悪ノ娘 黄のアンコールあるいはビス

投稿日:2018/09/18 22:49:18 | 文字数:5,995文字 | 閲覧数:569 | カテゴリ:小説

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これは追演の物語―
何から語りましょうか―
私の名前は―

企画の趣旨に反していないだろうかとどきどきしながらの投稿です。
いつかの未来、彼女と会っていたかもしれない誰かの物語。
mothy_悪ノP様の作品に対する感謝とリスペクトを最大限に詰め込んで。
お楽しみいただければ幸いです。

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TEXT
 

話をしよう。
その共同墓地は格好の遊び場だった。旧王都という街中では子供たちの遊び場は少なく、近場で人気のなく木々に覆われたそこは最適だった。
私が「彼女」に気付いたのは、ある日のこと。
かくれんぼの場所探しの最中、ある墓標の前の彼女を見つけた。その修道着は確かエルド派のものだ。
私は目の前の「彼女」に見とれていたが、声をかけてみる。私の方を振り返った「彼女」は微笑んで口を開いた。
「私? 私は……」
これは、私と「彼女」と「悪ノ娘」のお話。

修道女はリンと名乗った。彼女は予想通り、エルド派の修道女だった。市での買い物ついでにここを訪れたのだという。
「レヴィア派の墓地を?」
私の疑問にリンは一瞬きょとんとして答えた。
「確かに私はエルド派で、ここはレヴィア派の墓地だけど、私が参拝しない理由にはならないし、亡くなった人を悼むのに宗派は関係ないと思うから」
人からの受け売りだけど、と照れる彼女の姿が眩しい。
私の知る修道女と違い、気楽に接してくるリンがひどく新鮮に映る。
「そういえば、誰のお墓参りを?」
ふと覚えた疑問を投げかける。きっと旧王都在住だった親族だろうとは思うのだが。
「「悪ノ娘」のお墓をね……あまり近寄らないように言われてない?」
「悪ノ娘」、私が物心ついた頃に起こった革命時に処刑された王女の異名だ。随分な独裁者で、自由気儘に贅の限りを尽くした為、罰を受けたのだと牧師様が力説していた。しかし、「悪ノ娘」の話は知っていても、実感はない。革命当時、私は幼すぎたのだ。
「……そう、もうそんなに経つのね」
リンの表情は、どこか哀しげだ。感情が表に出やすいのか、僅かな時間で彼女の変化は枚挙に暇が無い。
いざ考えてみると、「悪ノ娘」の最期は自業自得だろうが、大人たちが延々彼女を咎め続けることが理解できなかった。悶々とする私の肩にリンが優しく手を載せた。
「大人の考えも、あなたの考えも間違ってないよ。それぞれ経験してきたものが違うから、考え方も違う。そんなに思いつめないで。それに、あなたの気持ちは多分「悪ノ娘」、リリアンヌも嬉しいと思うな」
リリアンヌ、「悪ノ娘」の本名。私と同じ年で国を統治し、そして処刑された少女。
彼女が、何故凶行に及び、何を思って断頭台の露と消えたのか、私には分からない。それでも、なんとなくそれだけではない気がした。
彼女に思いを馳せていると、私を探す声が聞こえてきて、リンは日の高さを確認する。
「いけない、もうこんな時間……ねえ、あなたの名前を教えて」
また会うかもだから、とリンは微笑みながら言った。
私にとって毎度のことだが名乗るときは気後れする。少し間を置いていつものように答えた。
「ロゼ、です」
「rosee(露)……いい名前。それじゃ、ロゼ」
またね、と手を振りながらリンは立ち去っていく。入れ替わるように友人たちがやってくる。その内の小さい子が私のそばに真っ先に駆け寄ってきた。
「ろじぇー、みっけ!」
ロジェ……rosier(薔薇)、曾孫とは違い優れた人物であったらしいリリアンヌ=ローゼスの家名から拝借したという、私の名前。気高くあれということらしいが、生憎そんな性格ではなく、あまり好きではない。舌っ足らずな子以外には、ロゼと呼んでもらっている。
リンに嘘をついたことに罪悪感を覚えたが、なんとなく彼女なら笑って赦してくれそうな気がした。

+++++

リンとの再会は翌週だった。礼拝後の諸々を済ませた私は共同墓地へと向かっていた。皆一様に貴族墓地へと赴く。皆リンの話を聴いて興味を抱いたからだ。リンは市の買い物ついでと言っていたから、会えるならば今日だろうと考え連れ立って歩く。
貴族墓地に着くと、予想通り「悪ノ娘」の墓標の前でリンが祈っていた。その姿がひどく綺麗で、私たちは入り口に佇み見つめる。
少しして、祈りが終わったらしいリンに向かって声をかけた。私の声に振り返ったリンは人差し指を口元に当ててから手を振ってくれた。それを合図に皆でリンの元へと駆け寄る。
「今日は随分と大所帯ね」
少し驚いているようだが楽しそうなリンの様子に私は安堵した。
「リンの話をしたら、皆会いたいって聞かなくて。私たちの知ってる修道女様は口うるさいから」
私の言葉にリンは納得しつつも険しげな表情をする。
「そう言っては駄目よ。修道女は皆のことを思って言ってくれているんだから」
少し厳しい言葉を掛けるリンの姿は、私たちの知る修道女と同じようで違うように感じられた。
まあ、お小言はいいか、とリンはわざとらしくおどけた。私はこれからのリンの予定を尋ねてみる。
「特にないけど、買い物の途中で抜け出してきたから、直ぐに戻ろうかなって」
悪戯を告白するようにリンは答えた。本当に表情がころころと変わる人だ。その少女の様な雰囲気に強く親しみを覚える。
しかし、リンの答えには落胆してしまった。リンの事情も分かるが、もっと話してみたい気持ちが強かったので残念だった。
それは他の子たちも同じようで、口々に不満の声を上げている。こういうとき幼さが羨ましい。
「ごめんね。私も、まさかこうなるとは思ってもなかったから」
困ったように告げるリンの姿を見て、皆を宥めようとしたその時だった。
「リン! 見つけたましたよ!」
大きな声が貴族墓地の入り口から聞こえてくる。振り返ると、リンと同じ修道着を着た二人の女性が向かってくる。一人はおばあちゃんくらいの厳しそうな人で、もう一人は白い髪に赤い目をしたお母さんくらいの人だった。
「イヴェット院長、クラリス」
「全く、買い物の途中でふらっと消えたかと思えば……きちんと、お参りは出来ましたか?」
嗜める様な厳しい口調だった院長は途中から声を和らげた。はい、と答えたリンによろしい、と告げて今度は私たちを見て再度リンに尋ねた。
「リン、この子達は?」
「あ、この子達は……」
「私、ロゼといいます! リンさんには先週初めてお会いして、それで皆もリンさんに会いたくて、引き止めてしまったんです」
私は院長の前に出て、弁明した。彼女を引き止めたのは事実なので少しでもお叱りが少なくなればと考える。
「ロゼ……rose(薔薇)ですか、よい名前ですね」
私の謝罪に反応したのはクラリスだがズレた感想だった。それ以上に、私は自分の本名を言い当てられてドキッとする。
背後で、リンが吹き出した。
「違うわクラリス。そのroseはエルフェ語でしょ? ルシフェニア語だとrosee(露)。薔薇はrosierよ」
リンの説明に、私は内心驚いた。リンは単純に言葉の違いを説明しただけだが、鼓動が早まる。
「嫌だ、私ったらとんでもない勘違いを」
リンの指摘に真っ赤になった両頬を抑えるクラリスの姿に、つい笑い出してしまった。厳格な表情だった院長まで口元を押さえて肩を震わせている。しかし、直ぐに小さく咳払いをして話を戻した。
「大体の事情は分かりました。リンの抜け駆けも、帰ってからのお説教で済ませしょう。それ以外については不問とします」
院長の言葉に、私はホッと息をついた。リンが不必要に咎めらず安心した。
しかし当のリンが「お説教」の言葉にげんなりしていたというのは、後から他の子に教えてもらったことだ。
「ともあれ、こうして修道院外の子供と触れ合うのもよいことでしょう。まあ、こちらを管理している教会の方はいい顔はしないでしょうが」
「修道院に子供がいるんですか?」
私の疑問に院長は笑みながら答えてくれた。曰く、彼女たちの修道院は孤児院も併設しており、フリージス商会の寄付を受けているため、大人数を抱えているのそうだ。
更に話を聴くと、彼女たちの修道院は海や千年樹の森に近い立地のため、日常的に行く機会があるのだという。
そんな話を聴いて興味が湧いた。旧王都からも海や森は近いが、おいそれと気軽に行けず大人の引率は必須だ。子供の集まりに大人が混ざると、なんとなく白けてしまうが、彼女たちなら平気な気がした。
墓地の隅に座って、院長は海や森の話をしてくれた。他にもクラリスが料理上手なことや、リンの失敗談なども聞いた。リンはクラリスの方がおっちょこいよ! と力説していたが。そうしている内に日も随分高くなってくる。
墓地管理の牧師様に目をつけられる前に、と私たちは退散する。
「ロゼ、今日は色々楽しかったわ。今度は修道院の子達も連れてこられたら、よろしくね」
別れ際、リンからの再会の約束がとても嬉しかった。私もリンの修道院や海や森に行ってみたい、と告げるとリンは嬉しそうに、絶対来て、と言ってくれた。
そうして私たちは、普段とは違う体験に興奮しながら家路を辿った。

+++++

「ロジェ、あなた、エルド派の修道女と会っているようね」
リンと出会ってから数週間後の夜、夕飯の席で母に尋ねられる。あれ以降、日曜の決まった時間に私達はリンらと話すようになっていた。来る修道女は週変わりで、3人以外が来ることもあった。彼女らの話は説教臭くなく楽しく感じていた。
子供と他宗派の修道女という目立一団に、場所も場所だ。恐らく牧師様にでも見られたのだろう。しかし、リンたちと話すことが悪いとは思わない。
「そうだけど、あちらの修道院とか海とか森の話を聞いくだけ」
「だけって、それがきっかけで教義に感化されるかもしれないじゃない。不用意に他派と関わるべきじゃないわ」
母の咎めに、私はむっとする。最近、考えを押し付けてくる母のことを苦手に感じていた。
「だったら何? 私は悪いと思わない。リンたちは良い人よ。お母さんみたいに押し付けがましくない」
「ロジェ!」
母の逆鱗に触れてしまったようだ。しかし、リンたちが考えを押し付けてこないのも事実だ。彼女たちを知らない母に悪く言われる覚えは無い。
頑なに譲らない私に、母は外出禁止を言い渡すのだった。

次の日曜日。私を礼拝に伴うか母は迷ったようだが、リンたちと鉢合う可能性を考えて留守番を言われた。誰も居なくなった隙を見て、以前見つけた隠し通路を使って外へと出、エルド修道院へと足を向けた。大まかな場所は聞いていて、大きな街道に沿えば迷う心配もない。
今、リンに無性に会いたかった。
しかし辿りついた修道院の門前で、リンが居ない可能性にやっと気づく。門前でおろおろする私を不審に感じたのか、修道院から青年が向かってきた。立派な体格の彼に萎縮してしまう。
「あんた、うちに何か用?」
「えっと、私、シスター・リンに会いたくて、ここに」
「リン姉ちゃん? 今はちび達と散歩だけど。あんた、近くの人間じゃないよな?」
そう言って私を見つめる彼に、さらに縮み上がる。しかし、彼は礼拝堂で待つよう言ってくれた。
「もう色々終わった頃だし、姉ちゃんも直ぐ戻ってくるだろうから」
彼の提案に素直に従って礼拝堂で待つと、直ぐにリンがやってきた。
「ロゼ、急にどうしたの?」
普段どおりに話しかけてくれたリンに抱きついた。私の背を撫でながら少し散歩しましょうか、とリンは提案してきた。

日の照る海岸線を歩く。少し暑いが借りた帽子のおかげで涼しい。道すがら、私はリンに母との諍いを話した。彼女にただ聞いてほしかった。
「お母さんは、ロゼのことが大切なんだね。でも、ロゼの気持ちも分かるなあ。私も反抗ばかりしてたから」
それより性質が悪いかも、と苦笑しながら呟く彼女の目は遠い昔を懐かしんでいるようだった。少しして、私のほうを振り返った彼女は静かに告げる。
「ねえ、ロゼ。私の話を聞いてくれる? 我儘で傲慢だった、私の話を」
そう告げてリンの口から語られた話は、私の知らない物語だった。
我儘な凶行の数々、拡大する戦火、その末路。それは、つまり―。
「ねえ、ロジェ。私が「悪ノ娘」だとしたらどうする?」
私に問いかけるリンの表情は真剣そのものだが、突然の告白に私は戸惑う。
リンは暴政を強いた。
リンは私にとって、姉のような存在。
リンは酷いことをした、悪ノ娘。
リンは孤独に生きた、悲しい人。
リンは、リンは……。
「そんなの、分かんないよ」
本心だ。私は「悪ノ娘」を詳しく知らない。大人たちであれば憤るかもしれない。
でも、私にとって彼女は接しやすい姉のような人だった。少し不真面目なところもあって、でもリンはリンで、彼女の過去は何ら関係のないものだ。
そう伝えると、リンは嬉しそうな表情になった。
「ありがとう、ロジェ」
「あの……私の名前」
いつの間にか、リンは私の名前を正しい発音で呼んでいた。
「最初からなんとなく、自分の名前が好きじゃないのかなって」
私の名前も色々言われたから、と苦笑するリンは楽しそうだった。そうだ、私達の名は同じルーツだ。目の前の女性は、10年後の私なのかもしれない。
私はそんなことを伝えてみたが、彼女はすぐに否定する。
「違うよ、だって10年前の私はこんな聞き分けよくなかったもの」
戻りましょうか、という彼女の背はどこか優しさと悲しさを背負っていた。それは、彼女が積み上げてきたものなのだろう。
確かに私と彼女は境遇も何も違う。私の10年後は彼女ではないだろけど、きっと彼女の姿は忘れない気がした。

戻った修道院で私を待っていたのは院長と母だった。
母は私の姿を見るなり駆け寄ってきた。怒られると覚悟した私を抱きしめる。
心配したと、叫ぶように告げる声に罪悪感を覚え、謝罪の言葉を告げた途端、涙が溢れてきた。
私がは落ち着いてから、母は院長やリンに礼を告げた。
「いえ、諍いを収めるのも我々の務めです。特に娘さんの年頃には、他者の方が案外話せるものですから」
そう告げる院長の姿は慈愛に満ちていて、隣のリンも凛々しく見える。そんなリンが母に向かって頭を下げた。
「お母様、どうか、娘さんの気持ちを否定しないであげてください。どうか、今後も彼女と会うことをお許しいただけませんか」
突然の申し出に母も驚いたようだ。少し間をおいて分かりました、と告げる母の声に今度は私が驚く。
「あなたの真摯な態度はよく分かりました。……この子を無理に引き入れないならば、まあ」
渋々だが今後もリンとの交流を認めてくれる言葉が嬉しくて、私は母に抱きついた。
「ありがとう、お母さん。 ありがとう、リン!」

これは、私と「悪ノ娘」のお話。
私という少女にとって、彼女の姿は脳裏に強く刻まれた。
今日は日曜日。共同墓地の掃除に精を出す。
市も落ち着く時間。そろそろかと思っていると、私を呼ぶ声がする。
振り向いた先に映った彼女は、今日も太陽に照らされて、輝いていた。

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