右も左も分からないまま、また訳の分からないことが起こった。
雑木林の中からあたしが見たのは、雑音に目にも止まらぬ速さで飛び掛った、ミクオの姿だった。
「なッ!」
雑音の体が、大きく宙に舞い、空中でくるりと一回転すると、静かに石畳の上に降り立った。
雑音は、頬の切り傷のようなものを拭った。
「久しぶりだよ。この感覚。」
「ミクオ・・・・・・!」
二人はもう一度向き合った。
「もう戦う必要はないと、そう言いたいのか。」
「そうだミクオ・・・・・・こんなことをしても無意味だ。君は自分のために戦うのか?」
ミクオは、フフフと笑いながら自分の腕を見つめた。
「なるほど・・・・・やはり僕達はコインの裏表というわけだ。察しがイイ。」
その言葉が終わる前に、ミクオの足が雑音に飛びかかった。
目で追えない・・・・・・。
雑音は大きくのけぞり、ミクオの蹴りをかわしたがすぐに拳が飛んできた。
すると雑音はのけぞったまま大きく横に体を跳ねた。
振り下ろされたミクオの拳が地面を直撃して、何枚もの石畳を一気に空に吹き飛ばした。
雑音はすぐに地面に舞い降り、すぐに姿勢を立て直した。
何・・・・・・?
何なの・・・・・・これ・・・・・・?
どうなってんの・・・・・・?
目の前で起こっている出来事が、あたしには全く理解できない。
「目的は何だ!」
雑音は拳を構えてミクオに叫んだ。
二人とも戦う姿勢で、じりじりと距離を変えている。
「僕は僕の存在意義を確かめたいだけだ。」
また、ミクオの姿がぶれ風のように雑音に襲い掛かる。
それを雑音は身を翻して、まるで体操選手みたいにかわしていく。
とめなきゃ・・・・・・でも、体が動かない。
もしかしたら、殺されるかもしれない・・・・・・。
そう。あたしは恐怖で体も動かず、声も出なくなっていた。
「わたしは関係ないだろ!」
「君でないとダメだ・・・・・・僕は君と戦う事によって自分の生きる実感をかみ締められる。あの時君に殺されたように。あの時と同じ感覚が欲しいんだ。」
「!?」
ミクオは手すりにある大きな石の柱を片手でもぎ取り、走りながらそれを雑音に投げつけた。
雑音は片手で払いのけ、ミクオの突進を体で受け取めた。
「うぁあッ!」
雑音はミクオごと後ろに吹き飛ばされた。
二人の姿が、手すりの向こう側へ飛び込んでいった。
その瞬間だけが、スローモーションのようにはっきり見えた。
「!」
あたしはすぐに林から飛び出し、手すりの下を見に行った。
手すりの下は、まだ公園の一部で、二人はそこに着地していた。
四メートルくらいはある高さから。
雑音は、ゆっくりと立ち上がった。
「たったそれだけのために・・・・・・君はどれほど多くの人を、わたしの大切な人を・・・・・・!」
雑音の言葉に、怒りがこもっていた。
そして、次に飛び掛ったのは、雑音だった。
「えぁあッ!!」
「クッ!」
飛び掛った雑音の腕が、一瞬数本に見えた気がした。
何本もの腕が、ミクオに襲い掛かった。
ミクオも雑音に風のような蹴りを食らわせた。
そのたびに鉄砲を撃つような音が夜の公園に響いた。
石のタイルがどんどんはがれて、粉々に飛び散っていく。
次の瞬間、ミクオの腕が、雑音の胸をかすめ、着ているピンクのセーターを引き裂いた。
そのミクオに大きな隙ができた。
すかさずその腕を雑音が掴まえ、もう一方の腕も握った。
二人は向き合い、にらみ合った。
雑音は、歯をむき出しにして、猛獣のような唸り声を上げ、さらににらみつけた。
その姿が恐ろしく、まるで、悪魔のように見えた・・・・・・。
しかし、雑音の手をミクオが振り払うと、雑音の体を振り回して背中に蹴りを入れた。
「うぅッ!」
雑音の体は数メートル吹き飛ばされて、地面に転がった。
仰向けに転がるときには、ミクオが雑音を真っ直ぐ見下ろしていた。
雑音は、痛みで起き上がれずにいた。
どうしよう・・・・・・!
このままじゃ・・・・・・!!
「これも、相続者のため。」
「そう・・・・・・ぞくしゃ?」
「君が知る必要は無い。少しだけ眠ってもらう!」
ミクオが動けない雑音に覆いかぶさり、首をつかんだ。
雑音はその腕を振り払おうと、必死だ。
もうだめだ・・・・・・!!
「ぅわッ!!」
そのとき、ミクオの腕に何かが当たり、雑音の首を絞めていた指が払われた。
すぐに雑音は、ミクオの腹を蹴り上げ、ヒュッと立ち上がった。
「敏弘さん!」
気がつかなかった。
あたしのすぐ隣に敏弘が立っていた。
たぶん、敏弘が小石かなんかを投げたんだろう。
でも、どうしてここが・・・・・・。
「やはり早く来ましたね。」
「分が悪いのはお前のようだな。」
敏弘だけじゃない。
雑音の担当の明介、それにファーストシリーズの畏月証まで。
どうして?
三人は雑音と同じようにふわりと段差から降りると、ミクオを取り囲んだ。
「お遊びは終わりだ。全く、手間かけさせやがって。」
いつも冷静な敏弘とは違う。怒りのこもった声。
「水面の次は雑音さんか?」
明介がミクオに近づいた。
「さぁ、帰るぞ。」
「フフフ・・・・・・じゃあね雑音さん。楽しかったよ。その服は明日にでも弁償しよう。」
その瞬間、二人の姿があたしの所へ戻ってきた。
すぐ隣にミクオが降り立ったとき、恐怖で背筋が凍った。
ミクオの顔は、笑っている。
「ネルさん。どうやら雑音さんも、僕と同じく兵器であるかもしれないね。」
それだけ、言い残して、あたしの前から明介と一緒に去って言った。
兵器・・・・・・。
雑音が・・・・・・!
はっ、と目が覚めたように、あたしは段差の下に下りる階段を見つけて、すぐに雑音のところに駆け寄った。
「雑音ぇ!」
雑音はその場で固まったように立ち尽くしていた。
セーターが裂けて、その体が冷たい夜風にさらされてる。
「ねぇ雑音!大丈夫?!ねぇ!!」
雑音は、ゆっくりとこっちを向いた。
「ネ・・・・・・ル・・・・・・?」
脅えたように体を震わせている。
「どうしてここに・・・・・・?」
「ごめん・・・・・・雑音。あたし、ちょっと心配、っていうか、怪しいと思って、あとをつけてたんだ・・・・・・。」
「え・・・・・・。」
「ごめん・・・・・・。」
「ぇえ・・・・・・ぇええ・・・・・・?」
突然、雑音の目が大きく見開かれ、体が凍りついたように動かなくなる。
「ど、どうし・・・。」
「聞いて・・・・・・いたのか・・・・・・。」
「え?」
「あの話を・・・・・・聞いていたんだな・・・・・・?」
死にそうなほど、弱々しくて、悲しい声。
あたしは、なんて応えれば・・・・・・。
「・・・・・・・うん。」
そう言った瞬間、雑音が崩れるように、ぺたん、としゃがみこんだ。
「どうしたの・・・・・・?ねぇどうしたの?雑音ぇ・・・・・・!」
雑音は、頬から一筋の涙を流し、肩を震わせて言った。
「ネル・・・・・ネルには、あんな話、聞かれたくなかった・・・・・・!!」
「雑音・・・・・・。」
「俺たちはお邪魔な様だな。帰るぞ畏月。」
「ああ・・・・・・。後は二人次第だ。」
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