一蹴。春風と共にボールがネットを揺らす。右で蹴ると見せかけて、本来の利き足で蹴ったボールは見事にゴールキーパーの不意を突いた。得点したのは結月ゆかり。淡い紫色の綺麗な髪の毛をお下げにした女子高生。だが長く伸びた揉み上げをヘアゴムで結わいており、後頭部はそれこそ男の子のように短く切りそろえていた。ベンチに座っている部員たちから黄色い声が上がると、ゆかりは彼女たちに手を振り応えた。
学校は既に春休みに入って入るが、彼女たち女子フットサル同好会の面々は定例練習試合で隣町である白木市まで足を運んでいた。三年前に設立されたこの同好会も、今年卒業した先人たちのお陰で四月から正式に部としての活動を認められる。今日の練習試合も部昇格の活動の一環だった。
「ゆかりさーん!」
ゆったり間延びした声がゆかりの名を呼び、応援席でも抜きんでた背丈、肩甲骨まである長い黒髪をなびかせながら、彼女のゴールを人一倍喜ぶ部員がいた。
「心咲【みさき】ちゃん!」
三波心咲。葛流【かづる】中央高校の一年。元々ゆかりとは別のクラスだったが、共通の友人弦巻マキの紹介で彼女をフット同好会に勧誘した人物だった。ゆかりは声援に懸命に手を振り応えた。

ゆかりが助っ人部員として女子フットサル同好会に参加してから二カ月になる。最初は軽い運動をするお試し感覚だったが、初心者にもかかわらず持ち前の運動神経を見出されると、即レギュラーでの待遇で入部を勧められた。だが中途半端な気持ちでは入部できないと遠回しに断りつつも、練習に顔を出す度に尋常でない速さで上達していき、今日の練習試合に出場を果たすばかりでなく、三点目のゴールも決める始末だ。その後もう一点決め、終わってみればゆかりの大量得点となった。
「ありがとうございましたー」
コートの真ん中に一対の列を成し一礼すると、相手校である白木高のキャプテンがゆかりのもとへ近づいてきた。
「ねえねえ。あなたお初で大活躍だったけど、サッカー経験あるの?」
「はい、二か月です」
キャプテンは一瞬耳を疑ったが、そんな間に入ってきた大きな影があった。長身の三波心咲だ。
「期待の新人なんですよ。上達が早くて」
「たった二ヶ月で最前線でのあの動きって、もう天才なんじゃないの?」
嫉妬の籠った一言に空気が重くなりかけるが、間を空けず入ってきたのは会長の新垣【にいがき】だった。
「ごめんねー。うちの秘密兵器なんだわ。だから次の大会まで内緒だよー」
まるで霧散するかのような騒がしさで自陣ベンチに押しやって、キャプテンとの次の定例試合の打ち合わせを始めていた。経験の浅い者に試合を全て持っていかれたのだ。そそくさとゆかりを退散させたのは相手の面目をおもんぱかってのことだった。

だいぶ暖かくなり、汗と泥にまみれたシャツやパンツを脱ぎ去ってシャワーを浴びたいところだが、生憎この施設にシャワールームが設置されていなかった。仕方が無いので濡れタオルなどで身体の汗を拭きとり、真新しいシャツに袖を通し、その上にジャージを羽織るのだった。ゆかりの大活躍もあり、着替えながら会長新垣の反省会もそこそこに、各々更衣室を出て行くのであった。ゆかりと心咲が更衣室を出ようとすると、その先で一部のメンバーが立ち話をしているようだったが、雰囲気が険悪だと直ぐに解った。会長の新垣ともう一人は会内で唯一の男子でマネージャー兼監督の一年、早良大智【さわらだいち】だった。二人の間に入って大智をなだめる一年エースの桐間つばさ【きりまつばさ】。
「オレ抜きでの反省会はしないでって言ったじゃないですか!」
「だって、早良くん話長いんだもん。着替えてる女の子の中に男一人入れられるわけ無いでしょう」
「でも今日は皆良く動けてたし、なにより結月さんのお陰で試合に勝てたんだから」
新垣はうんざりした調子で、つばさは諭すように大智に言うが、彼は監督としての責務を果たせなかった事に苛立ちを露わにしていた。
「次のミーティングの時に早良くんの発言する時間上げるから、その時まで簡潔にまとめて来てね」
そう言い残すと、新垣は同級生の待つ群れに駆けて行ってしまった。
「まあまあ大ちゃん。今日は暖かい中動いたから、いつもより疲れてるんだし」
「アラちゃん、三年が居なくなってからあの調子だもんなぁ」
アラちゃんとは新垣が同級生たちから呼ばれているあだ名だった。確かに今の会内には浮ついた空気が流れていた。間もなく新年度が始まり、部昇格と共に部室と部費獲得という同好会予てからの大願成就を迎える。そして始業式では全校生徒の前で部昇格の発表と表彰の時間も設けてあるという。唯でさえ心躍る陽気な春の季節。浮つきが加速して部としてばらばらになってしまうのではと懸念していた。
そんな悪い空気の中を、ちょうど会話に出てきたゆかり本人が通りかかろうとして、苛立ちが治まらない大智の目に止まってしまった。
「おい結月。お前いつになったら入部届け出すんだ?」
「出すも何も、あなたが思っている以上に私は忙しいんだよ。だから今は出せない、とだけ言っておくわ」
大智には以前から言われていた事だったが、唐突に不躾な彼の態度に腹が立ち負けじと言い返した。だが彼女の言う忙しさはまんざら嘘でもなかった。
「仮部員だけど今日は会長のご指名で試合に出れたんだぞ。出られなかった奴の気持ちも考えろよな」
「大ちゃん。フット歴二ヶ月で経験者相手に四得点は普通じゃないでしょ?結月さんはごく稀にみる天才だよ?フットの楽しさを理解してもらってから入部してもらうのも一つじゃない?」
つばさは飛び火しないようにフォローしつつ、彼女らに早く立ち去るよう促した。
「結月さん。他の部に顔を出すのも良いけど、本格的にサッカーやるなら是非フットに出してね!」
つばさは高校生には見えないほど低身長だ。一見すると男子中学一年生のようだ。動くのに煩わしいからと、子供の時からの髪型はずっとショートカットだという、生粋の蹴球少女。芯の強そうな眼差しからこぼれる笑顔は、ゆかりが見ても素敵と思えるほど爽やかだった。
「やだ・・・かっこいい・・・」
ゆかりは胸の高鳴りを覚えたが、つばさからしてもそう言われるのにはもう慣れっこだった。
「ああ、どもども」
苦笑いをしながら頭を下げる。その後ろにはいつにも増して怖い顔をした大智がこちらをみていた。ゆかりは我に返ると、別れの挨拶を告げながら心咲と共に会場を後にした。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん! THE PHANSY #1【二次小説】

1.蹴球少女は助っ人部員 前編

本作は私が投稿した小説怪盗ゆかりんの前日譚にあたる作品で、
主人公が怪盗になる経緯を描いた物となります。

久々の投稿だったため、制限を忘れオーバーしてしまった。
シェイプをしようとも考えたけど、今回は妥協したくなかったので
もっさい投稿となってしまったよ・・・。

今作に対する所信表明うんぬんはこちらから。
http://blogs.yahoo.co.jp/mysterious_summer_night/32663749.html

作品に対する感想などを頂けると嬉しいです。

1.蹴球少女は助っ人部員 後編
http://piapro.jp/t/n8bz

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 ※※ 原作情報 ※※

原作:【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん!【ゲームOP風オリジナルMV】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21084893

作詞・作曲:nami13th(親方P)
イラスト:宵月秦
動画:キマシタワーP

ご本家様のゆかりんシリーズが絶賛公開中!
【IA 結月ゆかり】探偵★IAちゃん VS 怪盗☆ゆかりん!【ゲームOP風MV】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm23234903
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【※※ 注意 ※※】
当作品は動画「怪盗☆ゆかりん!」を原作とする二次小説作品です。
ご本家様とは関係ありませんので、制作者様への直接の問い合わせ、動画へのコメントはおやめ下さい。
著者が恥か死してしまいます。

閲覧数:683

投稿日:2014/04/08 23:45:14

文字数:2,661文字

カテゴリ:小説

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