ただの鏡となった姿見の前で、私はぼんやりと座っていた。
 私は最後まで別れを受け入れられなかった。
 だから、言うことのできなかった言葉がある。
 彼との会話の中で、「ありがとう」と「ごめんなさい」は何度も口にした。
 けれど、レンが好きなんだと…本当に本当に好きなんだと伝えることは、結局一度もできなかった。

 …想いも、心も、唯一私が渡せる自分のものだったのに。なのに渡せずじまいだなんて。

 これじゃあ私、本当に貰っただけだ。





「リン」

 お父さんの心配そうな声に、私は笑顔を繕って振り向いた。
 年の功、とでもいうのか、お父さんは全部分かっているんじゃないか…なんて一瞬思ってしまった。そのくらい振り向いた先の顔は沈痛な表情をしていたから。
 まるで、私が大切な人との別れをしてきたばかりなんだと分かっているかのように。

「…なあに?お父さん」
「…いや。何でもない」
「そう…?」



 胸が痛い。痛くてたまらない。
 …なんだかおかしいね。

 世界は平和になった。
 私は歩けるようになった。

 ―――彼が残したのは傷なんかではないはずなのに。



 輝くことをやめた鏡に映るのは、瞳を陰らせた私の姿。
 もうこの鏡を使う理由なんてない。
 けれど、私はどうしてもこの鏡から離れられない。何をしていても、この鏡の事を考えてしまう。
 もしかしたらもう一度。もう一度、この鏡に彼の姿が映るんじゃないか、なんて甘い期待を捨てきれなくて。

 『忘れないで』。彼は最後にそう言った。
 忘れない。忘れっこない。
 でも、きっと…時がすべてを薄れさせてしまう。
 今はそれが怖い。

「…レン…」

 ごめんなさい。
 絶対に忘れない。…絶対に忘れたくない。
 鏡に額を当てて、小さく呟く。

「…待ってるから。ずっと…」

 きっと、あなたは帰ってくる。
 …そう信じさせていて。



 未練がましいにも程がある。
 だけど、伝えられなかった想いがあるの。
 伝えたかった想いがあるの。



「ずっと…」



 何日、何週、何年経とうと、私はこの鏡を磨き続けるだろう。
 会いたい。
 会いたい。
 会いたい…一度だけでいいから。
 きっとその願いは叶わずに終わるのだろう。分かっていても、願うことをやめられない私は、愚かなんだと思う。





 ―――それでも祈りが何かを変えてくれることを、信じていたいの。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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魔法の鏡の物語・ひとつのおわり

下手するとものすごいバッドエンドになりそうで、結構苦労しました。半バッドくらいの勢いです。
ほぼ同時にレンサイドの一つ目を上げますが、通し番号のままです。さてどのくらい長くなる事やら…短くしたいとは思っているのですが。

閲覧数:404

投稿日:2011/09/10 20:48:38

文字数:1,026文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

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  • ゼロ鳶

    ゼロ鳶

    ご意見・ご感想

    ああ、もう短くてもいい話すぎる!!!
    短くてすみません!!

    2011/09/10 21:00:22

    • 翔破

      翔破

      ちょ、コメント早すぎます!びっくりしました!
      この後はレンサイドになるので、そちらもお楽しみいただけると嬉しいです。

      2011/09/10 21:02:22

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