!!!Attention!!!
この話は主にカイトとマスターの話になると思います。
マスターやその他ちょこちょこ出てくる人物はオリジナルになると思いますので、
オリジナル苦手な方、また、実体化カイト嫌いな方はブラウザバック推奨。
バッチ来ーい!の方はスクロールプリーズ。
足を踏み出すたびに振動が筐体におさまっている全てを激しく揺さぶる。不具合を及ぼしかねない衝撃はほとんど吸収されて消えているはずなのだが、まるでその機能が死んでしまったのではないかと思うほどだ。もしかすると、揺れているように感じられるのは筐体ではないのかもしれない。例えば・・・『心』とか『気持ち』とか、形のないものが。もちろん、そんなことあるわけがない。そんなこと、あるわけが・・・。
「カイトさん、頑張って・・・! お願い、二人が心配なのっ」
考えを中断し、耳元で聞こえてきた声に軽く頷く。俺のことを気遣っているのも確かなのだろうし、後ろ姿しか見えない二人が心配なのも確かだろう。
この人は素直すぎる。そして、嫌いな人間を作らない人だ。だから、できるだけ全てを好きでいようとする。だが、そのせいで今までどれだけ傷ついてきただろうか。この世界でそんな生き方をすれば、傷だらけになるに決まっている。ああ、でも・・・全員好きな部類に入ってしまう・・・故に、『好き』以上への反応がわかりやすいのかもしれない。例えば隆司さんとか、あの男とか・・・。
強がりで、寂しがりで、人の痛みに敏感で、何でも背負いがちで。でもだからこそ、俺はそんなマスターを護りたいと思ったのだろう。筐体がバラバラになっても、回路が切れてしまっても、この人のために何かしてあげたいと思うのだろう。
全速力で走っているはずだが、前を走る二人にはまだ追いつけない。最大出力で動かしているから徐々には縮まっている、と思いたいが・・・二人のスピードは俺の比ではない気がする。
その時、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。クーさんたちが呼んでくれたからだろう。それにしては遅い気もするが、他に何か事件でもあったのなら・・・それも仕方ないか。
「・・・・の」
ふと耳元で微かに聞こえた言葉に、「え?」と聞き返す。
マスターはきゅっと、俺にしがみついている手に力を込めた。自然とさっきよりも体が密着するが、いつものような反応をしない辺り、必死さがうかがえる。
「謝らなくちゃいけないの・・・二人に謝らなくちゃ・・・」
何を、とは聞けなかった。誰に、とも聞けなかった。その声は、俺の言葉に応えたというものでは決してなく、ただ口から零れ落ちた言葉のように聞こえたからだ。
負ぶってもらっているという意識は確かにどこかにはあるのだろうが、その視線は遠ざかって行く隆司さんと、もう既にここからでは見えなくなった男を追っているのだろう。だから、いちいちそんなことで筐体を軋ませていたらきりがない。自分にそう言い聞かせて何とか息苦しさのようなものを拭い去る。
「っ・・・はやすぎる・・・!」
前方を行く二人の姿が、緩やかな坂を上りきったところでようやくちゃんと目に映ったが、どう考えてもすぐ追いつけるような距離じゃない。まずい、と思ったところで、急にマスターの腕に力がこもって首が絞まった。苦しくはないが、視界が一瞬上下する。
「・・・いや・・・っ・・・・・・そんなの、だめ・・・」
直接筐体中を揺さぶるような狼狽した声。何を感じ取ったのか、マスターのその声は震えていて聞こえ辛い。
俺には到底理解できないものを、彼女は感じ取ったに違いなかった。
「マスター・・・?」
そう言葉にした時、強い力で両肩を押されたかと思うと体が先ほどよりも大きく上下に揺さぶられてバランスを崩す。危うく倒れそうになって体勢を立て直したその時には、今まで背中にあったはずの重みが消えていた。そして、それと理解するのは一瞬だったはずだというのに、次の瞬間には俺の横を誰かがものすごいスピードで走りぬける。長いショコラブラウンの髪を靡かせ、驚くようなスピードで。
それはまぎれもなく、俺の背中にいたはずのマスターだった。
「まっ・・・行くな、マスター!」
俺の声が聞こえていたかどうかも怪しい。蹴り上げられる足がとても痛々しげで、さっきよりも走り出す自分の足に力が入る。必死で走っているからだろう・・・痛みを感じていないらしいが、マスターは裸足なのだ。
叫ぶようにマスターを呼びながら、必死で走っているはずだというのに、妙に自分のスピードが遅く感じられた。
微かに耳に届く、自分の足音ではない何かの音。どこか俺を急かすそのサイレンは、パトカーがこの近くまできていることを伝えてくる。この分だともう後数十秒でここまでたどり着くだろう。それで解決すると思うと、気持ちが少し楽になる。だが、走るのはやめない。
何か叫んでいた隆司さんの声が唐突に大きくなって、俺は弾かれたようにマスターから視線を外した。
今までと同じで、走っているからなのか、それとも体を酷使しすぎているのか、隆司さんが何を言っているのかはわからなかった。ただ、その光景は目に焼きついた。
赤く点灯する踏切警報機。カンカンと辺りに響くその音。
ちょうど俺たちと隆司さんたちを引き裂くように間から現れたパトカー。
ほんの数メートル先の光景が、驚くほどスローモーションで流れていた。
マスターがパトカー越しに叫ぶ。甲高い音が響き始めるのはそれと同時だっただろうか。
「だめっ・・・だめだよっ!! やめて!」
ああ、何を言ってるんだ。何だ、これは。
マスターの真後ろで足が停止する。思考も停止してしまいそうだった。
下りてくる遮断機に阻まれつつある線路には、一人の男の姿。それを追って遮断機の下を潜り抜けて線路へ入っていく隆司さん。
そうしている間にも、スピードを落としきれない電車が拒絶するような大きな叫び声を上げて二人の方へ迫る。どう考えても、もう数秒しかない。
「いやぁぁっ!」
パトカーを避けて走り出すマスターの手首を握ったのは、無意識のうちだった。俺の方なんて一切見ずに、彼女は何か言い合っている二人の方へ泣き叫ぶ。
急停止の命令に抗いながら、電車は二人のいる場所まで後数メートルと迫っている・・・どう考えても、逃げるには時間が足りなかった。
火花を散らしながら迫り来るそれを見ていた男が、こっちを向く。すると、さっきから駄々をこねているように泣き叫んでいたマスターが、魔法でもかけられたかのようにぴたりと止まった。
男の視線が外され、その口が動き出す。俺には、何と言ったのかわからなかった。隆司さんが何か叫んでいる。もう、電車の悲鳴と筐体の中の妙な感覚のせいで、何も聞こえなかった。フィルターがかかってしまったように他の音が何も音が聞こえない。パトカーから出てきた何人かが暴れるマスターを落ち着かせようとして、誰かが俺に話しかけている。それはわかるが、その声は聞こえてこない。
(俺は・・・マスターを泣かせたくなかったのに)
隆司さんに頼むと言われた・・・その言葉の本当の意味を、今頃知った。あれは、こうなるとどこかで予測していたのだろう。頼むというその言葉は、この場所で二人一緒に待っていてくれ、と同意語だったのだ。今更気付いたところで、もう遅すぎる。もう追ってきてしまった。それが正しいと思っていた。ただ、マスターが思ったとおりにしてあげたかった・・・それが間違っているなんて、思いもしなかった。
何てゆっくり時間が過ぎるのだろうか。たったの数秒が何倍も遅く感じられる。音の聞こえない世界は、何て絶望的なのだろうか。
何人かに腕を捕らわれたまま、マスターが何かを叫んでいる。
何を叫んでいたのだろうか。隆司さんの名前と男の名前か。俺はただ、その傍で立ち尽くすことしかできなかった。
そしてそれは・・・ほんの一瞬、だった。それまで聞こえなかったはずの音が頭上から俺を串刺しにするように突き抜ける。
鈍い、鈍い衝撃音。甲高い断末魔の悲鳴を上げて、それから更に何メートルか走行した電車は、やっとのことで停車した。脱線しなかったのが不幸中の幸いだ。
「お、おい、大丈夫か!?」
その声に視線を声の方へ向けると、視界の中でマスターの体が崩折れる。声は出なかったが、何も食べていないのに口の中に鉄の味が広がった。駆け寄ってマスターの体を抱き、その様子を確認する。
どうやら、あまりのショックで気を失ってしまったらしい。
「・・・当たり前、だよな・・・」
どこか苦しげなマスターの方に視線を下げたまま、目を閉じる。
マスターは今、この世で一番見たくないものを見てしまったのだ。そして、どこか虚無感のある俺もそうだったのだろう。
俺がもし人間だったら、何かに気付けていたのかもしれない。少なくとも、もう少しマスターのことを理解してあげられただろうに・・・いつも俺は、正しくない道ばかり選んでしまう。
マスター、俺は・・・あなたの傍にいて本当にいいんだろうか。
→ep.39
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