3.夕焼け色の髪の少女・後編

 ルカがレンカの拾い集めた石片を弾き飛ばしたことに、リントは凍った。あまつさえ、彼女はその石片の一つを掴んで投げようとしている。
「あいつ! やっていいことと悪いことが……! レンカ! 落ち着けよ?!」
 リントが、ルカを押さえるかレンカを心配するか迷った隙に、レンカが行動を起こした。
 彼女はキッとルカをにらんだかと思うと、手近にあった、着替えの入ったナップザックを、ルカに向かって反動をつけて投げつけた。
 げっ、とリントが青ざめた瞬間、ナップザックがルカの顔面にヒットした。
「うっ?!」
 ルカが腕で顔を守る。中身がはじけてレンカの下着やぬれたシャツがあたりに散らばった。ルカが気を取られた隙に、レンカは思い切り床を蹴り、二歩で机を踏み台にしてルカの正面の床に着地した。

「ちょっ……テーブルの上を土足でッ?! レンカ!」

 だん、と着地音が響いた次の瞬間、レンカはルカの手から石片をもぎ取り、反対の手でルカの頬を張った。

 派手な音が響き、ルカの頬が見る見るうちに赤く染まっていく。
 目を見開いたルカが、正面に視線を戻すと、そこには怒りに燃えるレンカの姿があった。

「あたし、レンカ。この島の歴史と伝説を調べているの。あなたが払い落としたこれ全部、海の底からあたしが拾ってきたのよ。そして、あなたの言うとおり正真正銘の『島っ子』。……じゃあ、『さよなら』」

 ルカにくるりと背を向け、落ちた石片を集めようとしたレンカの裾を、なんとルカが引き止めた。
「ルカです。……ごめんなさい」
 えっ、と振り向いたのはレンカのほうだ。見ると、リントとヒゲさんも驚いた表情をしている。

「あの……ルカ、ちゃん?」
 振り向いたレンカの目の前で、ルカが顔を真っ赤にして泣いていた。
「あ、あの、ルカちゃん? ……泣くほど痛かった?」
 ルカがぶんぶんと首を振る。しかし、その手はレンカの白いシャツの裾を掴んで放さない。

「『さよなら』は、挨拶じゃない……」

 しばらくの静寂があたりを満たした。ルカのすすり上げる音と、レンカとリントの戸惑いの視線があたりを交錯する。

「と、とりあえず、色々拾わないといけないんだけど」
 数瞬の後、我を取り戻したレンカが、石片を拾おうとかがむと、ルカもうんうんとうなずいて、石の欠片に手を伸ばす。
「あ、ま、まって! 触る前に! 涙と鼻水拭いて! べたべたしたままじゃ困るから!」
 何か手近な拭く物を、と見回すレンカに、
「……石片の前にもっと拾うものがあるんじゃないのか」
 やっと動けるようになったリントが、そっと手を挙げた。
「……ちらばった、着替えとか。……ぱんつ、とか」
「待ってよ。今忙しいんだから。気になるなら、リントお願い」
「お願いって……お前な!」
 と、ルカがぱっとレンカの裾を放した。
「レンカ。こっちは触ってもいい?」
 レンカが思わずルカのほうを振り向く。
「うん。ありがと。その服も下着も海水でべっしょりだから、べたべたの手でも良いわ」
 ルカが、頬を赤くしながらも熱心にレンカの服をナップザックに拾い集め始める。その横で、レンカはさらに熱心に石片を集め、書き込んだラベルの番号とあわせ始めた。

「忙しいって、レンカ、お前な! それは女として何かがおかしいだろ! ヒゲさん! 何とか言ってよ!」

 リントが傍らの大人を見上げると、ヒゲさんはすでに女性達には背を向けていた。
「……とりあえず、なにか飯を調達してくるよ。いつもの食堂が閉まらないうちに」
「さくっと逃げてんじゃねえよ大人! オレも行く! 荷物持ち要るだろ!」
 やがてレンカとルカの話す声が聞こえ、レンカが立てる笑い声が響いた。

 リントはそっと後ろ手で事務所の扉を閉めた。涼しくなった空気が鼻腔をくすぐる。
 夜空を見上げると、すっかり暗くなっており、ミルクをこぼしたように星が空にちりばめられていた。

「……なんだか、オレ、わかんね。……すべてが」
 戸を閉め、通りに出て、ヒゲさんと連れ立って歩きつつリントがつぶやく。

「石片に対するレンカちゃんの気持ちは、俺はよく分かるけどね」
「そりゃーヒゲさんはレンカと同類だもん。歴史だとか伝説だとか昔の文化とか、眼に見えないものを信じられるのってすごいよな」

 リントのつぶやきを聞き、嬉しいことを言ってくれるね、とヒゲさんは大きく笑った。
「そうだな。でも俺は、リントくんのしていることもすごいと思うよ。」
 ヒゲさんがすっとリントの胸元を指差す。そこには、リントが今作り上げようとしている女神像の立体模写……岬で削っていた粘土の塊があった。

「憧れや思いを、そうやって眼に見える形にしようとしている。それは、リントくんの仕事だね。俺には出来ないことだ」

 その言葉は、リントの耳にやさしくしみこんだ。休日を控えた夜の喧騒が一気に遠く聴こえた。

「まぁ、何にせよ、リントくんとレンカちゃんは、あのルカの、石みたいに固かった表情を、出会ってからたった半時足らずで叩き割った。助かったよ」
「えぇ、あぁ、うん、まぁ……」

 リントは、あの『惨状』に対する予想外の誉め言葉に、どう返答したものか戸惑う。

「しかしレンカちゃんも手厳しいな。いきなり『さよなら』か。……ルカのこれまでを知っている俺は、怖くてルカには言えなかったけど、あれのおかげでルカの殻がはがれたようなものだな。感情のえぐり方も良し悪しってことか!」
 はははは、と笑ったヒゲさんに、リントのほうは曖昧にうなずいた。
「ルカって、親の都合で島を転々としていたって言ったけど、なにかあったんですか」
 ヒゲさんは少し考えるように口をつぐんだ。
「ん……まあ、それは、そのうちにな」
 ほら着いたぞとヒゲさんが指差した先に、香辛料の香りの漂う食堂が、にぎやかに明りを灯していた。

「じゃ、えと、まぁ……」
 リントは、ヒゲさんの買い込んだ料理をぶら下げながら、ごほんと咳払いをした。
「明日は、ちゃんと、この島の観光ということで、女神像でも、見せに連れて行ってやりますよ」
「君たちほど適任の案内人は居ないだろうからね」
と、ヒゲさんはからからと笑った。

 四人分のおかずを手に入れて博物館の事務所に戻ると、部屋の中は嘘のように綺麗に整頓されていた。
 作業台の石片もすでに整理され、乾燥用の箱に収まっている。もちろん、テーブルの上につけられたレンカの足跡も、綺麗に拭き取られて残っていない。

「あ、おかえりー」
「おかえりなさい」

 机の上で、レンカとルカが、大版の図版を開いて眺めていた。
 それを見たヒゲさんとリントは互いに肩をすくめ、そしてにぎやかな夕食が始まった。


……つづく!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

滄海のPygmalion 3.夕焼け色の髪の少女・後編

遺跡発掘リント&レンカ 第3話 ツン少女登場?!島っ子なんか好きじゃないだから!
……Bパートであっさり陥落したとかw

発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp

空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion  http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません^^

閲覧数:146

投稿日:2011/05/07 18:20:19

文字数:2,804文字

カテゴリ:小説

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