!!!Attention!!!
この話は主にカイトとマスターの話になると思います。
マスターやその他ちょこちょこ出てくる人物はオリジナルになると思いますので、
オリジナル苦手な方、また、実体化カイト嫌いな方はブラウザバック推奨。
バッチ来ーい!の方はスクロールプリーズ。
視界からパトカーが消え、どこから湧いたのかわからない喪失感を抱えたまま家へ戻ろうとした俺は、時間が止まったように動かない三人を立ち止まって順番に見つめた。
ほんの少しだけ視線を上にしていた隆司さんは、肩が下がるほど大きく息をついていて、その隣ではルカさんがそんな隆司さんを見つめている。マスターはパトカーが見えなくなった場所をただじっと見つめて立っていた。
一体何と声をかけたらいいのだろうか。元気を出してくれ、なんて軽く口にできるわけもない。隆司さんならそう言ってマスターを励ますことも難しくないのだろうが、たった今事情を知った俺が言っても良い言葉ではない。それなら俺は、寂しそうなマスターの背中を見つめることしかできないのだろうか。
ため息をつこうとした時、「カイト」と声をかけられてはっとした。そこには隆司さんがいて、その腕を俺の肩へと回してくる。
「言っただろ? 俺は主役降板。ヒロインを元気付けるのはお前の仕事だ」
「え、そんな・・・俺には・・・っ」
無理だ、という言葉は、彼のてによって突然マスターの方へ突き飛ばされることで出てこなくなる。代わりに口から飛び出たのは驚きに満ちた声だけだった。
「ちょ、・・・!」
文句の一つでも言ってやろうと顔を上げると、ちょうどマスターの視線と交わる。涙を拭いもせずに俺を見つめる瞳。その目を見ると、逃げたくても逃げられない。だからといって気の利いた言葉はすぐに浮かばないのだが。
『笑っててくれ』『俺が傍にいるから』・・・浮かぶ言葉はどれもこれもありきたりで、マスターを慰めることなんてできるわけがなかった。
それでも口を開けば何か言葉も出てくるだろうと思ったが、何度開閉してみても言葉は出ない。諦めて深く息を吐き出してみる。
何故だろうか・・・そうすると、あれほどまとまらなかった考えがまとまった。
考えるだけ無駄なら、最初に言わなければならないと思った言葉を言えばいい。マスターなら、聞いてくれる、と。
「――俺・・・何も知らなくて、ごめん」
精一杯の謝罪の気持ちを込めて言い放つ。マスターは何を言っているのかわからないといった様子で目をぱちくりさせていた。
この人の中では、俺が今まで幾度となく怖がらせてきたことなんて記憶からすっ飛んでいるのだろう。もしかすると、それまでも自分の責任だと思っているかもしれない。
俺は小さく笑いながら首を傾げたマスターの頭を撫でる。すると、ゆっくりと伏せられる瞼。
長い睫毛を見つめながら、もう片方の手で涙を拭ってやる。開かれた目で俺を捉えるその瞳には、涙は浮かんでいない。
それでも不安だろう。行ってしまった竜一さんと、これからどれぐらい会えないのかもわからないのだ。だから俺が、しっかりしなければ。
「大丈夫だよ、マスター。あの人は・・・竜一さんはきっと帰ってくるから、笑って。泣かないで」
その言葉に、マスターが自分の頬にある涙を撫で、ぐいっと拭う。マスターから引っ込めた手を元の位置に戻すと、彼女の微笑みが俺を待っていた。
「ありがとうございます、カイトさん・・・でも私、見た目より元気ですから」
優しく綺麗な声が筐体に響くと、思わず視線を逸らしていた。
この人は時折、とびきりの表情を見せてくれる。無意識で、しかもそれはここぞというタイミングなのだ。
もしも俺の筐体が温度を感じて人間と同じように赤く色づくのであったら、ゆでだこのごとく真っ赤になっていたことだろう。
今回ばかりは人間でなくてよかったと思っていると、ラリアットの要領で俺の後ろ首に重みが走った。
バランスを崩して数歩前へ行きながら振り返ると、隆司さんがにやっと笑っているところに遭遇する。これは人をからかおうとしている顔だ。
「若いってのはいいな。青春だ」
「まあ、そんなに年取ってました?」
あなたも十分若いだろ、と口にするより先に、ルカさんが隆司さんに言い放っていた。息がぴったりすぎて笑えてくる。
仲良くいつものやり取りを始める二人を見ながら一息。そうだ、こんな日常だったな、と俺が考えてしまうことも、この二人にはお見通しなのだろうか。
今日は酷く長い一日で、もう何日か分を過ごした気分だ。隆司さんもルカさんも、ああしていつも通り笑ってはいるが、無理をしているんじゃないだろうか。俺には・・・いつも通りにしか見えないが。
二人のやり取りを傍観していると、「あ」とマスターの口から小さな声が漏れた。何だと思いながら視線を向けると、マスターは俺を見上げている。
何かしただろうか。
「カイトさん、少し屈んでもらっていいですか?」
その言葉に、どこかに埃でもついているのかもしれないと合点がいった。
返事をして少し膝を曲げると、マスターが自然と近くなる。今までは自分からマスターとの距離を縮めようとしていたというのに、この距離に耐えられないと思ってしまうのは何故なのだろう。
ああ、マスターは本当に整った顔を・・・・・・と考えかけて、妙なことを考えないようにと目を伏せた。
マスターが髪にそっと触れる。目を閉じているからか、感覚が研ぎ澄まされて妙に触れられている辺りに集中してしまっておかしくなりそうだ。
こんなに緊張するのは、相手がマスターだからなのだろう。もし相手がルカさんや隆司さんであったなら、ここまで緊張してはいなかったはずだ。そう考えているうちにいつの間にか髪に触れていたマスターの指の感覚がなくなり、姿勢を戻そうとする――その時、温かくてやわらかな何かが頬に触れた。
今のは何だと目を開くと、マスターが逃げるように素早くそっぽを向いて、思わず口が開く。言葉が出ないほどの驚きに目を見開いた。
髪の隙間から見えるマスターの耳は真っ赤。一瞬触れた、手でもなく指でもないやわらかな感触。あの感触を与える部分はどこかと何度考えても一箇所しかなく、おまけにマスターがこれほど真っ赤になるとくればあながちそれも間違ってはいない。
(嘘、だよな・・・マスターが俺に・・・?)
口を数回開閉してみるものの、上手く言いたいことがまとまらない。
「なっ、ま・・・まっ・・・!」
何とか声を出してみるものの、あまりの驚きに言葉が詰まる。思わず前髪で隠れた額を触りながら、取り繕えない態度をどうにかしようと必死だった。
(マスターが俺に、俺の額に・・・)
考えただけでおかしくなりそうだ。筐体の中でめまぐるしく何かが活動するような音がする。そのせいで発生した急激な温度の上昇をどうにもできず、ショートしてしまいそうだ。
隆司さんとマスターが何か言っているのに、自分の筐体の中がうるさすぎて何も聞こえない。
ああ、駄目だ。違うとわかっているのに止まらない。
(まさか、あのマスターが・・・・・・キス、するなんて)
改めて認識した時、火が付いたような熱さを感じた。マスターと目が合っても何の反応も返せない。自分の中で情報を整理するだけで、もう手一杯だ。筐体を動かす一番大事な部分が焼け付いて動けなくなりそうなほどに・・・温度を感じることなんてないはずだというのに、こんなにも熱いとは。
深く息をつこうとしたところで、隆司さんの驚いた声が耳に飛び込んできた。はっとして視界に意識を戻すと、マスターが隆司さんから離れて何か叫ぶところ。
あんな生き生きしたマスターの表情を見るのは初めてかもしれないなんて思いかけた時、走ってきたマスターに手を掴まれて「え」と声が漏れた。俺だけではなくルカさんも手を掴まれたらしく、マスターに連れられるがまま走っている。振り返れば、俺たちの後を隆司さんが追ってきていた。
意味がわからないのに何故こんなにも幸せなのだろう。
ぎゅっと握られた手からはマスターの感情を受け取ることができない。俺が人間だったら、この手の温もりを感じて、その中からマスターの気持ちを知ることができたのだろうか。そうすればこんなにも筐体の奥を締め付けられるような感覚を知らずに済んだのかもしれない。でも、そうだったなら俺はきっと、マスターとは出会えなかった。
(俺はこの場所が好きなんだ。俺の居場所だと思えるここが)
見返りなんて必要ない。俺が抱く気持ちを直接言うこともないだろうが、それでも筐体の中だけで呟くなら許されるだろうか。機械の中に入れられただけのこの情報を『感情』と呼んでいいのなら、俺はあなたのことが――。
(――マスターが好きだ。だから、ずっとそばにいさせてくれ)
筐体の中で呟いたその言葉を引きずることなく、マスターの手を少し握り返した。
→ep.45 or 45,5
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