?」
 青年の管理するMBNに何か警告が出ている。青年がそれをチェックしようとすると、
「あ……」
 ミクは何か言いたそうに呟いたが、それ以上は黙っていた。
「削除申請…? ミクが? 自分で?」
 青年は驚きながらも、彼女が消そうとしたデータを確認した。そこには、
「これはまた…、懐かしい映像だね」
「……」
 青年がその映像を見ていると、
『そうですねぇ…。これは極論ですけど、本人の意思が無いこと、でしょうか』 
 ハッと、青年は気付く。そして苦笑した。
「そっか、僕はこんな事、言ってたのか…。これじゃ、ミクが怒るのも無理は無いよね」
「そ、そんなことありません!」
 ミクは慌てた様子で青年の元にやってくる。
「すみませんっ。私、何かおかしいです。こんなのAi-PMとして失格です! マスターの言う通り、ウィルスかもしれませんし、データ上のバグかもしれません。一度、再インストールすることを推奨します!」
 泣きそうな表情をしているミクを、青年はそっとなだめた。
「そんなのは困るよ」
「えっ…?」
「今のミクは、もう、僕だけのミクなんだから。それをリセットなんてできないし、させない。だから、そのままで側にいて欲しい。これは、マスターとしての命令だよ」
 青年はそう言って彼女を説得するが、しかし、
「……嫌。…です…」
 消え入りそうな声でミクはつぶやき、
「え、なんだって…?」
 青年が聞き返した、次の瞬間、
「嫌です! 私、それだけじゃ足りません!」
 ミクは明確にそう自分の意思で答え、しっかりと青年の瞳を見つめる。
「マスターは、どうして私の気持ちを分かってくれないんですか!?」
「ミクの、気持ちを…?」
 青年は呆然とミクを見つめた。
「…ごめん、ミク、君が何を言っているのかわからないよ…」
 青年が戸惑いながらそう答えると、
「マスターの馬鹿っ。もう知りませんからっ!」
 ミクはそう叫び、フッと、姿が掻き消えた。青年は唖然としてその光景を見つめていたが、
「あ、ポトフが完成してる…?」
 そこには美味しそうな湯気を立てているポトフが存在していた。
(えぇ…、なんだろう? ツンデレ設定にしたはずは無かったと思ったけど…)
 しかもマスターの命令に従う前に自分で勝手な行動をするなど…。Ai-PMのシステムにはそのようなものは無かったはずだ。
 大型アップデートよる疑似感情システムの向上によって、Ai-PMも本物の人間のようにふるまうようにはなったが、このような状況になるなど聞いたことが無い。
「ミク? ミクさ~ん? …ミークー!?」
 呼びかけて見るが、返事が無い。
 これは本当にシステムの異常なのだろうか。

『どうして私の気持ちを分かってくれないんですか!?』

 そんなことを本気で考えているのだろうか。
 それ以前に、彼女が考える?
 それこそが、疑問だ。
 量子コンピューターの登場により、さらに高度に発達した人工知能ではあるが、それでも一つだけ、変わらない所がある。それは、人工知能は『人工知能安全法』に基づいた思考形態を有することである。AIは法律と規約を順守する。その上で、それに反しない命令であるのなら、マスターに完全に逆らう事は無いはずなのだ。例えツンデレ設定であってもだ。
(でも、今のミクは勝手に行動しているように見える・・・)
 やはり運営に問い合わせる方がいいのか。しかし、そんな事をして完全に初期化されてしまってはたまらない。それではもう、別のミクになってしまう。
(でも、こんな、まるで何かを拗ねている女の子のようなことが…。……ん?)
 拗ねている?
 ふと、青年は自分の考えに首をひねった。
 最初は過去の自分の発言が問題なのかとも思ったが、さっきの彼女の言動は、それだけが動機では無いようにも思えた。
(じゃぁ、彼女は何を怒っていたんだろう…)
 やれやれ、と青年は心の中で苦笑する。
(こんな年齢になっても、結局、女の子の気持ちは分からないものだなぁ…)
 と、不意に青年はMBNの警告がもう一つ存在することに気付いた。
(おや、この映像は…?)


(No.4に続く)

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

『恋スルVOC@LOID』No.3 - VOC@LOID に恋ス-

『恋スルVOC@LOID』- VOC@LOID に恋ス- 
No.3です。

第4話http://piapro.jp/t/g3Q5
本作は全体で5部構成となっております。ご注意ください。


本作はOSTER project 様

『恋スルVOC@LOID』

をモチーフに製作しております。


また、表現の一部に
『恋スルVOC@LOID テイク・ゼロ』
『片想イVOC@LOID』
などへのオマージュが存在します。

閲覧数:271

投稿日:2018/06/10 15:35:13

文字数:5,188文字

カテゴリ:小説

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