僕たちが出会ったのは6年前だった。
お互い、甘え合うことなく、たまに喧嘩し、時には距離をとりながら、尊敬し、支え合い、お互いを大切にして大人へと成長してきた。
どちらからとなく、一緒に暮らしたいと思うようになり、同棲を始め、色々なことが落ち着いたら結婚しようと約束していた。
彼女と僕の共通の趣味は音楽だった。
それは僕らが出会ったきっかけでもあった。
僕が作った歌を彼女が聞いてくれていた。
そして二人で名前を付ける。
これが当たり前のことになって、彼女はそれが本当に好きだと言ってくれた。
こんな「幸せ」以外の何でもない日常がずっと続けば、他に何もいらないと思っていた。


ある日、いつも通り仕事していると、会社に一通の電話が入った。

 ――――「●●が事故にあった」

「重傷だ」―――


病院のベットの上には、ボロボロに傷ついた彼女がいた。
彼女に駆け寄り、手を握ると、彼女は僕に気づき、かすれた声で
「新しい曲出来たって言ってたね」
「○○の新曲早く聴きたいなぁ・・・」
とゆっくりと言った。
「歌詞はまだなんだ」
「そっかぁ、でも〇〇の歌はどれも素直な歌詞だから、今回もきっと素敵
な歌になるんだろうなぁ」
徐々に小さくなっていく彼女の呟きのような言葉と、彼女の寂しげな瞳を見ているとこらえていたはずの涙が溢れて来た。
それを見て彼女は優しく、頬をつたう涙に触れ、




「らしくないよ」と小さく笑った。
「ごめんね・・・」
「何いってんだよっ」
繰り返しごめんと言う彼女もいつの間にか涙を流していた。
「歌の名前」
「えっ?」
「一緒に考えられないね」
「・・・・・」
「【なまえのないうた】は可哀そうだね」
笑いながらこぼす涙は、見ていて辛くて、僕は今にも砕けてしまいそうな彼女を強く抱きしめた。
「痛いよぉ」
小さく文句を言う彼女も、弱弱しく両手を僕の背中にまわした。
幼い子供をなだめるようにぽんぽんと叩き、
「もう泣かないで」と彼女は笑った。
僕は抱きしめる力を和らげ、泣き顔のまま彼女を見つめた。
彼女も泣き顔のまま僕を見つめ返した。
「わ ら   て」
視界はぼやけており、息も荒くなっていた。
彼女は力を振り絞って、
「あ    て く   て   あ り が   。」
と僕に告げた。
本当は悲しくて苦しくて、涙は止まらなかったけど、それでも僕は彼女に優しく笑いかけた。
すると彼女は優しく微笑み、僕の腕の中で静かに眠りについた。



彼女が居なくなった現実が受け入れられないまま何日が過ぎただろう。
彼女の部屋は整理され、もう何処にも彼女の面影を残してはいなかった。
何度来ても、何度見ても、彼女は居なくて・・・。
それを知る度に、僕も消えてしまいたくなる。
生きている理由を失ってしまったような思いになる。
そうして壁にもたれて座り込む。
この動作を何回繰り返したんだろう。
夕日が沈み、夜が来て、朝日がのぞき、昼になる。
その繰り返しを、同じ場所で座り込んだまま見ていた。
死ぬまでこの日常を繰り返していくのだろうか。
そんなことを考えていた。
「なにもない・・・。静かだ・・・。」
ふと、そんなことを呟くと、彼女の言葉を思い出した。
『新しい曲出来たって言ってたね』
『○○の新曲早く聴きたいなぁ・・・』
「そういえば、最後に歌ったのはいつだっけ・・・」
ゆっくりと立ち上がり、夕日が差し込む窓を開け、久々の外の空気を吸い込んだ。
メロディーを呟くように口ずさんでいたのは、いつの間にか言葉に変わっていた。
歌いながら大粒の涙をこぼしていた。
 

誰も居ない部屋でひとり
沈む太陽を眺める
ふとおそわれる寂しさに
口ずさむメロディー

なまえのないそのうたが
ぼくのこころをそっとつつむ
だれにもきかれることのない
ぼくだけのうた

何もない部屋でひとり
暗い街並みを眺める
ふとおとずれる静けさを
紛らわすメロディー

なまえのないそのうたが
このへやをそっとつつむ
だれにもしられることない
ぼくだけのうた



歌い終わった時、不思議と涙は止まっていた。
『もう泣かないで』と笑う彼女を想いだした。
「もう泣かないよ」


「ありがとう」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

song without' a name. to you

「なまえのないうた」を短編小説にしてみました。

閲覧数:159

投稿日:2011/11/19 17:34:43

文字数:1,775文字

カテゴリ:小説

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