「先生、わたし、死ぬの?」
いつもと変わらない朝の検診、つぶやくように彼女は言った。
「あぁ。遅くても五日後には」
本当は持って三日、嘘をつくつもりはなかったのに、口は勝手なことをしゃべっていた。
彼女は何も言わず、ただ、病室の白い壁を見つめている。
「死ぬのが怖いかい?」
聞くと、
ややあって、彼女はわからないと言った。
「死んでみたこと、ないから。
……でも、やっと楽になれる、とは思うかな」
「そうかい」
僕は肩をすくめてみせた。
けれど彼女は相変わらず壁を見つめ続けていて、気付いた様子はなかった。
「ねぇ先生」
彼女は微笑む。
「今までわがまま聞いてくれて、ありがとね」
それは、
生きている実感が欲しいと言った、彼女の望むものを与え続けたこの一年のことだろう。
彼女を愛しいと思ったことはなかった。
それでもいいと言った彼女は、満足したのだろうか。
僕は、くすりと笑う。
「まるでこれから死ぬ人みたいなことを言うね」
そんな、笑えない意地悪を聞いて、
「……そうね」
彼女は微笑んだのだった。
三日後、彼女は死んだ。
悲しいとは思わなかった。むしろ、安堵したぐらいだ。
誰もいなくなった病室に意味もなく足を運んだのは、彼女の葬式が行われている日の昼。
ぼうっと座っているとベッドの下に紙が落ちているのに気が付いた。
拾いあげて見ると、そこには彼女の字が染みていた。
「早く楽になりたい。
健康に生まれてきたかった。
こんな苦しみ、いらない。
だけどわたしは、
生きていたい」
健康になりたいなんて、
生きていたいなんて、
一度も口にしなかった。
いつ死ぬの?
わたし、誰も恨んでないよ?
そんな風に力無く笑う彼女しか、僕は知らなかった。
きっと、言いたくなかったのだろう。
口にするだけ、虚しいから。
それでも諦めきれなかった。
だから、誰にも言わず、ただ書いたのだろう。
僕は泣いた。
声を上げずに、静かに。
悲しいからじゃない。
情が移ったわけでも、ましてや自分のためでもない。
ただ、
一度も僕の前で泣いたことのない彼女の変わりに、
僕が泣いてあげたのだ。
健康に生まれられなかった悔しさを、
生きることのできない苦しさを。
それは本当に愛でもなく、悲しみでもない。
消えてしまった彼女の残り香が、僕に変わりに泣かせただけだ。
死んでしまった人にできることなんて何もない。
だから、僕は祈った。
どうか彼女が生まれ変われたなら、
次は健康な体になれますように。
べつに、
虫でもいいからさ。
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「お気持ちゲロって節操ないですね?(笑)」
その目を見開いて
“それ”はじっと見ている
こちらをじっと見ている 針を突き刺すように
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瀬名航
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