「ごめんね。勝手に上がりこんじゃって。」
その声は、ドアの向こうの、玄関のほうから聞こえてきた。
ミクオの声と、その影。
「ちょっと大事な用があったもんで。ホラ、朝のことだよ。この時間帯しか自由に動けないからね。」
朝のこと・・・・・・ミクオが博貴のことで何か言おうとしていた。
そうだ。話を聞いてみたい。
嘘かどうかは、聞いてから考えよう。
それに、ミクオはわたしに嘘をついたことがない。
そして、こんな時間にわざわざ来るってことは、嘘じゃなくて、本当の話かもしれない。
「ホントは、枕元に手紙を添える程度だったんだけど、起きてたなんて好都合だよ。」
「・・・・・・上がってくれ。」
「お邪魔しまーす。」
灯りをつけると、ミクオのみどりの色の髪がまぶしい。
わたしはミクオを玄関からリビングに入れた。
「ここに座って・・・・・・。」
「あ、どうも。」
ミクオはテーブルの椅子に座ると、静かに話を始めた。
「さて、と。まずは博貴さんがどこにいて、どうなったか説明しよう。」
「・・・・・・。」
「博貴さんは、クリプトンの地下深くの極秘のま機密研究所で泊り込みで勤めていたんだ。」
だから、長い間帰ってこないのか・・・・・・。
「その研究所は、文字通り極秘のものを扱っていたり、何かいかがわしいものを研究したりしててね、昨日の今ごろ、何者かが襲撃したんだ。そのときに、重要な研究対象と一緒に、博貴さんがさらわれてね。」
「えっ・・・・・・!」
さらわれた・・・・・・?!
「それで、どうなった?!博貴はどこに行った?!」
わたしはつい大きな声を上げて、ミクオに詰め寄った。
「まぁ落ち着いて。ネルさんが起きてしまうよ。」
「あ・・・・・・。」
そうだった・・・・・・ネルにこんなところを見られるわけにはいかない。
「キミも座ったら?」
ミクオに言われたとおり、わたしも椅子に座った。
「誰が何故そんなことをしたかは後々ちゃんと話すよ。それより、先ず話を進める前に、一つ聞いていいかい。」
「・・・・・・何だ?」
「雑音さん・・・・・・。キミは、再び戦う覚悟はあるかい?」
雑音ぇ・・・・・・雑音?
隣で寝ていたはずの雑音がいない。
雑音の体を抱いていたあたしの腕は、何も無かったかのようにベッドの中に埋もれてる。
どこにいったんだろ・・・・・・リビングに牛乳でも飲みに行ったのかな。
戦う・・・・・・わたしが・・・・・・また・・・・・・。
そのとき、わたしの頭の中に、七ヶ月前、この目に映ったものが見えた。
銃声・・・・・・悲鳴・・・・・・爆発・・・・・・血・・・・・・。
「どう?」
わたし・・・・・・刀・・・・・・人・・・・・・殺し・・・・・・。
いやだ。
もう二度と、戦うことは無いって思ったのに。
もう二度と、人殺しをしなくて済むと思ったのに。
もう二度と、あんな思いはしなくて済むと思ったのに!
わたしは・・・・・・ボーカロイドになったとき、自分に約束したんだ。
今まで殺してしまった人の分と、それよりたくさんの人達を、幸せにするって・・・・・・。
そして、その約束を、ネルと一緒に果たすことが出来た。
それなのに・・・・・・それなの・・・・・・!
「もし、キミが戦うことを拒めば・・・・・・。」
ミクオがわたしの目の前で、ささやくように言った。
「博貴さんは、どうなるか分からない。」
「ッ・・・・・・!」
「この事については、もう既に軍が動き出している。そちらに任せても、多分無理だろうね・・・・・・。」
「無理・・・・・・?どうして・・・・・・?」
「それだけ、敵は巨大な力をもってるって事さ。」
巨大な、力・・・・・・。
「だけど、キミの力なら対抗できる。博貴さんを救い出せる。僕も協力しよう。」
わたしの、力・・・・・・。
博貴を、救える・・・・・・。
「でも・・・・・・そんなこと急に言われても・・・・・・。」
「僕の言うことが信じられないようだね。」
「そんな・・・・・・ことは・・・・・・。」
ミクオはポケットに手を入れると、中から小さなテレビのようなものを取り出して、わたしに見せた。
「これを見て。さっき言った研究所の監視カメラの映像だよ」
そのテレビ画面には、博貴の姿が映っている。
だけど博貴は、誰かに担がれて、連れて行かれそうになっている。
博貴が、さらわれた・・・・・・本当に・・・・・・!
カメラは、嘘をつかない。話は、嘘じゃないんだ・・・・・・!
「ッ・・・・・・!」
「信じてもらえた?」
わたしは、黙ってうなずいた。
「ああ・・・・・・信じる・・・・・・。」
「よし。じゃあ次に、今博貴さんがどこにいるかだけど・・・・・・。」
一階に下りると、リビングに灯りがついてる。
雑音かな・・・・・・こんな夜中に何やってんだろう。
リビングに歩き出したそのとき、雑音の声が聞こえた。
「それで・・・・・・そこに博貴が?」
誰かと話してる・・・・・・しかも、どこかで聞いたような・・・・・・。
こんな夜中に、誰と電話してるんだろう。
「うん。捕らえられている・・・・・・。」
ちょっ・・・・・・嘘でしょ?!
相手の声が聞こえる・・・・・・って事は、そこに・・・・・・。
どうして?!
なんかヤバイ気がする。
あたしは、雑音と、その話し相手に気付かれないように、足音を忍ばせてリビングのドアの近くに来た。
「僕には軍と面識がある。実は、キミが軍を離れて、不要になった装備が保管されててね。すぐにでも取り出せる状態さ。」
「わたしの、装備が?」
「ああ。翼のまでは無いけどね。」
あの声・・・・・・初音ミクオだ!
でも、どうしてここに?
何で雑音と話しているの?
「これで、僕の話すことは一通り話しきった。キミがこの話を信じないなら、僕はこれ以上は言わないけど、信じてくれるのなら、キミの答えを聞かせてくれ。一つしかない答えの中を。」
「・・・・・・。」
何の話なの・・・・・・一体。
話の内容が、よく理解できない。
「・・・・・・どうなの・・・・・・?」
「・・・・・・いきなり・・・・・・。」
「ん?」
「いきなりそんなことを言われても、わたしは、ピアプロにも行かなくちゃいけないし、それに、ネルが・・・・・・。」
「それは、キミがどうにかすることさ。博貴さんのが大事か、それともピアプロやネルさんのほうが大事なのか、キミが決めるんだ。」
「そんな・・・・・・そんなこと・・・・・・。」
ミクオの問い詰めるような声に、雑音の泣き出しそうな声。
今すぐにでもミクオを追い出してやろうかと思った。
でも、話の内容を確かめると、あたしが首を突っ込んでいいことじゃないって気がする。
黙って、最後まで話を聞くことにした。
「少しだけ・・・・・・待って・・・・・・。」
少しの静けさの後に、ポツリと、雑音の声が聞こえた。
「時間は、時間はあとどれくらいある?!」
「躊躇していられる時間は無い・・・・・・ただ、決断を選択する時間ならある。」
「じゃあ、その時間だけ待っていてくれ・・・・・それまでに、ネルや敏弘さんに説明しなくちゃいけない・・・・・・。」
「・・・・・・分かったよ。それくらいの時間はあるからね。ただし。」
ミクオは強く言い放った。
「二日後の今、もう一度ここに来る。それ以上は待てないから、それまでに、身の回りの整理をしておいてね。万が一にも、キミは無事に帰ってこれないかも知れないから。」
無事に・・・・・・帰ってこれない・・・・・・?
「大丈夫だ。」
「そう。じゃあ、問題ないね。ああ、そうだ。君を一度ある場所につれていかなくちゃならない。」
「ある場所?」
「装備が必要でしょ?」
「・・・・・・ああ。」
「そこで、更に詳しい話をするよ。それじゃ、二日後に、ここで。君を迎えに来るよ。」
「・・・・・・分かった。」
ミクオが椅子から立ち上がって、移動する音が聞こえた。
「それじゃあ、お邪魔しましたー。」
ヤバイ。ミクオが帰ったら、雑音がこっちに来ちゃう。
あたしは来たときのように、足音を立てずに、静かにリビングから離れ、階段を上っていった。
そして、雑音が戻ってくる前に、完全にベッドに入った。
なんだったんだろう・・・・・・あの話・・・・・・。
博貴さんがどうのこうのとか、躊躇している時間は無いとか・・・・・・。
あたしには分からなかった。
けど、一つだけ分かったことがある。
雑音が、どこかに行ってしまう。
それも、危険なところへ。
ミクオの言った事だけど、その言葉に嘘は感じられなかった。
真面目な、本当の話みたいだ。
いやだ・・・・・・雑音がいなくなってしまうなんて。
少しだけでも、離れている時間が寂しいのに・・・・・・。
雑音がどこに何をしにいくのか、聞いてみたいという気持ちはあるけど、
やっぱり、あたしが首を突っ込んでいいことじゃないんだ・・・・・・。
でも・・・・・・。
悩んでいる内に、雑音が部屋に戻って、ベッドに入ってきた。
あたしは、寝ぼけたフリをして、また雑音の体を抱きしめた。
温かい・・・・・・柔らかい・・・・・・。
もう離したくない・・・・・・。
どこにも・・・・・・行かないでよ・・・・・・・。
ずっと傍にいてよ・・・・・・ねぇ・・・・・・雑音ぇ・・・・・・。
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