電車に30分程揺られて着いた先は、ミクがテレビで見たという遊園地。
通称ネズミーランドである。
東京と謳っておきながら、千葉にあるというあの王国では断じてない、断じて。
 
俺達が着いたのは開園時間から暫く経った頃。
しかし流石は夢の国だ。
平日とはいえまだ開園してから1時間も経っていないというのに、
既に沢山の人間がやって来ていた。
入場券を買う列に並びながら、
俺はみんなよほど夢に飢えているんだな、なんて馬鹿な事を思う程に。
ダラダラと緩やかに進む列。
心持ちイライラしていると、ミクがため息をつく様に言った。


 
「凄い人ですね……やっぱり人気なんですねこの遊園地」
 
「あぁ、観光名所にもなってるしな」
 
「そうなんですか。そんな所をこれから行くんですね……私今からもう楽しみです!」


 
ミクは無邪気に笑って俺を見上げる。
俺はその笑顔に心が落ち着くのを感じながら、その頭を撫でた。
そうこうしている内に順番がやって来て、俺達はフリーパスを買い、
それを手にやっと入場したのだった。
門をくぐればそこはもう別世界だった。
まさしく似非ファンタジー。
3流RPGの舞台に出来そうな位には夢の国だった。
こんな事声高に言おうものなら、ミクの夢を壊す上に
園内中の人間に白い目で見られそうだから声に出して言わないが。
……ゲームのし過ぎなのか。
どうもこういう夢の国設定な所が全部うさん臭く見えるので好きになれない。
けれどそんな俺とは反対に、ミクは大はしゃぎで駆け出す。


 
「凄い!凄いですよマスター!早く早く!」


 
少し先で大きく手を振りながら俺を待つミクに、
小走りで駆け寄る俺は無意識にニヤけながら、
ミクが喜んでいるからいっかなんて思った。


 
「で、まず何処に行くんだ?」


 
隣りに立って俺はミクに尋ねる。
するとミクは少し辺りをキョロキョロ見回して、
やがて暫くすると大きく指をさして言った。


 
「アレが良いです!」
 
「……マジで?」
 


ミクの指さす先にはジェットコースター。
……俺は知らず冷たい汗を流した。
これはすぐに発覚した事なのだが、どうやらミクは絶叫系がかなり好きだったらしい。
お陰で俺はそれから暫く、延々と絶叫系マシンの梯子に付き合わされた。
ぶっちゃけた話。
絶叫系が苦手な俺は3つ目が終わった頃ぐらいから記憶がない。
断片的に残っている記憶といえば、アトラクションに乗る前の待ち時間だけである。
やっと昼を少し回って昼飯を食べようかとなった時はきっと、
俺の短い人生の中で一番ホッとした瞬間だったに違いない。
俺はフラフラな身体を奮い立たせて、昼飯を食べる店を探そうと歩き出した、瞬間。


 
「マスター、何してるんですか?こっちですよ」
 
「え?」


 
ミクの言葉に引き止められて、俺は振り返った。
すると一体何処に隠していたのか。
ミクは広場の様になっている所で弁当を広げていた。
俺は目を見開いて驚く。
一体いつの間に作ったのだろうか……。


 
「いつの間に……」
 


そう呟くと、ミクは事も無げな顔をして言った。


「目が覚めた時間が早かったから、朝ご飯を作る時に一緒に作ったんです」
 
「けど……」


 
今朝俺は8時には起きた。
弁当のおかずを見る限り、結構凝ったものが入っている。
朝ご飯の片手間に出来る様なものではなく、すぐに出来るものでもない。
俺はミクを見つめたが、
ミクはそっぽを向いて弁当をテキパキと紙の取り皿に入れていく。
けれどその耳は真っ赤で……。
 

そこで俺は理解した。
要するに、ミクは弁当を作ろうと昨日から計画して、早起きして作った。
そういう事なのである。
俺はそれを理解した途端、
元から有り難く思っていたこの弁当が、急に特別な物に見えて胸が詰まった。


ミクが初めて誰かを想って、
初めて誰かの為に早起きして弁当を作って、
その誰かが俺で。


それはとても嬉しくて誇らしく思ったけれど、しかしミクはそれを最後に、
今日で全てを忘れるのだと考えたら言葉が出なくなった。
俺は無言になったままミクの隣りに腰を降ろし、取り皿を受け取って一口食べる。
……初めて出された時の料理とはまるで違う味。
俺は口の中の食べ物をゆっくりと噛み締める度、切ない気持ちになった。
だが、せっかく此所まで来たのだ。
今日来たのはミクに楽しい想い出を作って貰う為。
だからこそしんみりとした雰囲気にする訳にはいかなかった。
俺はそう思って、とりあえずわざとらしい程にミクを褒めちぎった。
するとミクは恥ずかしそうにそっぽを向いて、
何も言わずにパクパク弁当を食べ出した。
俺はそれにホッとして、自分も食べる事に専念する。


とにかく遊園地に居る間だけでも、
暗くなったりしんみりしたりするのは避けなければ。
そうでなければ今日の意味が無くなってしまうのだから。
そうして食べ終えた俺達は暫く広場に座ってダラダラとしながら、
次に行くアトラクションについて話した。
個人的に絶叫系を避けたい俺は、今すぐにでも絶叫系に行きたそうなミクに、
とにかく絶叫系以外のアトラクションに行く事を提案する。


 
「今飯食った後だし、
 すぐに絶叫系に行くのは気分も悪くなるだろうからやめないか?」
 
「そういえばそうですね。じゃあどこにしますか?」
 


俺はそう言われて、途中で持ってきた遊園地の地図を見て考え込んだ。
絶叫系はお断りだが、メリーゴーランドみたいなメルヘンもなるべく遠慮したい。
そう考えると範囲は一気に狭まってくる。
俺は地図に表記されたアトラクションを吟味しながら、そう考え込む。
するとある一点が目に入った。

 
"ホラーキャッスル"
城に住み着いた幽霊やゾンビが、あなたを恐怖に陥れる!
あなたはこの恐怖に耐えられるか?!
最恐洋風ホラーアトラクション。
 

要するにお化け屋敷の事だろうと俺は思いながらその文章を読む。
そして俺は脳内で考えた。

 
入る→ミクが怖がる→「大丈夫だミク!俺がいる!」
           →「マスター……好きっ!」→ウマ(°∀°)-!


 
……………………。


 
「よしミク!このホラーキャッスルってのに行こう!」
 
「え……お化け屋敷ですか……?」
 
「嫌か?」
 
「嫌ではないですけど……」
 
「よし、だったら行こうか!」
 


俺はそう言って立ち上がると、勢い勇んで歩き出した。
別にやましい気持ちで行く訳ではない。
ミクに楽しんで貰う為に行くのである。
だから断じて俺はニヤけてなんかいない、断じて。
そしてやって来た場所には、
確かに如何にも出そうな雰囲気の城らしきモノが建っていた。
時々建物から演出なのか違うのか、叫び声が聞こえて来る。
俺は雰囲気に呑まれて軽く身震いしたが、
後ろのミクを振り向き見て自分を奮い立たせると、恐る恐る建物に足を踏み入れた。
 
中に入ると中は薄暗く、何十人と人が並んで列を成している。
子どもの姿はなく、不思議に思って入り口近くの注意事項を読むと、
どうやら子どもは入れないらしい。
よほど怖いのか……。
俺は奮い立たせた勇気を見えない不安に軽く萎ませながら、恐る恐る列に加わった。


 
「なんだか……怖そうですねマスター……」
 
「あ、あぁ……子どもは入れないみたいだしな。かなり怖いんじゃないか?」
 
「そうなんですか?!私もう怖いんですけど……」
 
「大丈夫だ。俺がついてる」


 
怖がって俺の袖にくっついてくるミクを俺はそう言って宥めながら、
しかし背中を流れる冷たい汗を感じていた。
係のお姉さんの話すアトラクションの説明を聞きながら、俺達は自分の順番を待った。
その間に説明で分かった事は、どうやらこのアトラクションは、
蝋燭の形をした懐中電灯らしきものを手にしながら進むモノらしい事。
そしてそれはGPSの代わりにもなって、迷子になるのを防ぐらしい。
 
けれどそんな説明を聞きながら頭を巡るのは、
気分が悪くなったり、怖くて出られない。
もしくは万が一迷った場合は蝋燭を頭上に掲げる事。
 
ただその言葉だけだった。
他のアトラクションと同じ様にダラダラと進む列の中。
俺は自分の番が近付く度に恐怖を膨らませていった。
それには時々中から聞こえる悲鳴も一役買っていた。
そしてようやくというかなんというか、俺達の番が回ってくる。


 
「中は大変暗いので、足元に気をつけて下さいね。
この蝋燭を中に忘れたり、壊したりしない様にして下さい」


 
アトラクションの雰囲気とは正反対な明るい声で、
係のお姉さんは蝋燭を渡してきた。
恐怖に押し潰されそうだというのに、
無駄に明るいその姿に俺はイライラしながらそれを受け取った。


 
「それではいってらっしゃい」


 
そう言って送り出された俺達は、目の前の真っ暗な空間に足を踏み入れたのだった。

この作品にはライセンスが付与されていません。この作品を複製・頒布したいときは、作者に連絡して許諾を得て下さい。

Song of happiness - 第11話【最終日 中編】

閲覧数:66

投稿日:2011/03/15 11:23:35

文字数:3,723文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました