気が付くと、私は公園へと来ていた。
50年後の墨田区は、やはり私には全く分からない未来都市。
けれど十分に注意をすれば、墨田区の多少の面影は観察できた。
この公園に連れてこられる前に色んなものを見て、その度に不思議がいっぱいで、私自身、幼少時代の自分に戻ったようだった。
例えば、つい20分前の事。
―――――……
「ねぇ、あの大きな建物は何?」
ユキに手をひかれながら、私は街中を歩いていた。
「んー?」
「ほら、あのでっかいの」
ふと向こう、遠くを見たら、針のように先がとがった塔の様な建物が見えたので、ふとそれを指差してみる。
周りのどんな高層ビルよりずば抜けて高く建っていた。
「あぁ、あれはスカイツリーって言うの!」
「す、スカイツリー?」
「そう!この街のシンボルだよ、すごいでしょ!」
スカイツリーって、あの?東京スカイツリー?
そう言われればそんな気がしなくもないが、どこかに違和感を覚える。
立派に建てられた建物に、どこかしら疑問を抱いた。
「ねぇ、スカイツリーってあんな高かったっけ?」
「え?どうして?普通だと思うけど」
「いや……なんていうか、妙に高いなーって」
「ううん、あれが普通だよ?……あ、でも」
ユキは何か思いついたように、ポンと手をたたく。
「お婆ちゃんのころは、まだあんなに高くなかったって聞いたけど。昔は634メートルだったんだって」
少女は興味なさげにボソリと言う。
「む、昔は?」
「うん。最近はね、また工事してるの。電波が届かないとかなんとかで。ついこの間に800メートル越したらしいよ」
「は、は、800メートル!?」
どんだけ高さを伸ばしているんだ。でもあんなに細く伸ばしちゃって、先端の方ぽきって折れないのか?
なんて下らない事を考えてみる。我ながら馬鹿馬鹿しいなあ。
「別に驚く事でもないよー。それより公園いこーよぉ」
私が路上で立ち止まってしまっていたので、ユキの表情がだんだん不満に変わりつつあった。
「あ、ゴメン」
「早く行くよ!のろのろ歩いてると、日が暮れちゃうよ。ここからは走るからね!」
すっと、ユキは私の手を離した。それから、酸素を吸って深呼吸する。
「ついてこないと置いてけぼりだからね!」
「えっ、ちょ……」
言い終わらぬうちにユキはクラウチングスタートの体勢になる。まるでスポーツ選手のようだった。
「よーい……」
スタート!と言った次の瞬間には、ユキとの距離はもう2、3メートル開いていた。
歩道を歩く大人たちを上手くくぐりぬけて、ユキは都会の街を突風のように走りぬけて行く。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
私も足を速める。
こんな所で迷子になったらかなわない。
一人でふらふら歩いていたら、またあの警官につかまるかもしれない。そんなのは絶対にゴメンだ。
でも、子供っていうのは何であんなに元気がいいんだろう。というか、ユキは本当に子供なんだろうか。
スピードがオリンピックの陸上選手並みなんですけど。
それに対して私といえば、昔から運動音痴。10秒全力で走ったって、50メートルにも届きやしない。
おまけに息は切れて酸欠にはなるし、最悪、そのまま気絶して倒れてしまった事もあるのに。
それは随分と昔の事で、今はもうそこまでひどくはないけれど、やっぱり運動は嫌いだ。
死に物狂いで息を切らしながら私はユキの後を追う。途中見失いそうになった時もあったけれど、なんとかついていった。
10分くらい走って、ユキはある場所で立ち止まった。
その場所が、今いる公園というわけだ。時計を見ると丁度1時半。
―――……。
私がベンチに倒れ込んで酸素の補給をしていると、ユキが私に微笑みかけた。
走ってきたばかりだというのに息がほとんど切れていない。もしかして化物かコイツ。
「ね、お婆ちゃん」
「なに?……っていうか、そのお婆ちゃんって呼ぶのやめてくれないかな。なんか不自然だよ。確かに君から見たら、私はお婆ちゃんになるのかもしれないけど……」
「そう?じゃあ何て呼べばいいの?」
「グミでいいよ。私もあなたの事はユキって呼ぶから」
ユキはううんとうなっていたが、やがて「うん!」と叫んだ。
冷たい灰色の空に、声が響き渡る。
「じゃあグミ姉ちゃんって呼ぶね!」
お姉ちゃん……一人っ子だというわけでもないけれど、慣れない響き。少しくすぐったい。
弟は「お姉ちゃん」じゃなくて「姉貴」って呼ぶからなぁ。
「グミ姉ちゃん、のど渇かない?あそこに自販機があるの」
「え、でもお金は」
「大丈夫!ちゃんとあるから!ほら」
ポケットから取り出した、かわいらしい小銭入れ。
戦国武将の兜をかぶった、ネコの様なキャラ。
ちょうど兜の頭部分がガマ口になっていて、そこからお金を取り出せるようになっている。
ユキはそこから240円を取り出すと、自販機の方へと走って行った。
私はそれを見送ると、ベンチに寝たまま目を閉じた。数秒して目を開けてみる。
曇った空が目の前に、眩しく映り込んでくる。度々思うけれど、やはり灰色をした冷たい空。
いや、曇っているというよりは霞んでいるのか?
空の向こうの方はどこかぼやけた、蜃気楼みたいな感じなのが分かる。
なんであんなに霞んでるんだ。
私がこの世界に飛んできて、それがまず初めに感じた違和感だった。
それに、今は夏のはずなのに全く暑くない。やっぱり曇りだから?
逆に気温は冷たいくらいで、本当なら何か羽織ってもいいくらいだと思う。
今走ってきた私には、それも必要ないけれど。
少しすると、ユキが帰ってくる。冷えたアルミ缶を二つ持って。
私は起き上がって缶の一つを受け取る
「はい、グミ姉ちゃん!」
「ありがと。……って、何これ?」
「『ハレープソーダ』だよ。知ってる?」
「は、はれーぷ?」
缶の表面を見てみると、確かにハレープソーダと表示されている。
デフォルトされた、流れ星のようなマークがプリントされていた。
「普通のグレープジュースに、炭酸混ぜただけのものだよ。その流れ星の絵はハレー彗星を表してるの。で、『ハレー』と『グレープ』をかけて、『ハレープ』」
「なるほど……。でもなんでハレー彗星?」
「うん、近々ね――」
ユキは小さい手で器用に缶を開けて、それを少しあおってから言った。
「ハレー彗星が地球を通り過ぎるんだって。ニュースでも結構騒がれてるよ。『75年に一度の奇跡だー』とかって。しかも最近はそこらじゅうでお祭り騒ぎだよ。商品に何でもハレー彗星のネタを取り込めば売れると思ってるから。ほら、このジュースだって」
「な、なるほど。よく知ってるんだね」
「知ってるも何も、普通に町中を歩いてれば分かるよー」
「は、はぁ……」
一瞬、ユキが自分よりも大人に見えた。乾いた意見をただ平坦に言う所は、まさに自分より大人だった。
ニュースでも見すぎたし、さすがに飽きたよ。と、ユキは付け足した。
「近々と言っても、今夜なんだけど――通り過ぎるんだって。『2061年、7月25日、推定午後8時』」
時間まで記憶してるし。
ニュースなどで繰り返し聞かされているうちに、聞き慣れてしまったのだろうか。
「へ、へぇ……」
思わずため息をついてしまった。
ユキはやけに大人っぽい。もしかして私が無知な子供なだけなのか。
「彗星なんてどうでもいいじゃん。さ、それ早く飲んで遊ぼ!」
「う、うん」
ユキは無邪気な笑顔を見せて笑った。
それに私も思わず返事してしまったが、大丈夫か?エネルギーの底しれないユキに付き合っていたら、私の方が先にへばってしまう。
せめて体力を使う遊びじゃありませんように。
「何をやるの?」
「鬼ごっこ!」
「……」
あの、私の予想はどうしてこうも裏切られるのかな。
「か、かくれんぼとかは?」
「いや、絶対鬼ごっこ!」
「はは……そうですか」
私は苦笑いするしかなかった。頑として決意を固めてしまったようだ。
でも元気な子供には鬼ごっこが一番お似合いか。
私はそう思いながら溜息をついた。
1時間後――。
「タッチ~!はい次お姉ちゃんね、オニ。30秒数えて」
「ちょ、もう無理……」
「何言ってんの、こんなのまだまだウォーミングアップだよ」
キラキラとした汗と笑顔を見せながら、ユキはこちらを見て笑う。
冗談じゃない。こんなちっちゃな身体のどこに元気を蓄えてるんだ。
反面、私の体力はもう底を突こうとしている。
もう一時間経つ頃には、私は完全にベンチにへばっていた。
完全にバッテリーが切れた。今日一日はもう動けないかと思うほどに。
「ねぇ、グミ姉ちゃん~」
不機嫌な表情で私を見るのは、私がこうやってベンチに寝っ転がっているからだ。
一方ユキの方は二時間前と劣らず、エネルギーを保っているように見える。
いや、あり得ないでしょ、こんなに運動してもクタクタにならないとか。
さすがに私より体力がある人はいっぱいいるけど、それでもユキと関わっていたらもう、今頃はベンチにへばるのが当然だと思う。
「もっと遊ぼうよ。まだ3時半だよ?」
「もう3時半?じゃあそろそろ帰らなきゃ。4時までに帰って来いって言われてるんじゃないの?」
「お家はここから10分で帰れるよ。全力で走れば」
全力で走れば……ね。もう私には全力疾走出来る程の体力は持ち合わせていませんよユキさん。
それに私の意識は途切れつつあった。というのは言い過ぎかもしれないが、やはり疲労がたまって視界がかすんできたような気さえする。
その時、ユキのポケットから、何やら音が鳴った。何かしらの機械音だ。
ユキは音の発信源を取り出すと、「お父さんからだ」と呟きながら、通話ボタンを押す。
取り出したのは携帯電話だった。
通話ボタンを押し、それを耳にあてる。
「もしもし。何?……え?なんで?」
ユキの表情が、変わった。何やら不信感と不安感を抱いたような、そんな感じの表情。
「……え?!」
会話を進めるにつれてユキの表情はどんどん冷めていき、どんどん蒼くなっていた。
顔色が急激に変化して言ったので、少し不安になる。
一体どんな会話をしているんだろう。
「あ、うん……わかった。じゃ、じゃあね」
しばらくして携帯を切ると、困惑したような眼でこちらを見る。
「どうしたの?」
「お、お婆ちゃんが……」
「お婆ちゃん?ってつまり……この時代の――、50年後の私?」
ユキはコクリと頷いたが半ば不安状態に陥り、ただただ、どうしようと慌てふためいている。
瞳には涙もにじんできた。
「どうしよう……お婆ちゃんが」
「落ち着いて、ユキ?お父さんに、なんて言われたの?私が、どうしたの?」
私は起き上がって、ユキの目を真剣に見つめて言う。
しかしなお質問しても、答える余裕はないらしく、少しパニックに陥っているように見える。
さっきの元気さはもうどこかに行ってしまったようだった。つい、1、2分前の事だったのに。
「お婆ちゃんが……」
その言葉の続きを聞いた瞬間には、私も混乱に陥ってしまいそうだった。
何かの聞き間違いだと思った。
「お婆ちゃんが、死んじゃうよ……」
(To be continued……第三話に続く )
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