※諸注意
何年も前に書いたテキストの続編です。
まずは前作をお読みいただくことを推奨します。
こちらhttp://piapro.jp/antiqu1927の投稿作品テキストより。
・カイト×マスター(女性)
・妄想による世界観
・オリキャラ満載
・カイトは『アプリケーションソフト・VOCALOID・KAITO』の販促用に開発されたキャンペーン・イメージロイド(?)機械的な扱い、表現を含む
・女性マスターの一人称が『オレ』
恐らくツッコミ処満載ですが、エンターテーメントとして軽く流して楽しんで頂けると幸いです
上記が許せる方は、自己責任で本編へどうぞ
☆☆☆☆☆☆☆
彼女が正式に俺の『マスター』になって数か月後。
まさかこんなことになるなんて…。
〈シャングリラ第二章・一話~始動~〉
SIED・KAITO
午前中の柔らかな日の光が溢れる、中庭に面したガラス張りの通路。そこを歩く俺の、隣に寄り添う女性。
甘いココアのような色の長い髪を揺らし、小柄で華奢な身体をシンプルな白いワンピースに包んだその姿は、周囲に清楚な印象を与える。
少しうつむき加減に歩く様子は儚げで、履いているヒールの音も控えめだ。
「あの、マスター…」
そんな主の姿に耐え切れず、思わず呼んでしまってから、かける言葉を探す。
「…ええと、あの、」
「なぁに?どうしたの、カイト?」
琥珀に輝く瞳が、眼鏡越しに俺を映し、その薄紅の差す唇から響く、澄んでよく通った声で名を呼ばれると。
もう、我慢できなくなった。
「痛々しすぎて、見ていられません、」
嗚呼、今目の前にいるこの人は、本当に俺のマスターなのだろうか。
絞り出した俺の声に、柔和だった彼女の笑顔が一瞬で凍りつく。
次の瞬間返ってきたのは…。
「うるせぇ、オレかて今にも吐きそうだッ!」
ドスの効いた低い囁きと、ねめつけるような鋭い視線。
あ、よかった。俺のいつものマスターだ。
「あぁぁぁぁぁもおぉぉぉぉぉ‼やってられっか、ふざけんなッ‼」
とある広大な工学研究施設の16F、居住区域。
漸く辿りついた自室のドアを開けるなり、どかどかと荒い足取りで浴室に向かうマスター。その間にも、廊下の途中で既にワンピースを脱ぎ捨てている。まだキャミソールが残っているとはいえ、突如目に飛び込んできた白い肌に、俺のほうが慌ててしまう。あ、パンツはピンクか。
「ちょ、マスター⁉こんなところで脱がないでください、目のやり場に困ります、」
…とか言いながらも、ついチラチラと見てしまうのだけれど。
「別に、見たけりゃ見ればいいさ。存分にな!」
「いいから早くシャワー浴びてきてください!」
ふん、と胸をそらし、わざわざその場でキャミソールまでまくり上げる彼女を、半ば強制的に浴室へ押し込めた。
はぁ…無駄に漢前なんだから。まぁ、そんなところも大好きですけど。
俺のマスターの名は木崎篠武。年齢は二十代前半のれっきとした女性だ。が、家庭の事情というか、深い理由あって生まれた時から十代半ばまでを男として育てられたせいか、言動・行動が男性的。普段は下着から何からメンズ物を着こなし、女性物は一切受け付けない。これまで化粧もしなければヒールも履いたこともなく、女性らしい柄物の雑貨やアクセサリー類も持っていない徹底ぶりだ。
でも。
『アプリケーションソフト・VOCALOID・KAITO』の販促用キャンペーン・イメージロイドとして働いている俺の勤め先に『マスター』である彼女が付き添うときは、完全な『女性』でなくてはいけない。
それは、俺の勤め先の会社と彼女との深い因縁がある話なので、詳しくは前作参照のうえ割愛。
とにかく、俺のマスターが過去男として生きていた事実は、よっぽどの身内以外にはひた隠しにされているのだ。
「あー、さっぱりした。なぁカイト、オレ香水の匂いちゃんととれてる?」
「(スンスン)大丈夫です、いつものシャンプーの匂いがします」
がしがしとタオルで髪を拭きながら、シャツと短パン姿で浴室から出てきたマスターの匂いは、いつもの薬用シャンプーの香り。
先ほどまでの甘い香水と慣れない化粧の匂いは、もう完全に消えていた。
「はー、疲れた。今日は先方に挨拶だけで終わったからいいけど、本格的に活動始まったら…オレ死ぬかも」
「…すみません、俺の為に」
たった二時間程度の外出で、ぐったりとソファに身を投げ出す彼女の負担を考えると、心底申し訳ない気持ちになる。
俺があなたを『マスター』に望まなければ、こんな煩わしい思いをさせることもなかったのに…。
でも、どうしても、俺にはあなたが必要だった。あなたじゃなければ駄目なんだ。
「お前が謝るな、カイトのせいじゃない。…オレの根性が足りないだけなんだからなー、」
「でも…、」
「いいから、これはオレの我儘なの。…大丈夫、『女装』くらい乗り越えられる!…多分、きっと、いや恐らく、」
「女装って…」
大事なことなので繰り返すが、マスターはれっきとした女性だ。
「ほら、午後はみっちりレッスンだし、とりあえず昼飯にするぞ、」
そう言って勢いよく立ち上がり、伸びをする彼女の表情は、もうすっかりリラックスして明るいものになっている。
無理をしている部分もあるかも知れないけど、こういうさっぱりと切り替えられるところに、彼女の強さの片鱗を感じた。
「あの、お昼は何が食べたいですか?
「んー、うどん!」
「わかりました、すぐ用意しますね、」
「あっ、待て待てオレも手伝うから、」
キッチンに向かう俺の後を、マスターが慌てて追いかけてくる。本当は手伝って貰わなくても、すぐできるのだが。
少しでも一緒にいたい俺は、あえて何も言わない。
マスター、俺も精一杯頑張りますね、あなたにふさわしくあるように。
鍋を出すマスターの横顔を見ながら、俺はこの後に待つ午後のレッスンに思いを馳せた。
第二話へ続く
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