1969年。
「そう遠くない過去の話でしょ? でもそうね、あなたには歴史的に遠すぎる過去かもしれないわね」
母親の姉が乾いた笑みを浮かべながら言った。
学生運動が盛んだった1月、母親の姉が当時付き合っていた男が逮捕された。
「そんなに珍しいことじゃないわ。だってあの現場にいた殆どの学生は逮捕されたのよ。
確か600人以上。逆に逮捕されなかった方が珍しいわ」
ビートルズがアップル社の屋上で実質的に最後のライブを行った日に彼は釈放された。
出所後、彼は大学を退学し新聞関係の仕事に就いた。
しかし理想と現実のギャップは彼の想像していた以上に酷く、徐々に内気な性格に変わっていった。
「きっと私がいけなかったのよ。彼の変わった言動をちゃんと見つけてあげられなかったの」
母親の姉はマルボロ・メンソールに火を点け一度だけ煙を吹かすとそのまますぐに灰皿の淵に置いた。
心配になった母親の姉は彼を病院に連れて行き診断を受けた。
初めは軽いうつ病と言われたが、その日を境に彼のうつは日に日に酷くなっていった。
アポロ11号が人類初の月面着陸に成功した日から4日後、彼はロボトミー治療を受けた。
「本人には何の手術か教えなかったの。だって彼ならきっと反対してたもの。
でもね、あの時はそうするしか方法がなかったの。あなたのお母さんにも暴力を振ったのよ」
ウッドストック・フェスティバルが開催されている頃、事件が起こった。
「手術自体は成功だったわ。後遺症もなかったし、彼の性格も一時期に比べ安定していたし…
でもね、二人で夕日を見てたいたの。別に特別な場所からじゃなく、当時住んでいたアパートのベランダでね。
彼は表情を変えないでただ夕日を眺めていたの。でも泣いていたの。表情が死んだまま一筋の涙が頬を伝って零れていたの。
きっと感情も死んでいたんだと思うわ。夕日を見ても綺麗だと思わえなくなった。
”ただ夕日が沈んでいる”程度の事しか理解できなかったの。
それを不意に本人も気付いちゃったみたいなの」
それから2日後に彼はそのアパートから黙って出て行った。
それ以来、母親の姉はその彼を一度も見ていない。
「正直に言えばね、翌年の春に彼は自殺したの。私は人伝に知ったわ。でもあなたのお母さんには教えていなかったの。
それで何年かして、彼が自殺した同じ時季に現場に行ってみたの。そしたら辺り一面が黄色い菜の花でいっぱいだったわ。
でも彼はそんな菜の花畑の光景さえ綺麗だと思えなかったのよね」
母親の姉は灰皿からマルボロを取り一口だけ吸うと灰皿の中央でマルボロをもみ消した。
僕は彼の感受性の欠落について考えてみた。そして何故、僕のお母さんの通夜でそんな話をしたのか考えてみた。
しかし答えなど出てこなかった。始めたら答えなど無いのかもしれない。
「私が彼を殺したようなものよね」
Ace Kileer '69 ~ショート・ストーリー~
コメント0
関連動画0
ブクマつながり
もっと見るテレビを眺めるように見ていた。
テレビは今日起こった主な出来事を教えてくれている。
しかし僕の身の周りで起こった出来事は何一つ教えてくれない。
それはそうだ。今日は僕の身の周りで起こった出来事などテレビで知らせるほどではない。
それは幸せなこと。本当にそうだろうか?
そもそも今テレビが教えている内容...チイサナセカイ (ショート・ストーリー)

AsakiNo9 【0-9】
Aメロ
「後悔したくないと考えてしまううちはまだ子供なんだよ」
そんな言葉残して僕らのお父さんはこの世から出て行った
Bメロ
君が来世だったらどう思うかな? 魂の場所探すかな?
時代のせいにしてると「ドウジョウシマス チュウイシテ クダサイ」
サビ
楽園に行きたいな そんな妄想に逃...楽園に対する定義とその副作用について

AsakiNo9 【0-9】
高校の卒業式を控えた3日前にタカシの死を担任から知らされた。
高校2年のときだった。古文の授業を受けていた時に、
私の2つ後ろの席に座っていたタカシが何の前触れもなく倒れた。
全身を激しく痙攣させ、口からは白い泡を吐いていた。
その日以来、タカシが学校に来ることはなかった。
今思えば、それが私が最後...忘却心中 ~ショート・ストーリー~

AsakiNo9 【0-9】
<少年Aの証言>
人が生まれ変わるとして
僕は今まで何回くらい死んだのかな?
そもそも僕は僕で居続けられたのかな?
ある時は貧しい国で生まれ幼いまま死んだり、
ある時は激しい戦争の最中で志半ばで死んだり、
顔や性格や時代や生まれ育った国だとか、様々な違いはあるだろうけど。
どれだけ愛し合ったのかな?...美しき代謝 -ショートストーリー-

AsakiNo9 【0-9】
3.11 僕は何をしていたのだろう? そして何をしただろうか?
もう1年と8ヶ月が経つけど、あの日から多くの被災者はまだあの日に取り残されている。
まだ行方不明の息子、その便りを待つ続ける母親。
数キロ離れた遠くの街では何事もなかったように忙しい風景が流れている。
当たり前だよ。日本全体が立ち止まれ...「生命の賛歌」~ショート・ストーリー~

AsakiNo9 【0-9】
グロテスクな太陽と僕との距離感が未だに上手く取れないんだ。
それの何が悪いのかと尋ねられると上手く答えられない。
ただ僕の心は宇宙で最も暗い夜明け前で時間を停止させられている。
手を伸ばせば自分の手さえも見えない暗闇に。
もはや瞬きしているのかさえ分からない暗闇に。
前も後ろも、昨日も明日も分からな...バラ色の夜明け~ショート・スト-リー~

AsakiNo9 【0-9】
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想