閲覧注意
最高に気持ち悪いです。読まれるときは十分に注意してください。
食事前に読むのは厳禁します。食欲なくされても責任持てません。
具合が悪くなられた場合も、同様に責任を持てません。
それでは、覚悟できた方だけどうぞ。
悪食娘コンチータ 第二章 コンチータの館(パート9)
「料理?」
「その通りです、シオンさん。」
垢が溜まった身体を洗わせ、汚れて擦り切れた服を着替えさせて多少は身なりを整えた後に、レヴィンがシオンを案内した場所は厨房であった。
「俺が料理をすると?」
「いかにも。」
ふ、と疲れ切った吐息を漏らしながら、レヴィンはシオンに対してそう答えた。それに対して、シオンは情けないように表情を歪めながら、こう答える。
「料理など、したことがない。」
「だからいいのですよ。」
シオンの戸惑いをあざ笑うようにレヴィンは哂う。レヴィンの瞳に映るのは益々不審に顔をゆがめたシオンの表情。とんだ茶番だ、と思いながらレヴィンは続けた。
「コンチータ様は美食の限りを極められ、とうとうこの世にある食事には興味を抱かれなくなった。好きに作りなさい。材料は何でも構わない、肉でも、魚でも、野菜でも、草でも、虫でも、いいや、生物に限る必要だってない。」
興奮のままに、レヴィンはそう言い切った。ぞくり、と悪寒を感じたシオンが一歩足を後退させる。だがそこで、レヴィンはとたんに力が抜けたように、だらりと両手を垂らすと、先程とは打って変わって、よほど小さな声でこう言った。
「貴方がこれまで食べていたものでも、出せば良いではないですか。腐臭漂う肉でも、ゴミ貯めに放置された魚の骨でも。」
「・・本気か?」
常軌を逸したように、らんらんと瞳を輝かせたレヴィンに一抹の恐怖を覚えながら、シオンは震える声でそう言った。その言葉に、レヴィンは小さく、だがはっきりと頷く。
「では、夕餉までに何かを作ってください。何かは、一切問いません。」
最後にそう言い残して、レヴィンは厨房を立ち去って行った。一人残されたシオンは、今まで触れたことのない調理器具を目の前に、ぼんやりと立ち尽くした。だが、やると言った以上やらなければならない。最低限の責任感でそれだけを確かめると、シオンは言われたとおりに、勝手口においてあるゴミ箱に向かうと、その中をぞんざいに漁り出した。まるで飢えに苦しむ野良猫のように。否、ほんの数時間前までの自分のように。
たかった蝿が多少煩わしくはあったが、蝿に囲まれることも、蛆をつまみあげることも最早慣れきっている身体に、その作業は大した苦痛も与えなかった。どうやら数日分の生ゴミが溜まっているらしく、底のほうは既に相当の腐敗が始まっている。常人ならば一口含んだだけで胃と腸を食い殺されるだろうが、どうせ自分が食べるものでもない。なら、全部つぎ込んでやればいい。シオンはそう考えて、黒い液状になったたまりをおたまで掬い上げて、そのまま鍋にそれを移した。中を見ると、白く小さな物体が蠢いている。蛆だろうな、とシオンは軽く考えながら、ただ黙々と作業を進めていった。途中、黒い、小判程度の物体がかさかさと動くのを視界の端に捕らえて、すかさずシオンは手を伸ばした。その物体を捕らえて、手にねっとりとした感触を覚えながら、シオンは小さく呟く。
「どんな出汁になるのかねぇ。」
そのまま、シオンは捕らえたてのゴキブリを黒い腐液と残飯にまみれた鍋の中に投下した。これをその後、どうしようか、と考えて、とりあえず煮てみようと考える。ひとまず厨房に戻り、竈の上に鍋を置く。火打石を探してみればすぐに見つかったものだから、シオンは慣れない手つきながらも薪に火をつけた。熱が鍋に伝わり、続いてシオンですらも鼻を塞いでしまうほどの臭気が厨房を包み込む。
「こいつは、たまらん。」
鼻を押さえながら、篭った声でそう言ったシオンは、一度閉めた勝手口の扉をもう一度開放した。風で扉が閉まらないように、近くにあった石で扉を固定することも忘れない。そうして作業している視界の先に、どうやら養鶏場らしい、小さな小屋をシオンは発見した。
「肉も必要だねぇ。」
ふ、とシオンはやけくそにも近い笑みを漏らすと、屋外に設置された小屋に向かって歩き出した。なるほど、十羽程度だが、元気そうな鶏がそこに飼育されていた。
「何の用?」
どれにしようか、とシオンが物色していると、背後から少女の声が響き渡る。誰かと思い振り返ると、そこにいたのはリリスであった。
「なに、今日の料理に一羽使おうと思いまして。」
「駄目よ、これは鶏卵用なのだから。」
どうやら、リリスはこの鶏小屋の世話を任されているらしい。拗ねたような口調でそう答えるリリスに対して、それでもシオンはもう一度頼み込んだ。
「そこを、なんとか。」
「仕方ないわね・・。」
漸く、呆れたようにリリスはそういうと、小屋の端にうずくまっている、どうやら老齢らしい一羽の鶏を指差した。
「あの子はもう卵を産まなくなったから、好きに処分していいわ。」
「感謝、感謝。」
ひひ、と興奮した笑い声を漏らしながら、シオンはそういうと、早速鶏小屋へと身体を移した。大の大人が入るには少し手狭だが、身体を動かす自由はある。突然の侵入者に対して鶏どもは何事か、と騒ぎ出す。おかげでシオンの身体はすぐさま羽毛だらけにはなったが、目的の鶏はどうやら身体を動かすことも億劫らしく、微塵も動く気配がない。案外すんなり両手に鶏を収めたシオンは、僅かな抵抗とばかりにぐぇぐぇと鳴く鶏を冷酷に見つめて、そのまま小屋から身体を退出させた。
「邪魔したな。」
外で待機していたリリスに向かって、シオンは形ばかりにそう言った。そのまま厨房へと戻ろうとしたところで、リリスがシオンに向かって訊ねる。
「ところで何をしているの?厨房から死体みたいな匂いが漂っているけど。」
死体みたいな匂い、という言葉のセンスに僅かの感銘を受けながらも、シオンはそこでにやり、と哂った。
「コンチータ様に向けた、特製の美食ですぜ。」
そういい残すと、先程よりもよほどきつい匂いを放ち始めた厨房へとシオンは戻った。腐汁は十分に熱せられて、ぐつぐつと大粒の水泡を作り上げている。
「羽の毟り方なんて、知らないなぁ。」
ぽつり、とシオンはそう言って、暫く思考するように考えた。だが。
「いいや、面倒くさい。」
そう言って、両手に掴んだ鶏をそのまま、沸騰した鍋に投下する。鍋に浸された直後、それまで殆ど無抵抗だった鶏が一際甲高く、人の鼓膜を破りかねない大音量で泣き叫び、そして懸命に逃れようと暴れだした。ここで鍋が倒れては困る、とシオンは考え、手直にあった麺棒を掴んで鶏を背中から押さえつけた。それでも生き残ろうと、最後の抵抗とばかりに鶏は羽を動かし、そして強い声で鳴き続けた。だが、それもやがて途切れ、ぴくりとも動かなくなる。
「いや、てこずった。」
ふふ、とシオンは哂った。成程、恐怖に満ちた生き物の表情はなかなかに神経を高ぶらせる。相当に興奮していることを自覚しながら、シオンは煮えたぎる鍋に蓋を閉じた。このまま、暫く放置していれば、適度に熱が通るだろう。それまでは、ここで休んでいれば良い。
さて、コンチータとやらは、この料理を見てどんな反応をするのだろう。とりあえず目に付いた木製の丸椅子腰を落としたシオンはそう考え、もう一度、小さな哂いを漏らした。
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