第九章 02
男と焔姫が、真夜中の街を走る。
民家の屋上を次々と渡り、二人はただ遠くを目指す。
やがて近衛の気配が感じられなくなったのを確認して、二人は建物の上から路地へと飛び降りた。
「……くっ」
「メイコ!」
飛び降りた拍子に肩を押さえる焔姫に、男も立ち止まって心配そうに彼女を見る。
飛び降りた衝撃で、ふさぎかけた傷口がまた開きかけているのだろう。
「……大丈夫じゃ。大事ない」
「しかし……」
言いかける男の口を、焔姫は鋭い視線だけで閉じさせる。だが、その表情からは怪我の痛みがありありと伝わってきていた。
男はあたりを見回す。
「近衛は……いないか」
ほっと息をつくと、男はまだ苦しそうな焔姫を抱えあげる。
「カ……カイト」
「しっかりつかまっていてくれ」
うろたえる焔姫に、男は短く告げる。
「余は……ちゃんと走れる」
「無理をするな」
「じゃが……」
男が見ると、焔姫はこんな時にもかかわらず、恥ずかしそうにしていた。
「メイコが起き上がれなかった間は、こうやって運んでいたんだ。今さら恥ずかしがる事もないだろう」
「それは……そうじゃが」
「とりあえずは、アンワル殿と合流せねば。この様子では他の家も……危ない」
焔姫は抗う事をあきらめた様子で、男に負担をかけないよう腕を回してしっかりと抱きつく。
それから男が巡回する近衛を避けながら街中を移動していると、ほどなく元近衛隊長と合流した。
「カイト殿! 姫も……無事でしたか」
元近衛隊長はほっとしたように息をつく。彼は誰も連れておらず、一人だった。
男は焔姫をおろし、地面に立たせる。
「アンワル殿……。他の者は、おそらく捕まりました」
「そのようですね……。他の拠点も、同様に襲撃を受けたようです」
「なんじゃと?」
元近衛隊長の言葉に、焔姫は表情を険しくする。
「まだ正確には分かっていませんが、二十人近くの者たちが捕まりました」
「そんなに捕まってしまったのですか……」
男と元近衛隊長は、自然と焔姫を見る。
焔姫の顔には、決意が見て取れた。
「……作戦を中止にはせぬ。これ以上時間を費やしても、仲間がさらに捕まり、民が死に絶えていくだけじゃ。今ここでどれだけ戦力が衰えたとしても、これから戦力を増強する事など叶わぬのだからな」
「仰せの通りに」
「……承知しました。では、私は伝令として残った者たちに伝えてまいります」
元近衛隊長の言葉に、焔姫はうなずく。
「ああ。……たのんだぞ」
元近衛隊長は一礼すると、ちらりと男を見て歯を食いしばる。男がその仕草に疑問を浮かべている間に、元近衛隊長はその場から去っていってしまった。
「……」
自分が何かしただろうか。
だが、一体何を?
「……密告者がおるのやもしれんな」
男の疑問は、そんな焔姫の言葉にかき消される。
「密告……私たちを裏切っている者がいる、と?」
焔姫は首を振る。
「……分からぬよ。そうかもしれぬし、そうではないかもしれぬ。明確な答えなど出せぬ」
「しかし……仮にいたとしても、何のために? この街の現状で構わないと思っている者など、私たちの中にいるはずが――」
「それはそうかもしれん。じゃが、そんなものは家族を人質にしてみせたり、王宮での暮らしを保証してみせたり……。方法など、考えればどうとでもなるものじゃ」
「……」
「まぁ……今考えてもどうにもならぬ。それより……カイト」
「何だ?」
「なれは……逃げてよいのじゃぞ」
焔姫の瞳には、悲愴があふれていた。
焔姫は覚悟しているのだ。
戦力が致命的に減ってしまった今、この戦いは絶望的なものになると。自らの死をも覚悟せねば、この戦いにおもむく事すら出来ない。
「……戦や闘いは苦手であろう。余の亡き後、歌い語り継ぐ者がいてくれた方が心強いしの」
焔姫の声音には、優しさがにじみ出ていた。男の身を危ぶむがゆえの、あまりにも悲しい優しさが。
男の答えは決まっていた。
「断る」
「……死にたいのか」
焔姫もまた、おそらくは男の返答が分かっていただろう。それでも彼女は、男をにらみつけて抗議の意志を示す。
しかし、対する男の視線もまた、強い決意に満ちていた。
「国王と焔姫が凶刃に倒れたあの日、私が倒れた貴女に駆けよった時、私は国王と目が合ったんだ。国王は声には出さなかったが、私に『頼んだぞ』とおっしゃった。だから、私は焔姫のそばにいるよ」
「ずっと……余のそばに……?」
焔姫は驚いたように聞き返した。
「ああ。だから、貴女がこの国を救うまでは、私の旅もおあずけだな」
そう言って笑ってみせる、どこまでもいつも通りの男に、焔姫は肩を落とした。
「国を救うまで……なのじゃな」
「……? どうしたんだ?」
なぜ焔姫が落胆しているのか分からない、といった様子できょとんとする男に、焔姫はため息をついてしまう。
「……何でもない。期待などした余が愚かじゃったわ」
「……?」
男を見る焔姫は、腰に手を当てて悲しそうにしていた。
「好きにせい。なれの頑固さも……筋金入りじゃの」
「分かり……ました」
焔姫の態度に、男も思わず敬語で答えてしまう。
「素直に言えぬ余も愚かなのであろうが……。カイト。なれの察しの悪さも大概じゃな」
やれやれ、と不機嫌極まりない声音でそう愚痴をこぼす焔姫に、それでも男は意味が分からず首をかしげた。
コメント0
関連動画0
オススメ作品
満月の夜 誓う 絆 輝く光り 5色色の虹が巡り合った
事は軌跡で 運命なんだよ きっと
そら あか
星屑ある天 誓った 証し 輝く灯り 5色色が巡り
合えたのは 軌跡なんだ 運命なんだ 絶対
(ザビ)
綺麗な月と綺麗な星 合わさったら 絶対に凄い力になる
からさ ずっと...五つの軌跡
01
君色ワンダーランド 【歌詞】
A 真っ白な世界を何色で彩る?
何も無い空疎な世界を
真っ白な世界を何色で彩る?
誰も居ない孤独な世界を
B 自信なんて無くて構わない
まわり道してもいい
創るんだ 君だけの色で出来た世界を
S 塗り続けて出来た世界こそ君の描く未来だろう?
外(...君色ワンダーランド 【歌詞】
衣泉
彼女たちは物語を作る。その【エンドロール】が褪せるまで、永遠に。
暗闇に響くカーテンコール。
やむことのない、観客達の喝采。
それらの音を、もっともっと響かせてほしいと願う。それこそ、永遠に。
しかし、それは永久に続くことはなく、開演ブザーが鳴り響く。
幕が上がると同時に、観客達の【目】は彼女たちに...Crazy ∞ nighT【自己解釈】
ゆるりー
【頭】
あぁ。
【サビ】
哀れみで私を見ないで
(探したい恋は見つからないから)
振られる度に見つけて
いまは見えないあなた
【A1】
儚い意識は崩れる
私と言うものがありながら...【♪修】スレ違い、あなた。
つち(fullmoon)
*3/27 名古屋ボカストにて頒布する小説合同誌のサンプルです
*前のバージョン(ver.) クリックで続きます
1. 陽葵ちず 幸せだけが在る夜に
2.ゆるりー 君に捧ぐワンシーンを
3.茶猫 秘密のおやつは蜜の味
4.すぅ スイ...【カイメイ中心合同誌】36枚目の楽譜に階名を【サンプル】
ayumin
雨のち晴れ ときどき くもり
雨音パラパラ 弾けたら
青空にお願い 目を開けたら幻
涙流す日も 笑う日も
気分屋の心 繋いでる
追いかけっこしても 届かない幻
ペパーミント レインボウ
あの声を聴けば 浮かんでくるよ
ペパーミント レインボウ
今日もあなたが 見せてくれる...Peppermint Rainbow/清水藍 with みくばんP(歌詞)
CBCラジオ『RADIO MIKU』
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想