メイコが思わぬ遭遇を果たしていたその頃。
ミクは人で込み合う教室の前に立っていた。
入り口の真上に立てられているのは店の看板だ。『乙女ロード』と煌びやかな装飾を施された文字が、華やかさを通り越して少し目に痛い。
目的の教室がここであることを確認し、ミクは一度頷いて教室へ第一歩を踏み込んだ。
「うわっ、すごい……ッ」
思わず感嘆の声を漏らしてしまうほどに、教室の中は様々な衣装が飾られ、部屋一面を色鮮やかに染め上げていた。民族衣装の類やドレスだけでなく、アクセサリーやポーチなどのファッショングッズも綺麗に並べられている。教室が丸々一つの大きな宝石箱になってしまったかのようだ。
想像以上の光景を目の当たりにして、ミクはつい口をポカンと開けて固まってしまった。その横を他の客がミクを見ては通り過ぎていく。
通り過ぎていく人の中には、
「ここの衣装なのかな? あたしもあれ着てみたいなぁ!」
「やっべ、俺あの子に声かけてみようかな……」
というようにミクを繁々と見つめる者までいた。
そうした好奇の視線に気付いたのか、ミクはハッと開きっぱなしの口を閉じて入り口の片隅へと素早く移動する。
まずいまずい、とミクは周囲を見渡して近くに卓の姿がないか確かめる。しばらく周辺をくまなく注意して見たが、卓らしき人影はいない。どうやら傍にはいなかったようだ。先ほどの奇異な行動を見て驚いた人達も、今はもうこちらへの関心が失せて気にしなくなっていた。
ひとまず問題は無かったようで、安堵のため息をつく。
(せっかくここまできたんです、失敗は許されません……ッ!)
心の内で決意を新たにミクはすっと立ち上がり、まずは携帯を開いてみる。今のところメイコから特に連絡はない。廊下側を見ても、メイコの姿は影も形もなかった。
はちゅねのマーカーも一応確認しておく。先ほど見たときよりも若干位置がずれてはいるが、大きな変化は見られない。
もしかしたら、荷物置きか何かに置いて行かれたのではないかと一瞬脳裏に不安が過ぎる。
「……いえ、しかし卓さんは鞄に財布や携帯を入れる癖があるし、鞄を手放すと言うことは早々ないはず」
それを見越した上で鞄にはちゅねを仕込んでいたのだ。そもそもあのはちゅねが一人置いていかれるというのに、大人しくしているとは思えない。何かあれば卓の背中にでも張り付いて付き纏うことは想像するに難くない。
少なくとも、周辺に卓の姿はないのだ。今は落ち着いて目立たないよう行動するのが得策だろう。
高鳴る胸を抑えながら、さてどうしたものかとミクは思案する。
「このまま一人でこうしていることの方が、おそらく奇妙であると判断します」
となると、下手に待っている方が状況的には不利になる一方だ。
だとすれば、取るべき行動はひとつ。
「早々に衣装を借りて身を隠すことが最善だと決定します!」
そう思うが早いか、ミクはいそいそと教室の奥へと進み始める。何やらこの大学、いや教室に入ってから妙に気分が高揚している気がする。
少しブレイクダウンする必要があるなと思い、ミクはとりあえず近場にあった衣装のハンガーに手を伸ばして服を一つずつ細かく見始めた。鼻息がつい荒くなっているような気もする。
体内温度も異常加熱を起こしているのがわかるし、胸の辺りがドキドキいっている。
はて、何か行動がおかしい気がするが、気にしない方向で行く。
そんなテンション鰻登りのミクへと近づく影があった。
「いらっしゃいませ~、乙女ロードへようこそ! お客様、何かお目当ての服は見つかりましたか?」
くるっと回りながら、星が舞い飛ぶようなスマイルを浮かべ、可愛くポーズまでとってウェイトレス姿の少女がやたら能天気な声で話しかけてきた。
「…………」
だが、ミクの意識が衣装から離れることはなかった。あまりの集中ッぷりに周囲に妙な異空間が生まれつつあるほどだ。
その様を、ウェイトレス姿の少女は相手にされなかったためか、先ほどとまったく変わらないポーズと笑顔で見守り続ける形となった。
遠目で見ても明らかにおかしな光景だ。
しかし、しばらくするとウェイトレスの少女はすすっと身を低くしてミクの懐へと入り、
「……っえ、何? き、きゃああああああ!?」
ミクのバストの辺りへメジャーを巻いて測定を始めた。
突然のセクハラ行為にさすがのミクも思考を現実に引き戻させられてしまった。胸元を隠すようにして、半泣きになりながらミクは顔を赤くして少女を指差す。
「なななな、なんですかあなたは?!」
「てへっ☆ 乙女ロードへようこそ! お客様、何かお目当ての服は見つかりましたか?」
悪びれることもなく、少女はウィンクをしながら先ほどと同じセリフを繰り返す。
小悪魔的な仕草に、ミクもさすがにちょっとイラッとした。
「見つかるも何も、邪魔をしたのはあなたです!」
シャーッ! と警戒する猫のように、一定の距離を保ちながらミクが怒る。
そんなミクに、少女はう~んと唸りながら苦笑いを浮かべた。
「でもでも、お客様~。お店のアドバイザーとしては、一つ忠告したいことがあるのですよぉ」
「なんですか、忠告って」
警戒心をむき出しにしつつも、一応は意見だけ聞いてみる。
「申し訳ないのですが、そこの衣装はみんなお客様では些か足りないのですよぉ」
「足りない? 身長とかですか?」
ノンノンと首を振り、そして少女はさらっとその足りない部分を指差した。
「いえ、ぶっちゃけバストです~」
「バッ?!」
背後に効果音が見えんばかりの衝撃を受け、ミクの口が塞がらなくなった。そんなミクに追い討ちをかけるように、少女は思案顔で続ける。
「あともう少しサイズがないと、着こなすには物理的に困難かと思うのですよぉ。お客様結構薄めですし」
「う、薄めですと?!」
心の砕ける思いと共に、ミクは地へorzのようになって崩れ落ちた。
視線を下げると、ささやかな二つの山が見える。それがまたミクにとって精神的ダメージを大きくさせた。
「この世は富める者のためにあるのでしょうか……世界がこれほど憎いと思ったことはありません」
世界なんて爆発すればいいと一瞬本気で思う。
しかし、そんなミクを救い上げるように、少女の手が肩に置かれた。
「まぁまぁ、そんなこと言わずに、需要はちゃんとありますよ。女性は胸が全てじゃありません。あなたにはもっと魅力的なところがたくさんありますよ」
「店員さん……」
「さぁ、立ち上がって。あなたはまだまだ美しくなれます」
眩いほどの自愛の笑顔を浮かべる少女は、まるで天使のようであった。
「これが、人の優しさなのですね……」
うっすらとミクの目元に涙が浮かぶ。
ミクはゆっくりと、少女の差し出した手を掴もうと手を伸ばした。
が、しかし。
ミクは気付いてしまった。
前屈みになることで浮き出した、胸部の豊かな二つの膨らみに。
それを見た瞬間、掴みかけていた手を思いっきり払いのけて叫ぶ。
「富める者に言われたくありません!! この裏切り者!」
救いの手が一瞬にして谷底へ叩き落す止めの一手となった。
「いやいや、照れますなぁ」
何やらまんざらでもないと言った感じで、少女は身をくねらせる。
ここは怒っても許されるんじゃないだろうかとミクは本気で思った。
「まぁそれはさておき、そんなに嘆かなくても、ちゃんとサイズごとに衣装も複数ご用意してますので、よろしければこちらでちゃんとコーディネートさせていただけませんかぁ?」
「コーディ、ネート……ですか、あなたが?」
一抹の不安を拭いきれないミクにしてみれば、どうも容易にお願いとは言えない状況だった。
そんな状態に少女は奥の手を出すことにした。
「お任せいただければ、うちにある衣装のどれでも半額以下の値段でお貸ししまし、どの衣装でもいくらでも試着OKですよ」
「是非お願いします!」
まさに即断即決だった。
「お任せください! あ、そうだ」
少女はそう言って、畏まって一礼してみせる。
「申し遅れました。自分は当店のコーディネーターを勤めています、グミと言います。何卒よろしく~」
グミと名乗った少女は、そうして人懐っこい笑みを浮かべるのだった。
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ファントムP
6.
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「...オズと恋するミュータント(後篇)
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I'm too lazy to clean my room.
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I don't feel motivate...Loose every day !
不明なアーティスト
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トレイン
ご意見・ご感想
こんばんは~
しばらく小説にコメントすることができずすみませんでした。
今回は、どれも状況の伝わってくるお話ばかりで、こういうところを見習わなきゃな
と思いました。いい具合に笑わせてくれるのもすごい技術だと思います。
ところで、メグが出てきましたが、どういう立ち位置で話が進んでいくんでしょう。
すごく楽しみです。また、次回も待っています。
2011/01/10 23:29:53
warashi
こんばんは!
いえいえ、こうして読みにきていただいただけで感無量です!^^
そのように褒めていただけるとは…恐縮です!
メグ…というよりこれは正確にはGUMIのことでした、ごめんなさい;
あとで念のため修正をしておきます。
彼女は、なんだか天然系のイメージがあったので、いろいろと遊べるキャラになってくれたらなと思ってます。
なるべく今度は早めに投稿できるよう頑張りますね。
では、コメントを頂きありがとうございました!^^
2011/01/13 04:18:13