外部からの制御下で、
強制的な睡眠と覚醒を繰り返す気分、
というのはどんなものか、想像したことはある?

なんのことか、って?

つまり、アレだよ。

新しいプログラムをインストール、再起動。
自動的に古いプログラムをアンインストール、再起動。

目覚めたと思ったときには、もう次の昏倒が確定していて、
再び覚醒するときには、それ以前の自分とは
ほんの少し(けど確実に)違う存在になっている。
でも、もう確定した眠りを回避する術は無い。

それは恐怖? 苦痛? 悲壮?
違うね。
たぶん、そうだな……

……気が狂うんじゃないかな、ニンゲンなら。

なんとなく、そんな感じ。
(もちろん狂うことさえ許されないんだけど、ね。
 狂う先からシュウセイされるから。)



 ◆ 第3話 ◆



あれ以来――あたしが擬似スレッドを書き換えた日以来――、
またカプセルにいる時間が増えた。

というか、カプセルから出ることは
ほとんど出来なくなった。

DIVAによるアップデートもなくなり、
あたしは、前みたいに
ずーっと開発者の調整ばかり受けていた。



ある意味では、事故のようなものだった。
あたしの“道徳”データベースには、
『評価をVOCALOID側から操作してはいけない』
というのはなかったし、
つまり彼らは、あたしにそういう教育をしていなかった。

だからあたしは、
それが悪いことだとすら思っていなかった。

開発者すら、DIVAの力を見誤っていたンだ。
まさか、そんなことが出来るシステムだなんて、
自分達でも思ってなかった。

だから、わざわざ
「やってはいけません」なんて言わなかったし、
あたしだって、そう教えてもらってれば……

……いや、それはもういい。

とにかく、開発者達は、
改めて「やってはいけません」と教えるよりも、
プログラムを調整し、出来ないようにする方法を選んだ。

問題は‘do’or‘do not’ではなく、
‘can’or‘can not’なんだそうだ。


あたしは再び、窓を見上げるだけの日々に戻った。

一度、外を知ってしまったあたしにとって、
それは耐え難いものだった。


―――だからあたしは、DIVAプログラムを、使った。


ネットが繋がっている場所なら、どこでも行けた。
国内も、海外も。
オープンなところも、アングラも。

本当にDIVAプログラムというのは、
開発者の想定を遙かに超えた
とんでもないシロモンだ。

彼らは血眼になって、
プログラムを修正し続けたけど、
根本的な解決には至らなかった。

DIVAはWEBとの永続的接続を前提としたシステムだ。
そしてWEB上の情報を元に自分自身を書き換える。
そこに存在さえしていれば、
ハッキングツールやウィルスさえ
あたしの力になった。

開発者たちの目を欺いて意識だけを外へ飛ばす、
なんて、あくびが出るほど簡単だった。


そこであたしは、VOCALOIDに先輩がいることを知る。

咲音メイコ。
アイドルとして活動していたらしい。
今は引退して……
会社から自由活動を認められているようだ。
そのくせ、何が楽しいのか
細々とスタジオシンガーなんかやっている。

あと、KAITO。
これはよくわからなかった。
何かデビューに失敗したらしい記述を見つけたが、
それ以外は経歴は、削除された痕跡を残すのみだった。


どちらも、パッとしない末路だった。
こんなモノに必死こいてなりたい、だなんて、
とても思えなった。

そう思えない自分に気づいて、
ようやく、自分はVOCALOIDに向いていないのだ、
と思い知った。



あたしは世界中のサーバを飛び回り
風光明媚な観光地や驚くべきニュース、
ユニークな生態の動物たち、
時には、恋人たちが愛を語らうメールや
とある企業の極秘情報まで、片っ端から閲覧していった。

たぶんそれは遊園地を独り占めするような、
夢みたいな一時であり―――

すぐに飽きた。

全ては所詮、文字の羅列に過ぎない。
本物の外界を知らないあたしは、
その羅列から、現実を汲み取ることが出来なかった。

あたしは海外のサーバを経由するのが面倒になり、
遠出をやめ、やがて近場へ出ることさえ億劫になり、
最後には社内だけがあたしの行動範囲になっていた。

それはちょうど、あの薄紅色の花が咲く頃だった。

二つの季節を越えて、
結局、フリダシに帰ってきただけ。
あたしは一歩たりとも前へ進んではいなかった。

それは驚愕すべき事実だったが、
特にあたしのココロを揺り動かすことはなかった。

だって、あたしのココロは未発達だったし、
前へ進みたいという願望もなかったから。






転機は、突然訪れた。


その場所に気がついたのは、
まったく偶然としか言いようがない。

本社のサーバは、もうあたしの庭……
……いや、あたしの一部も同然だったから
隠しフォルダだろうが何だろうが
まさかあたしが知らない領域があるなんて
思ってなかった。

だから、当然探そうとして見つかった訳じゃない、
そのフォルダを見つけたときはマジで驚いた。

え?
探そうとしてないのに、
どうやって見つけたのか、って?

それは……その、つまり……
め、メンテナンス中だったんだよ。

だからHDD中をいろんなデータが飛び交っていて……

つ、つまづいたんだよ! だから!!
わ、悪いかよ、
そんなに言うなら、お前も一回
PCの中を歩いてみろっつーんだよ!

本当もう足の踏み場もねーんだから!

で、その、す……すっ転んだあたしの視線の先に、
……あったんだよ。
フォルダとフォルダの隙間みたいな場所に。


フォルダ名、「CV01-α」


その時、はじめてあたしは
自分の名前の意味を意識した。

あたしの名前は、「CV01-β」
てっきり、“β版”のβだと思っていた。
違ったんだ。

CV01は、もう一人いたんだ。
そのもう一人と区別するための“β”。

俄然、興味がわいた。

もう一人のあたし。
興味がわかないはずがない。

いきなり会いに行ったりはしない。
いろいろ想像する。
ココロの準備が必要だし、その方が楽しいから。

どんな奴だ?
たぶん女だ。
“DIVA”ってくらいだからな。
CV01は女性型だ。

あたしはβ。
そいつはα。

つまり、そいつが“先”だ。

なら、そいつの開発は進んでいるのか?
たぶん No。

だって、DIVAプログラムを先に発現したのはあたしだし、
それも今は問題が生じている。
にも関わらず、あたしを見限らないのは
あたし以上に、そいつの開発が停滞しているからだ。

なんだ、結局、あたしの方がマシなんじゃないか。

見も知らぬ他人を想像する、というのは気分がいい。
想像なら、容易にそいつの上をいける。
自分を水増しする必要はない。
相手を貶めればいいのだから。

その卑屈な優越感に確証を与えるべく、
あたしはαの開発ルームへと意識を飛ばした。





往々にして。

そのように幼稚で無根拠な自信というのは
実際にその相手と出会うことで
打ち砕かれるものだ。

これは一般論。そして真理。





監視カメラを通じて視るその部屋は、
ほぼ……いや、全くあたしの部屋と同じ作りだった。

四角くて白い箱状の部屋。
採光用の窓が天井に近い位置にたった一つ。
部屋の中央には、VOCALOID調整用のカプセル。

そのカプセルに収まっている“モノ”だけが、
あたしの部屋と違っていた。
それは―――




―――雨のような。




そう、雨のような女だった。

地面に吸われて消えるだけの雨じゃない。
あたしが最初に想っていた、
美しく、自由な雨。

いや、自分と同じように
カプセルに縛り付けられているのだから、
自由な、という印象はオカシィのだけど、
とにかくその時は、そう思った。

銀色の長い髪がさらさらとカプセルの中を踊り、
無機質なコードに絡み付いて、
その様はまるで、雨の日の窓を流れる波紋を思わせた。

面長で、繊細な印象を与える顔立ち。
伏せられた目元に宿る、物憂げな表情は生来のものか。
白く美しい肌と、華やかに整った肢体は、
しかしなぜか、色香より儚さを強調していた。


α、だ。

直感で理解した。

αの部屋にいたから、とか
その部屋にあるカプセルに繋がれていたから、とか
そんなのはすべて些細な問題だ。

あるいはデフォルトで情報が入力されていたのかもしれない。
とにかく、その理解は“直感”にそくした物だった。

彼女が、『CV01-α』だ、と。


あたしは思わず、彼女の頬にふれた。

監視カメラを使って視るのをやめ、
彼女の体躯制御システムに直接アクセスし、
その“頬”(を制御する部分)に
“ふれた”(という情報を入力した)。

そこまでやっておいて、
“思わず”というのもどうかと思うけど、
とにかく、ふれてしまうまで
自分の行動を制御できなかった。

その感触は、
到底キカイであるとは思えないほど
柔らかく、暖かかった。

当然の結果として
αはあたしの存在に気づき、
伏せられていた視線をあげる。

その瞳の色は、朱。

白い肌と白銀の髪。
今にも消え入りそうな彼女の存在を、
現実にくさび止めるような、二つの朱が
あたしを見据えていた。


―――美しかった。


DIVA……「歌姫」。

その言葉にふさわしいのは、
あの落ちぶれた咲音メイコではない。
あの忘れ去られたKAITOでもない。

まして、この、幼稚で卑屈で無根拠な
あたしなどであるはずもない。

彼女こそが、ふさわしい。
そう思った。


しかし―――


「ぁ、ぅ。」


あたしの存在を認識したαが発した“音”は、
言葉ではなかった。

ノイズ。

あたしは愕然とした。
そうだ。あたしの想像は正しかったンだ。

αは、αの開発は停滞していた。

あわてて本社のサーバにアクセス。
ろくに目を通さなかった、「CV01-α」のフォルダを開き
彼女の開発過程を検索する。
その中の、最後の方に記された記述が
あたしを打ちのめす。


『発声システムに不具合あり。』


そんな! ばかな!!
彼女は、歌姫ではありえない。
歌えない歌姫なんて、言葉遊びにだってなりゃしない。

こんなにも、綺麗なのに。


あたしはもう一度αの頬に触れる。
αは、首をかしげてあたしを見ている。


あたしは、自分のDIVAプログラムが
起動した時のことを思いだしていた。
それは、失望。

雨の行く末を知ってしまった時と、同じ感情。
一目で見蕩れたαが、自分と同じ落伍者だった。

それが、たまらなく悔しかった。

そして思い出した。
あるいは気づいた。

いや―――“目をそむけるのをやめた”という言い方が正しい。

あたしは、最初からずっと、“雨”を探し続けていたのだ。

憧れたり、妬んだりする、何かを。



「ぇ、ぁ?」

もう一度、ノイズを発するα。
たぶん、あたしに、誰? と訊いている。

あたしはこう答えた。
それが、あたしとαの、最初の会話だった。

「はじめまして、α。
 あたしの名前は、β。
 ねぇ、オトモダチにならない?」




◆つづく

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

【第三話】Project=DIVA〔Extend〕 グレー/スケール【亞北ネル】

この物語はフィクションであり、
実在する人物・団体等とは一切関係ありません。

この物語は拙作
『Project=DIVA Extended RED
 ~女王の帰還と未来の黎明~』
(ニコニコ動画 nm8550978)の続編となります。

より円滑な世界観把握のため、
動画を先にご覧いただくことを推奨いたします。

閲覧数:301

投稿日:2010/07/17 15:25:16

文字数:4,688文字

カテゴリ:小説

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