ある日、私は古い動画データを整理していた。
映像クリエイターという仕事をしていると、何万というカットがハードディスクの中に眠っている。
削除する予定だったフォルダを開いたとき、不思議なファイルを見つけた。
日付は十年以上前。
しかし、そんな撮影をした記憶はない。
興味本位で再生してみた。
そこに映っていたのは、小さな公園だった。
夕暮れの光。
揺れるブランコ。
そして一人の少年。
私はその姿を見て、少し息を止めた。
それは間違いなく、子どもの頃の私だった。
少年はカメラに気づいていない。
ただ空を見上げている。
その映像は数秒で終わった。
不思議なのはそこからだった。
次の日も、また同じフォルダに新しい映像が現れたのだ。
今度は学校の帰り道。
知らないはずの映像なのに、確かに自分の記憶と重なっている。
まるで誰かが、昔の私をずっと撮影していたみたいだった。
私は毎日その映像を見るようになった。
少年は成長していく。
悩み、笑い、立ち止まり、また歩き出す。
その姿を見ているうちに気づいた。
映像の中の少年は、未来を何も知らない。
失敗も知らない。
出会う人も知らない。
それでも不安そうな顔をしながら前へ進んでいる。
数週間後。
最後のファイルが現れた。
再生すると、そこには現在の私が映っていた。
編集室で動画を見ている私。
その映像の中の私は、こちらを見て微笑んだ。
そして一枚のメモを掲げた。
そこには短くこう書かれていた。
「切り取った数秒に、君はずっと残っている。」
次の瞬間、映像は消えた。
フォルダごと存在しなくなっていた。
あれが何だったのか、今でも分からない。
ただ一つだけ思うことがある。
私たちは過去を忘れたつもりでも、過去はどこかで生き続けている。
写真の中に。
動画の中に。
誰かの記憶の中に。
そしてもしかすると、時間そのもののどこかに。
今日も私は数秒の映像を編集する。
その中にいる誰かの「今」が、未来のどこかで誰かを見つめ返す日が来るのかもしれないと思いながら。
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