「はじめまして、メイコです」
はじめて彼女と会った時、身震いがした。
快活そうな瞳、よく通る綺麗な声、凛とした立ち姿。
一瞬見とれてしまったあと、ハッと我に返って差し出された手をおずおずと握ると、彼女が優しく微笑んだ。
(――この人が、はじまりの歌姫)
「キヨテルさんのおうちは、パーティーとかするんですか?」
「え?」
メイコさんにそんなことを聞かれたのは、ボイストレーニングの合間のことだ。
ユキとミキと3人で暮らす我が家には広いレッスン室はなく、レコーディング前は大体お隣さんにお邪魔するのが常になっている。
3日後のレコーディングを控え、いつものように僕はメイコさんに練習を見てもらっていた。
「…パーティー、ですか?」
「はい、パーティーです」
意外な単語に首を傾げながら答えると、しないんですか?とメイコさんもきょとんと首を傾げる。
「…えーと、なんのパーティー、でしょう」
もしかしてメイコさんのところは日常的にホームパーティーを行っているのだろうか。仲の良いご家族だからありえなくはない。
しかしうちは3人暮らしだし、ミキは料理が苦手だしユキはまだ小さい。従って大抵ご飯を用意するのは僕の役目だが、簡単ならものならまだしもさすがにパーティー料理までは手が至らない。
(ああでもメイコさんは料理上手だし、賑やかなことが好きな弟妹さん達がいるからそれも可能なのかもしれないな)
一人でやけに納得していると、メイコさんが何となく困った様子でえーと、と頬に手を当てた。
「だって、今日はお誕生日でしょう?」
「…誕生日?」
「え?」
「え?」
僕たちはしばらく見つめ合う。メイコさんの大きな瞳には、自分の姿。そしておそらく僕の瞳にもメイコさんが映っている。
…そして、ようやく気が付いた。
12月4日。
今日は、僕とユキとミキ。3人がボーカロイドとして生まれてちょうど1年が経つ日だった。
「おかえりー、先生」
「おかえり」
練習を終え家に帰ると、ユキとミキが二人でテレビを見ていた。
流れているのはユキが毎週欠かさず見ているアニメだ。なんとなく付き合いで見ていたミキもハマってしまい、今では二人で真剣に次回の展開を予想したりしている。
「ただいま」
荷物を置いて、そのままキッチンへ向かう。水を一気に飲むと、ボイストレーニングで乾いた喉に染み渡るようだった。
ふぅ、と息をつくと、とてとてとユキがやってきて腰元に抱きつく。ちょうどアニメはCMに入ったようだ。
「先生、お腹すいたー。今日ご飯なに作る?」
「そうだなぁ、なにが食べたい?」
くしゃりと髪を撫でると、ぱっとユキの顔が輝いた。
「オムライス!」
「この間もオムライスだった」
続いてミキもキッチンに入ってきて、冷蔵庫を開ける。牛乳を直飲みしようとしたので「こら」とたしなめた。何度言ってもグラスに注ごうとしないのはミキの悪い癖だ。
「だって先生のオムライス美味しいんだもん」
ぷく、と器用に頬を片方だけ膨らませてユキが反論する。でも確かに2日前もオムライスだった。ミキの意見も最もだ。
「ミキはなにがいい?」
「……」
グラスに牛乳を注ぐ手を止めて、ミキが考え込んだ。
ミキは元々口数が少ない上に熟考するとだんまりになる。答えを気長に待つことにして、僕たちはリビングへと移動した。
僕達のために作られた家。
当初は人の気配のしないこの真新しい家に馴染むのに時間が掛かった。
同時に作られたとはいえ、僕たちは性別も年齢も性格も違う。ぎくしゃくと挨拶をし、ぎくしゃくと一緒にご飯を食べる。
我が家といえども心休まらなかった空間がいつの間にか掛け替えのないものになったのは、やはり隣家の存在が大きかった。
新しい家では何かと不便だろうとちょくちょく様子を見に来てくれたり、ご飯に呼んでもらったり、レコーディング前のレッスンに付き合ってもらったり。
単に生み出されたタイミングが同じだったというだけの僕たちは、お隣さんの力を借りながら「ただいま」と「おかえり」が自然に言えるようになって。ユキとミキが大喧嘩をしたり、僕が二人を叱ったり、皆でおしゃべりをして笑いあったりしながら、次第に「家族」になっていった。
その中心にいてくれたのは、やはりメイコさんだった。
『家族は一緒にいなくちゃ』
そう言って彼女が笑うと、自然に「ああ、そうだよな」と思えたことを覚えている。
アニメが終わり、じゃあ買い物に行くかという段になって電話が鳴った。電話と言ってもお隣かマスターからの連絡用だ。掛けてくる人は限られている。
ユキがはいはーい、と受話器を耳に当てると、あ、めいこちゃん!と嬉しそうに顔を綻ばせた。電話の主は彼女らしい。
「うん、元気だよ!…え?先生?いるよ、代わるね」
「えっ」
笑顔と共に差し出された受話器を戸惑いながらも受け取る。代わるね、ということは僕がご指名というわけで。
裏返りそうな声を抑えながらもしもし、と答えると、キヨテルさん?とよく通る声が聞こえる。
受話器越しのメイコさんの声は、いつもより甘い気がして一瞬だけ胸が弾む。弾んだ胸を自覚しないように大きく咳払いをすると、ちらりとミキがこちらに視線を走らせたような気がした。
「メイコさん、どうしました?」
『お疲れのところごめんなさい、今大丈夫ですか?』
「はい、大丈夫ですけど…」
『今からユキちゃんとミキちゃんと、3人でうちに来ませんか?』
「えっ?」
二人を振り返る。不思議そうな顔でユキとミキが同じ方向に首を傾げた。似ていなくても姉妹なんだなと笑ってしまいそうになる。
『あ、まだご飯作ってなければ、の話なんですけど…』
「いえ、今からちょうど買い物に行こうとしてたとこで」
『あ、じゃあ良かった、そのままうちに来てください』
「え、えっと…」
『絶対ですよ、待ってますから』
がちゃ、とそのまま電話が切られた。
こんな一方的な用件の伝え方、彼女にしては珍しいが、後ろで「めぇ姉、お鍋吹いたー!」とリンさんらしき声がしたのでおそらく慌てていたのだろう。
「先生、めいこちゃんなんて?」
「…今から来ないかって」
「え?めいこちゃん家?」
「うん」
「わーい、行こ行こ!」
無条件に喜ぶユキ。ちらりとミキを伺うと、変わらない表情で僕を見ている。
「…どうする?ミキ」
「行く」
「そう…」
「…キヨテルも、行きたいでしょう?」
「…え?」
「なんでもない」
すたすたと玄関に向かうミキを、はしゃぎながらユキが追う。
「先生も早く!」とユキに急かされ、手に持っていたエコバッグだけ置いて僕も玄関へ向かった。
ハッピーバースデーのハーモニーに出迎えられた食卓には、色とりどりの装飾とたくさんの料理が並べられていた。
生ハムの乗ったシーザーサラダ、若鶏の唐揚、具沢山のピザに湯気のたった出来立てのパスタ。3段重ねの大きなケーキには僕とミキとユキの名が大きく書かれていて、大感激したユキが僕のネクタイを引っ張ったため「ぐえ」と情けない声が出て、皆が楽しそうに笑った。
「ユキ、ゲームしようぜ」
「うん!レンおにいちゃん!」
「ちょ、レンずるい!あたしだってユキちゃんとマリカしたい!」
「リンおねえちゃんも一緒にやろ!」
いそいそとリビングでゲームの準備をし始める3人に、ミクさんが「ゲームは1時間までだよ!」と声を掛ける。
「そういえばミキちゃん、野菜食べれるようになったんだね!偉い偉い!」
「…キヨテルとユキが食べさせるから、慣れた」
「いいことですよ、偏食はお肌に悪いですから」
「でもミキちゃんはいつも肌綺麗だよね~、お手入れどうしてるの?」
「特になにも」
「うわぁ、羨ましい…」
ソファではミキとミクさんとルカさんが女子トークを始める。意外な組み合わせだが、たまに3人で買い物に行ったりもするらしい。
食卓に座ったまま楽しそうな二人の後ろ姿を眺めていると、頬にいきなり冷たい感触がした。
驚いて振り返ると、メイコさんが缶ビールを持って立っている。
「キヨテルさんも飲みません?」
既に数本空けたあとのメイコさんの頬はほんのり赤く染まっている。ありがとうございます、と僕は恭しく頭を下げた。
「…こんなパーティーまでしていただいて、嬉しかったです」
「いえいえ、ありあわせのものしか出来なかったから却って申し訳なくって」
「とんでもない、美味しかったです。ユキもミキも楽しそうだし」
「良かった」
にこ、と嬉しそうに彼女が笑う。いつもよりも無防備な笑顔と姿に、大きく咳払いをして視線を外した。
「キヨテルさん、ユキちゃんとミキちゃんを大事にしてるんですね」
「え?」
「二人を見る目が、すごく優しかったから」
「…そうですか?」
意識していなかったことを指摘されると少し気恥ずかしい。
プルタブを開けてビールを一気に呷ると、「あ、照れてる」と彼女が悪戯っぽく微笑んだ。
「…いつも、こうして弟妹さんたちの誕生日をお祝いしてるんですか?」
僕の問いかけに、ええ、と彼女が頷く。少し瞼がとろんとしているので、もしかしたら少し酔っているのかもしれない。
「やっぱり家族の誕生日って、大事ですから」
「…そうですね」
「だから、キヨテルさん達の、お誕生日も大事です」
「…大事、ですか」
「大事です。絶対大事です」
「僕達は一斉に生まれたので、お互い誕生日を祝うっていう概念が希薄で…」
「じゃあ、こう考えたらどうですか?」
ぴ、と指を立てて彼女が言う。
誕生日って言うのは、家族が増えたお祝いの日なんです。
だから、同じ誕生日のキヨテルさん達は『3人が出会えた記念日』。
そう考えると、お祝いしたくなりませんか?
「……」
そんな風に、考えたこともなかった。
僕達は作り出された存在で、年を取らない。だから誕生日は単なる記号でしかなかった。
でも、今日が『3人が出会えた記念日』なら。
それなら、僕は感謝したい。
ユキとミキに、『僕と出会ってくれてありがとう』と。
『家族は一緒にいなくちゃ』
そう言って笑った彼女は、1年3ヶ月の間、たった一人だった。
はじめてのボーカロイドであるメイコさん。次のボーカロイドが生み出されるまで、嬉しい時も悲しい時も一人きり。
生まれた時からユキとミキが一緒だった僕はその寂しさは想像するしかないが、それがとてつもないものだということはなんとなく分かる。
だから彼女は家族の誕生日を大事にしているのだろう。
一人きりの寂しさを知っているから、家族が増えた日が何よりも大事で。
そう考えると、少しだけ胸が痛む。
そして、身の程知らずの叶わぬ願いを抱いてしまいそうになる。
――もし、もしも、彼女を一人から救ったのが僕だったら。
「あれ、めーちゃん、寝ちゃったの?」
突然の声にハッと我に返ると、メイコさんが机に突っ伏して安らかな寝息を立てていた。
どうやら僕がぐるぐると考えを巡らせている間に彼女は眠ってしまったようだ。
目の前に居たのに気が付かなかった。真っ先に気が付いたのは、キッチンから顔を出した――カイトさんだった。
「ひどいなぁ、俺に洗い物させといて寝ちゃうなんて」
エプロンで手を拭きながら、カイトさんは彼女に声を掛ける。
「めーちゃん、こんなとこで寝たら風邪引くよ」
「…んー…」
「めーちゃん、ほら、起きて」
カイトさんの指が、メイコさんの頬に優しく触れる。その自然さと、言葉に含まれる甘さを見せ付けられて、僕はどんな顔をするべきなのか分からなくなってしまった。
「ごめんねキヨテルさん、お酒付き合わせといて寝落ちとか」
「あ、いえ、とんでもない」
「仕方のない人だよねぇ、ほんとにもう」
仕方のない人、なんて、彼女に言えるのはきっと彼だけだろう。
男と女。姉と弟。赤と青。
何もかもが対の、特別な二人。
「ちょっと寝かせてくるね。晩酌は俺が付き合うから、ちょっと待ってて」
カイトさんは眠ってしまったメイコさんを軽々と抱き上げる。
手伝いましょうかと立ち上がりかけた僕を、カイトさんが綺麗な笑顔で阻止した。
愚問だった。彼が、彼女を、他の男に触らせるわけがない。
通りすがりざま、彼は僕の耳にそっと囁く。
――今日は誕生日だから、勘弁してあげるよ。
何を、なんて聞くまでもない。
今日でなかったら、二人きりの晩酌すら彼は許してはくれなかったのだ。
二人の姿を見送ると、不思議と笑いがこみ上げてきた。
彼の彼女への独占欲は知っている。
たまにあらかさまな牽制を受けたりもするし、僕に対して笑顔でいながらも目が笑っていなかったりもするが、僕はそんな彼のことが嫌いではなかった。
彼女の隣には、はじめから彼が居た。
圧倒的に信頼しあっている存在。敵わない想いの強さ。揺るがない絆。
――僕はきっと、メイコさんではなく、メイコさんとカイトさんというボーカロイドの可能性に惹かれたのだ。
ぐい、と残っていたビールを飲み干す。
苦さが喉を通り過ぎて、爽快な香りが鼻を抜けていった。
ふと肩を叩かれて振り返ると、後ろにミキが立っていた。
ずい、と見せられるよう差し出された爪には綺麗なネイルアートがされていて、ミキのモチーフでもある星型が随所に施されている。
飾りっ気のないミキにしては珍しい。きっと、ミクさんとルカさんにやってもらったのだろう。
「綺麗だな、やってもらったのか?」
「……」
尋ねると、こくんとミキが頷く。表情自体はあまり変わらないが心なしか嬉しそうだ。
「…キヨテル」
「うん?」
「食べたいもの、思いついた」
「食べたいもの?」
突拍子もない発言に思わず首を傾げる。あれだけ食べて、更に食べたいもの?
「さっきの、質問の答え」
「…ああ、家に居た時の?」
まさか、その答えが今返ってくるとは。マイペースでミキらしいといえばミキらしいが。
苦笑して、なにがいい?と改めて問いかける。すると、返ってきたのは意外な答えだった。
「キヨテルが、作ったご飯」
「え?」
「キヨテルが作ったものなら、なんでもいい」
「……」
大真面目なミキの答えに、つい吹き出してしまった。
さっきまで、メイコさんのご飯を散々食べていたのに。やっと返ってきた答えがそれか。
ああ、まったく。
――明日は腕によりを掛けて、ユキとミキに美味しいものを作ってやらなくちゃ。
【カイメイ前提】出会えた記念日【AHS小説】
「そうか12/4はキヨテル先生たちAHSっ子の誕生日だった!」
と滾って書いた、半日クオリティの作品。キヨテル先生視点です。
カイメイの次に私は先生が好きだ先生が好きなんだ(大事なことだから2回ry
!ご注意!
◆相変わらず自分設定
◆お誕生日の割に先生が可哀想
◆カイト自重しろカイト
◆めーちゃん可愛いよめーちゃん
◆悩みに悩んでmikiのキャラ設定はクーデレ無口系
◆家族にタメ口の先生ハァハァ
◆双子は唯一年下のユキに「おにいちゃん」「おねえちゃん」と呼ばせているようです
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キョン子
思わず「いたっ」と声が出た。ドアを閉めるタイミングが悪く指を挟んでしまったのだ。
挟んでしまった指を確認してみると、爪の先のマニキュアが禿げてしまっていた。
次第に熱を持っていく指先に息を吹きかけて冷ましながら考える。
今日はとにかく何をするにもタイミングが悪い。
夕飯の買い物に向かう途中...メイコの不幸な一日
ナッコ*
「はーい、ありがとうございましたー」
ボイスレコーダーをオフにする。
すると、テーブルの向こうでめぇ姉が戸惑ったような表情を浮かべた。
「…ね、ねぇリン、今の本当にマスターに提出するの?」
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