遠くから私を呼ぶ声が近付いてくる。



 すごい勢いで。



 一瞬誰か分からなかったが、「カイル兄様~!!」とドレスの重さを感じさせないくらいの速さでやってきたのはリリアンヌだった。よくあのドレスで走っていて転ばないものだなと感心しつつ、王女がそんなことをしてはいけないよと窘める。その言葉を受けしゅんとしている彼女をみてなんだか懐かしいような感覚を覚えた。それはリリアンヌの姿が子供の頃の姿だったからだろう。初めて出会った頃の彼女はこんなにも小さかったのか。そしてこのリリアンヌの姿を見てやっと理解する。これは夢だ。最近まともに寝ていなかったから政務中にうたた寝でもしてしまったのか。もしそうならちゃんと休んで下さいと怒られてしまうな。そんなことを考えているとリリアンヌがあ、と声を出す。

 「もう、アレン遅いじゃないっ」
 「リリアンヌがはやいんだよ」
 「だってカイル兄様のところまで競争だって言ったでしょ」
 「そうだけどさ~」
 遅れてやってきたのはアレンだった。この頃のアレン、いやアレクシル王子と私に面識はなかったがこうして夢で出会うことになるとは不思議なものだ。私と出会う前はいつも二人でこうして遊んでいたのかもしれない。目の前で行われる双子喧嘩のようなものを微笑ましく見ていると突然リリアンヌが「かくれんぼをしよう」などと言ってくる。ついさっきまで言い合いをしていたはずだが切り替えるのが早いのは昔から変わらないな。
 「じゃあ最初の鬼は私ね!いーち、にーい」とさっそくリリアンヌが数えだす。
 「カイルさん、早く隠れないと!」
 「ああ、そうだな」
 小さなアレンにカイルさんと呼ばれるとなんだかくすぐったいような気持ちになる。夢というのは不思議なものだ。アレンはそんな私の気持ちなど露知らず、リリアンヌからも見えるような位置に隠れようとしているようだ。近いから逆に気付かれにくいと思っているのか、それともリリアンヌからあまり離れたくないのか。リリアンヌが数字を数えるのももう終わってしまう。私も早く隠れなければ。小さな二人とは違い、現実の姿そのままの私が隠れるのは些か不利かもしれない。さて、どこに隠れようか。辺りを見回すとかろうじて隠れられるような空間を見つけた。入ってみると少々窮屈だったがここなら隠れられるだろう。なんとか隠れられたところでリリアンヌの「もーいいかい」という声が聞こえた。

 「まーだだよ」「もういいよ」
 「もーいいかい」
 「もういいよ」

 「よーしいくよー!」とリリアンヌが元気な声で始まりの合図を告げる。さすがにこの場所ではリリアンヌの姿を見ることができないが、音でなんとなくリリアンヌの位置はわかる。開始から数秒後、リリアンヌの「みーつけた」という声が聞こえた。やはりアレンはすぐ見つかってしまったらしい。
 「じゃあ二人でカイル兄様を探そう」「おー」などという声が聞こえる。ちゃんと二人は見つけられるかな?もし時間がたっても見つけられないならこっちから探しに行ってみるのもありかもしれない。
 そういえばかくれんぼなんていつぶりだろう、と昔の記憶を辿ってみる。思い出すのは母上に言われてやったことばかりでかくれんぼの思い出は浮かばない。そもそも誰かとこんな風に遊んだことなんてあっただろうか。そう思うと年甲斐もなくわくわくしてしまう自分がいる。そんな自分がなんだかおかしく感じてふっ、と笑い声が漏れてしまった。慌てて自分の口をふさぐ。これはさすがにばれてしまったかもしれない。

「みーつけた」

 背中をトンと叩かれる。やはり先ほどの笑い声でばれてしまったようだ。
 「ああ、もう見つかってしまったか。流石だねリリ……」
 リリアンヌを褒めようと振り向いたところで声を失う。

 これは一体どういうことだろうか。想定外のことに頭が追い付かない。私はリリアンヌとアレンとかくれんぼをしていたはずだ。そしてリリアンヌに見つかった。いや、見つかったのだと思い込んでしまっていた。実際、リリアンヌには見つかっていない。もちろん目の前にいるのはアレンでもない。目の前にいるその子は二人と同じ金髪、同じ年頃ではあったが髪の長さも顔つきも二人とは違う。だが、どこか似ている。リリアンヌにも、アレンにも、私にも。

 私はこの子を知っている。
 私はこの子と一度出会ったことがある。
 私が十四歳の時に母が「親戚の子よ」といって城に連れてきた。
 私は彼女の遊び相手を任された。
 私は彼女をモデルに絵を描いた。
 私はあの時黒い箱の中で彼女が言った言葉を思い出した。


 「ネイ」
 彼女の名前を呼ぶ。
 「リリアンヌとアレンはなかなか私たちを見つけられないらしい。だからこっちから探しに行こうかと思っているのだが」
 私の突然の提案にきょとんとした表情をした後、彼女は笑顔でこう答えた。
 「じゃあ二人でリリアンヌとアレンを探そう」
 先ほどの双子の会話を思い出し私も「おー」と答える。思ったより大きな声を出してしまい咳払いをひとつ。そんな私を見て彼女はくすくすと笑っていた。

 ネイが走り出す。ひとまず我々は最初の地点にいることを期待してそちらへ向かうことにした。先ほどリリアンヌが数を数えていた辺りに向かったが二人の姿はない。二人はどこまで探しに行ったのか。念のためきょろきょろと探してみたがこの辺りにはいないらしい。次はどのあたりを探そうかと考えているとネイが「こっち」と言う。彼女のあとについて行くとそこは見覚えがある海だった。砂浜には二人の足跡らしきものがある。どうやらここで正解らしい。足跡をたどると楽しそうな声が聞こえてきた。

「かくれんぼはもう終わりかい?」
「リリアンヌもアレンもなかなかこないからこっちから探しにきちゃった」
「えへへ見つかっちゃったね」
「見つかっちゃったね」
「じゃあカイル兄様もネイも一緒に砂のお城を作るの!」
 かくれんぼはどこへいってしまったのか。ネイと顔を見合わせ頷き、我々もリリアンヌの城作りに加わることにした。大体の土台は二人で作っていたらしい。そこからまた砂を集めて固めて形を作って、と少しずつ形にしていく。主に子ども三人が力を合わせて作っているという感じなので主な部分は三人に任せることにした。私は作るからにはきちんとしたものを作ろうと思い中庭を作っている。……作ってはいるもののこういったものはあまり得意ではないらしい。ところどころ歪な形をしている。立体物は絵を描くようにはいかないようだ。それでもどうにか形にしようと奮闘している間に豪華な城が完成していた。私もそれに負けじと頑張ってみたものの結局中庭は四人で作り上げることとなった。
 双子が「完成!!」と喜んでいるとネイが何やら呪文のようなものを唱えていることに気が付く。いったい何をしているのだろうと見ているとネイは内緒と言うように指で合図をしてきた。

 カチリと音がする。
 すると時計の音、歯車の音、そういった音が砂の城から一斉に聞こえてきた。
 「わああああ」という双子の声。
 ファンファーレのような音と共に砂の城の扉がゆっくりと開かれる。すると扉の中から小さな人形姿のリリアンヌとアレンが出てきた。くるりと回っておじぎをする人形に合わせて双子もくるりと回っておじぎをしている。どうやらネイがさっき唱えていた呪文はこの為にしたものだったらしい。どういう仕組みなのだろう。「ネイ、すごい!」と喜ぶリリアンヌに「それだけじゃないの」と言いながらネイは城の扉をノックする。それを合図に城の中からさらにたくさんの人形たちが出てきた。よく見るとその人形たちは見覚えのある顔ばかりだった。双子のご両親、親衛隊、商人、それに……
 ふと一人の人形が目に付く。あれは私たちの母上だろうか。ネイが生み出したものだからいるのもおかしくはない。だがその人形の母上は双子の両親とにこやかに会話しているようにみえる。どちらも心から幸せそうな表情をしている。それはそこだけではない。そこにいる人形たちは国も職業も関係なく皆が幸せな表情をしている。子供たちが作った夢の城。現実ではありえないような世界がそこにはあった。
 「このお城の中ではみんな仲良しなの」とネイが言う。
 双子たちはいつの間にか眠っている。
 いつの間にか辺りは夕方になっていた。
 「リリアンヌやアレンとお義兄ちゃんと遊ぶのだって本当はだめだって知ってる。でも一度だけなら、夢の中でなら大丈夫だって」
 これは私の夢でも私の夢ではない。



 「ありがとうお義兄ちゃん」



 彼女はずっと微笑んでいた。

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夢の中でなら

子供って純粋でキラキラしてていいですよね。それに振り回される大人もなんだか好きです。そんなカイルさんと金髪の子らのおはなしです。※青までの内容を含みます

閲覧数:511

投稿日:2018/08/30 01:30:03

文字数:3,570文字

カテゴリ:小説

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