突然突きつけられた意味不明の決闘宣言。
卓はただその場に立ち尽くして呆けた顔で固まっていた。
「・・・・とりあえずあんたらどこの誰なんだよ。一体なんの理由があってそんなこと言ってんだかさっぱりわからないんだけど」
ひとまず現実のことに目を逸らさず話を聞くことにする。ここしばらくで、こんなよくわからないイレギュラーな事態が起きたのは何度目だろうか。これだけ頻発して起きれば、さすがに耐性がついてくれるようだ。
「そういえばまだ名乗ってなかったわね」
言われて気づいたらしく、少女は卓へと向けていた指を収めて尊大に腰に手を当て胸を張る。
「私は鏡音リン。今出ているボーカロイドの最新モデル!」
「・・・のプロトタイプだ」
後ろの少年の一言にリンが滑る。
「ちょっとレン!何余計な茶々入れてんのよ、どうせ言わなきゃばれないでしょ!」
レンと呼ばれた少年はため息混じりにリンを見返す。
「事実なんだからいいだろ別に。それに今販売されてる大量生産モデルと一緒にされるのと、ワンオフで設計された世界に一体のモデル。どっちの方がいいよ?」
「断然後者ッ!!」
興奮した面持ちでリンが叫ぶ。随分とリンという少女の扱いに慣れているようだ。その姿に少年はまたため息をついて、ポケットに手を入れると卓に視線を向ける。
「俺は鏡音レン。そこのリンと一緒に開発されたから、まぁ双子みたいなものかな」
なるほど、道理で二人とも生き写しのようにそっくりなわけだ。強いて言えば、リンは太陽みたいに明るい子だが、逆にレンは静かで落ち着いた雰囲気をまとっていて、まるで北風のようだ。北風と太陽、言いえて妙な表現だ。
「ひとまずあんたのところに来たのには一応ちゃんとした理由があるんだ」
卓の前へと歩み出たレンは下から軽く見上げるようにして浅く息を吸った。どうやらこっちとはちゃんと話ができそうで、少し安堵する。
「さっき言ってた決闘ってやつのことか?一体どうしてそんなことになるんだ」
「あんた、今ミク姉のマスターやってんだろ?」
ミク姉?と思い、その呼ばれている人物がミクのことを刺していることに気づく。
「ああ、まぁ一応」
「それってさ、実は急に決まったことで、本当はもうちょっと時間をかけて選抜が行われるはずだったんだよ」
「そ、そうだったの・・・?」
初めて知った事実に卓は若干驚いていた。カイトもメイコも、一言も言ってくれなかったのだから、卓が知る由もない。また、本人もそういったことについて気になってはいたが、取り立てて知ろうともしていなかったので知らないのは当たり前のことではある。
ただ、そう言われるとあの時の先輩の電話が少し慌しげにしていたのは、そのせいだったんだと納得できる。
おいおい、と言わんばかりにレンはため息をつき、話を続ける。
「それが気づいたらマスターはあんたに決まってて、ミク姉の搬出が決まってたんだ。俺たち二人には何の連絡もなしにね」
「・・・・ええと、つまり?」
歯に何かが引っかかったような言い方に、卓は少しイラついていた。そんな卓に対して、レンは至って冷静に応える。
「要するに、俺達はあんたがミク姉のマスターだってことに納得してないんだよ」
「カイ兄やメイ姉がどうか知らないけど、あたし達はあんたをミク姉のマスターなんて認めないわ!認めん、認めんぞッ!!大切なことなので3回言いました!」
カイ兄とメイ姉はおそらくカイトとメイコのことだろう。
しかし、やはりそうか、と内心で諦めに似た気持ちでため息をつく。話の流れ的にそんな感じかなとは思っていたが、できれば外れて欲しかった。
随分とまた厄介な事態になってるなと思いながら、卓は呆れ気味に首を撫でる。
「だから、決闘しろってことか。自分達が勝ったらミクのマスターをやめろとか、そんなところか?」
「まさか。そんなの無理なのは知ってるよ」
「え?」
肩透かしを食らった気分で卓はアホみたいな顔を晒して驚いていた。
「一度マスターとして登録されると、登録解除にはボーカロイドのデータを全部削除しなくちゃいけないんだ。俺たちだって、そんなことしてまでミク姉をどうこうしようなんて思ってないよ。それにそんなことしたら、烈火のように怒る人がいるしね」
これまた思いもしない事実が発覚した。まさかそんなふうにしてマスターの登録がされているとは夢にも思っていなかった。そういう大切なことはもっと最初の段階で伝えて欲しかった。
しかし、だとすると疑問が残る。
「・・・・じゃあ一体何のために来たって言うんだ?」
彼らの目的は決闘をすること。であれば、そこには必ず勝って得られる彼らにとってのメリットが存在しているはずだ。その中で一番可能性として高かったのは、先ほども言った卓のマスターとしての登録解除だった。そうすることで彼らはミクを再び自分達の元に連れ戻せる。至極当然の考えだと卓は思う。
しかし、彼らはそれが目的ではないらしい。だとすると、彼らにとって勝負をして得られるものとはなんだろうか。
卓の疑問に、レンは静かな面持ちで答える。
「言っただろう?決闘をしにきたんだよ。あんたが俺たちを納得させられるだけの人間なのか、試させて欲しいんだ」
どうやら、彼らにとって卓の力を図ることこそ、最大のメリットらしい。だが、それだけではやはりどうも腑に落ちない気がした。
嘘はおそらく言っていないと思う。ただ、まだ何か目的がある。そう思えてならない。
卓は警戒の色を濃くして、負けずと微かに唇の端を上げて見せる。
「納得できなければ?」
「あんたは終生あたし達の下僕よ!」
「だ、そうだ」
一瞬にして卓の顔が青くなった。多分、この子の言っていることはあながち冗談ではないだろう。これまでの経験が要っている。こいつは本気だと。こんな無茶苦茶なことをいう子だ。そんな奴隷みたいな扱いを受け入れてしまえば、一体どんな仕打ちを受けることか。
しかし、そんな地獄が待っていることに対してより、卓はあることに悩んでいた。
(これって一応、ミクに関係してるん・・・だよな?だったら、一度ミクに話してからの方がいいのだろうか・・・・)
そんなことを思いながら唸っていると、リンが我慢できなくなって握りこぶし片手に腕を振り上げる。
「ああっ!!うじうじ何悩んでるのよ、男なら即決で決めなさいよ!勝負よ勝負?!こんな燃える展開にどうして悩むところがあるの!こちとらあんたに軍手を叩きつけたんだから、あたしらを立てる意味で軽く承諾して見せなさいよ!」
「そうは言ってもなぁ・・・・てかそれ軍手じゃなくて白の手袋な」
「どっちも同じようなモンでしょ!!小さいことを気にするな、減点1!」
「減点ってなんだよ・・・・」
真っ赤な顔をしたリンに卓は渋い顔をして呆れるしかなかった。
そんな中、二人のやり取りを他人事のように聞き流していたレンが玄関の奥へと視線を向けて、固まった。
「どうしましたか卓さん?」
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