雨がやんで、雲がみるみる北東へ進む。街灯の光が弱まって見えた。
そんな時大きな車が近くで止まった。すぐに人が出てきてこちらに走ってくる。

「誰か居るぞ!あれ…『初音ミク』じゃないか?まさか新曲の噂は…」

「初音ミクちゃん!何故YUKOさんのお宅の前に居るのかな?」

ユウコ…さん?どこかで聞いた。昨日だ。レコード店で聞いた。

「ココは…マスターの家です。奥居香美さんで…す…勝手に人の家…プライばシー…侵害…」

「ミクちゃん!バッテリーだ!ちょっと、用意して!」

マスコミらしい人間たちは、何故だかミクを助け出した。
回路が復帰して意識がしっかりしてくる。

「ミクちゃんはこの家で歌を歌っていたの?」

はい。と答えた。

「どうして、私(ミク)にそんな事聞くのですか?」

「マスターの事、知らないの?」

ミクは黙る。マスターに不利そうな事を他人に話す気は無い。

「君のマスターが引退したシンガーソングライターのYUKOという事は分かっていた?」

ミクは表情も変えず黙っていたが、マスターが有名人という部類の人間と知った。
マスコミはユウコに関する報道データを与えた。話を早くする為だろう。
ミクの顔色が変わった。

「マスター、病気…緊急入院?」

肺の病気で、歌えなくなった歌手。しばらく他人の歌を作ったがやはり引退した。個性やクセを他人には……

「マスターは…音楽が、歌が好き。本当に好き…」

ミクに自分が歌いたかった曲を託そうと試みたマスターは、昨日の夕方倒れてしまった。連絡、取れる筈、なかった。マスターの体調の悪さを、そばにいたのに……

「マスター…」

ミクはマスターにしてあげたい事を、見つけた。

「病院までお願いします。前で、いいです。マスターの新しい曲、歌いますから、お願いします…!」

ミクは病院のテレビかラジオか…とにかく生放送する事を望んだ。
彼らは朝の生番組に出す予定だったので了承した。
ミクは中に記録されたオケをロケバスの中で調整した。マスターの言葉を思い出しながら。

病院近くの公園で、ミクは出来る限り静かに音を発した。


「むげん」

夢は終わり 落ちていく月(きのう)
誰にも譲れない願い
陽が差し込み 白む眩しさの
向こうに道が在る事も知らず

歩けばいい 現実(いま)を
下り坂を その脚で
永遠なんて私が決める
夢も現実(いま)も
明日を創るむげんの魔法

命ある限り 大声で詠う
私の願いは あなたに繋ぐ
∞(むげん)のchain
あなたに願う その手で誰かに

月日を超えて いつか
築けるでしょう 重なり
終わりなんて誰が言える?
私、あなた
誰かに捧げるむげんの魔法

生きて 生きて
強く唱えよう『ありがとう』


マスター…!

報道陣は引き上げたが、ミクはまだ留まっていた。観てくれたかは分からない。
第一容態も分からない。怒っているかもしれない。
マスターについて聞かれて、余計に絆の無さに気付いた。

『ミク、ダメじゃないか。勝手に歌ったりして…今迎えを送っているからね…いや、それは関係ない。マスターが君を維持出来ないからだ…』

本社から連絡がきた。マスターも同意したらしい。
もう、会えないというのか…ミクは機械の体の為に病院には入れない。

「マスター…」

『有線からの音声通信です。-病院、有線からの音声通信です。お繋ぎします』

電話?
ミクはヘッドホンを強く押さえる。

『…もしもし』

「マスター!大丈夫なんですか?」

溜め息がノイズとなって聞こえる。

『今は…あなたのせいで目を覚まさないといけなかった。聴いたわ…本当に、勝手に公衆の面前で歌うだなんて…良く歌えていたからよかったけれど…ありがとう。私がデビューした頃くらい緊張したわ』

声が、弱々しいし…覇気が無いし、息苦しそうで、笑っていた。

「ごめんなさいっ…」

『ダメよ。意思をみせたくせに弱気になるなんて…あなた、歌姫なんでしょう?無茶と根性に免じるから、その歌…あなたのものにしなさい』

しかし、ミクは帰らないと…初期状態に戻らないといけない…

『一晩置き去りにしてごめんなさい。どこかであなたが見限って帰ると思っていた…歌えるあなたを妬んで、仲良くなるのが怖くて…ね』

ミクは驚いて、どうしたら良いか分からなくなった。

「あの…マスター?」

マスターは息を整えるように言う。

『ミク、私は歌える無い可能性を捨ててしまう手術をずっと嫌がっていたの。声が…出なくなるから。そんなの…歌を一生歌うつもりだったのに、出来ないでしょう?私は私に固執して、私の代わりに歌ってくれる人を捜しておいて…文句を言ってやめさせたの』

歌えない私を哀れんだ目で見ている気がした…だから何も知らない『人形』を選んだ。初めからやはりダメだと言う気で。

『さっき言ったでしょう。弱気になってはって…手術、生きる為に受けるわ。ミクは私に魔法をかけてくれたんでしょう?』

ミクは振り絞るように、はい。と答えた。

『退院して、もう喋れもしないけど…ミク、私の曲を歌ってくれる?沢山用意だけはあるの。歌えなくなってから…ずっと書いてばかりいたから』
認めて貰えた…認めて貰えたんだ…私…!
ミクははっきりと答える。

「歌います。もっと歌の練習をして、待っています」

少し間があいた。

『…頼むわね。私の代わりではなく、あなたの曲に仕上げてみせるから』

お互い、頑張りましょう。そう言って、暫くして切れた。
ミクは思った。その期待に沿えるよう、スキルを上げないと。
色んな曲に挑戦するとマスターは言っていた。なら、それに見合う力を手に入れないと。それでいて…私らしく。


「今日も練習?」

「はい。マスターが待ってますから」

開発班さんが微笑む。

「じゃあ少し手伝ってくれるかな?君の持ち歌、もっと柔らかい感じとか大人っぽくとか出来るようになりそうだから。完成したらプレゼントするよ」

「あ…はい!喜んで!」

マスターの幅が広がるなら。
新しい兄弟たちの為なら。喜んでくれる人がいるなら…
たくさんたくさん歌を歌うね…マスター!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

【小説】契約理由 4【最終話】

読んでくださった方、お疲れ様でした!ありがとうございます。
今回は詞つきです。
あと新ミクの話が出てるのでエピローグに混ぜましたw

マスターの名前と芸名には繋がりがあります(簡単ですが)

感想よろしくお願いします!

閲覧数:105

投稿日:2009/09/05 09:22:42

文字数:2,562文字

カテゴリ:小説

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