射撃場で大きく狙いを外した的を4人が眺めていた。普段は銃を扱う鏡音リンしか用事のないこの場所に咲音メイコと、雅音カイト、そしてリーダーの巡音ルカが訪れていた。
「…………」
 狙いを大きく外し、真ん中付近に命中したのは10発中1発だけ。
「リン……」
 メイコは声をかけようとしたが、リンはは下を向いたまま、顔を上げようとしなかった。
 うかつに声をかけたら逆効果になるのではないか。メイコは言葉を飲み込んだ。
「……」
 リンは愛用の銃を的に向かって投げつけると、そのまま射撃場から逃げ出した。
「いきなりはやはり無理です。あんな事になってしまった後で……」
 ルカは投げつけられた拳銃を拾い上げた。かすかに火薬のにおいがするその銃は、無機質な金属の鈍い光を放っていた。
「……でも、これを乗り越えてもらわなければ……リンは、アコード・バズーカの撃ち手になってもらわなければならないのですから」
 ルカは完成したばかりの新兵器を前にそう言った。
「確かにね……」
 メイコは目の前の新兵器にそっと触れた。
 まだ一度も使われていない、切り札となるべき新兵器、アコード・バズーカは3人のヴォイス・エナジーを結集して放つ、一撃必殺の武器だ。開発からようやく完成にこぎつけたものの、ここにきて大きな問題に直面してしまった。
「機械の故障なら、何とかなるかもしれません。しかし、人の心までは……」
 かつての自分がそうだったように、トラウマを克服するのは容易ではない事を、ルカは身をもって体験していた。


 事の発端は、狂音獣、マッド・マッハーとの戦いだった。
「やれ、マッド・マッハー!」
 ヘルバッハが繰り出した新しい狂音獣は、まるでネコ科の動物が2足歩行を始めたような姿で直立していたが、音速を超えて移動する場合は、本物のチーターのように四つん這いになって走る狂音獣であった。
 音速を超えると、衝撃波が発生し、その波にのまれ、思うように近づく事が出来ないでいた。それに加え、ヘルバッハに対して対抗心を燃やすリンは、ルカの忠告も聞かずに突撃を繰り返していった。
「リン、無理だ!! 相手は音速よりも早く移動するんだぞ!」
 鏡音レンが声を上げた時は、既にホルンバズーカ―の照準をヘルバッハに合わせ、力をためている最中だった。
「あんたは、私が倒すのよ! 覚悟!! ソニックアーム・ホルン・バズーカ―!!」
 フルパワーまでためた光の弾がヘルバッハをとらえたかに見えた。しかし、マッド・マッハーがヘルバッハを抱えて移動。音速よりもはるかに遅いそれは、逃げ遅れた人々が避難していた建物を木っ端みじんに吹き飛ばした。
「…………うそ」
「どこを狙っているのだね」
 ヘルバッハと狂音獣は、リンの前に無傷で立っていた。放心状態のリンに向けて、剣が一閃した。
 だが、剣先はリンの胸をとらえる事は出来なかった。
「…………ほう。これは予想外でした。初音ミク」
「リン、逃げなさい! 早く!!」
 初音ミクは、身を呈してリンを守った。だが、左腕を貫かれ、大量に出血していて、戦うことなどできる状況ではなかった。
「ミクねえええええええええ!!」
 リンは完全に頭に血が上ってしまった。ヴォイス・エナジーが途絶えるまで、ホルンバズーカを放ち続けたのだ。
 声にならない叫び声をあげながら、手当たり次第に攻撃をするリン。すべてが終わった時には、狂音獣による被害よりも、リンの暴走による被害が大きい有様だった。


「リン、返事くらいしてくれよ! リン!!」
 レンは、必死にリンの個室のドアをノックするが、一向に反応がない。夕食の時間には、いの一番にやってくるはずの

リンが、姿を見せない。心配したレンが部屋を訪れたのだが、何の反応もない。
「……そう、ですか」
 大広間に戻ったレンは、リーダーであるルカに事情を説明した。
「……無理に思いつめていなければ……」
「そうね……」
 メイコはちらっと弱音ハクの方を見た。


「ハク、ちょっといいかしら」
 大広間にメイコとハクの2人だけになった。メイコの手に一升ビンが握られていた。
「飲みながらでいい?」
「いいわ。リンの事でしょ?」
 メイコはコップに酒を注ぐと、キッチンにあったつまみを無造作に皿に並べた。
「リン、どうすればいつもみたいに戻るかしら」
「なんともいえないわ。私も同じ、銃を扱っていたからね」
 ハクはメイコから渡された、リンの拳銃を手にした。
「でも、あの子はまだ、子供すぎるわ。戦わせようとすること自体に私は反対よ」
 ハクはコップに入った酒を一気飲みすると、一升瓶に手を伸ばす。
「なら、昔みたいにハクが戦えばいいじゃない」
「……そう出来たらしたいわ……でも、博士の事を考えると……」
「そうよね……」
「昔話かい?」
 カイトが大広間に入ってきた。ヴァイオリンの練習の後だったらしく、大事そうにケースを抱えていた。
「昔話と言えば、僕もみんなに言わなきゃいけない事がある」
 カイトは2人の前に座ると、意を決したように話し始めた。
「実は、ガクトと会ってきたんだ」
「……ガクトと!?」
「ウソ……」
 メイコとハクは驚きの声を上げた。
「俺も、彼は死んだと思っていた。だけど、この前、たまたま彼と会ってしまった」
「…………」
 ハクの表情が明らかに曇っていった。
「あの事は、恨んでいないと……みんなの判断は正しかったと言ってくれた。だが、彼は車いすなしでは生活できなくなってしまった」
「どうして……どうして彼と会ったりしたのよ!!」
 ハクの声が大広間に響き渡る。
「折角、忘れようとしていたのに、どうして余計な事をしたのよ!!」
 ハクはカイトの襟首をつかみ、メイコも見た事もない剣幕で詰め寄った。
「ハク、あいつは君と会いたがっていた。だから……」
「嘘よ! そんな事、そんなことあの人が!!」
 ハクはそのまま、部屋から飛び出していった。
「…………カイト、なんて事したのよ!」
「君達2人から責められるのは、覚悟の上さ。だけど、俺達も、リンの事をバカにはできない。3年間も逃げ続けたんだからな」
 カイトはヴァイオリンケースを手にすると、メイコに一瞥もくれずに部屋を出た。一人残されたメイコは、過去の戦いを思い起こしていた。


 翌朝、カイトは日課のヴァイオリンの練習をするために、防音室へ向かった。だが、この日は先客がいた。
「メイコ……朝が弱い君が、こんな時間に……」
「…………私だって、早起きくらいするわよ」
 防音室の中に入ると、外部からは遮断された、重苦しい空気がその場を支配した。
「カイト、ガクトは、博士の事は何も言ってなかったの?」
「…………残念だが、博士の姿を見る事はなかったそうだ。もっとも、ガクト自身もヴォイス・エナジーの暴走を止めるために、全力を尽くしていたから、何もわからなかったらしい」
「……それじゃあ、ハクになんて説明するのよ! 貴方も知ってるでしょ?」
「ああ。ガクトとハクは……」
「ハクがどれほど傷ついたか、貴方にはわからないの?」
「…………」
 わかっているつもりだ。そう言おうとしたが、カイトは黙り込んだ。
「とにかくこれ以上……」
 その時、アラームが部屋に鳴り響いた。
「また狂音獣か!」
「もう少し、ゆっくり話がしたかったけど、また後で」
 メイコとカイトは、そのまま防音室から飛び出していった。


 再び現れたマッド・マッハーは、再び音速を超えるスピードで移動し、もはや手がつけられないような状況であった。前回の戦いで負傷したミクは戦う事が出来ずに『オクトパス』に待機。リンは戦いの場には出てきたものの、とても戦力になるとは思えなかった。
「リン、しっかり!」
「うん……」
 生気のない返事をするリンを、レンが何とか励まそうとするが、逆効果になっている。
「どうした、音よりも早いマッド・マッハーには、対抗できまい」
「くっ……」
 メイコのソング・ウェイブも効果がない。相手の動きが鈍らない限り、この狂音獣を倒す事は不可能だ。
「……こうなったら、いちかばちか……」
 ルカはできたばかりのアコード・バズーカを持ってきていた。
「……私一人でも……」
 元々、3人で支えて持つバズーカをルカ一人の力で持ち上げるのは至難の技だった。しかも、銃を握った事もない彼女に狙いを定めることは至難の業であった。
「私のすべてのヴォイス・エナジーを使えば……」
「ヘルバッハ! 見つけたわよ……」
 リンがヘルバッハの姿を見つけ、銃口を向ける。
「また懲りずに来たのか。また、街を破壊しに来たのかね」
 ヘルバッハの挑発に、リンは完全に我を忘れてしまった。
「許さない。今度こそ、ぶっ殺してやる!!」
「リン、行っちゃだめだ!!」
「リン、だめ!! 今のあなたでは……」
 レンとルカがリンを引きとめようとしたが、それを振り切り、がむしゃらに走り出した。
「このままじゃ……」
 メイコとカイトは、リンを止めるために走りだした。


「…………私が戦う事が出来れば」
 ミクは『オクトパス』の大広間で、唇をかみしめながら戦況を見つめていた。腕を包帯で吊って動かせない左腕が、彼女の姿をさらに痛々しく見せた。
「…………」
 まるで戦いになっていない状況に、ハクは目を閉じて、3年前の戦いを思い起こしていた。
 自分が負傷して、3人が苦戦している時の事だった。薄暗い地下室でボロボロになりながらも、力を合わせて戦う3人の姿を悔しい思いをして見ていた。
 モニターには、リンがマッド・マッハーに撫で斬りされている。リンを助けようと、レンとルカが加勢に入るが、リンとともに、攻撃を受けて倒されていた。
「…………ミク」
「ハク?」
「ちょっと、行ってくるわ」
「え!?」
 ハクは自室に戻ると、古い形のメロチェンジャーを手にした。
「……ごめん。メイコ、カイト。貴方達だけを戦わせて」
 左腕にそれをつけると、目を閉じた。
「メイコ、カイト。許してほしいとは言わない。でも……」
 目を開くと、ハクは左腕を突き出し、メイコ達とは型の異なるメロチェンジャーの側面にカードを差し込んだ。
「コード・チェンジ!!」
 そう叫ぶと、ハクはカナデ・ホワイトに変身した。カナデンジャーのほかのメンバーとは違い、少し胸を強調するように、V字に切り込みが入り、スカートもメイコのものよりも短めに作られていた。全身が白を基調にしたスーツでヘルメットのシンボルには、五線譜が描かれていた。
 ハクの手には、銃とペン。そして、五線譜が握られていた。
「秩序を司どる、創造の戦士、カナデホワイト!!」
 鏡に映った自身の姿を見て、ため息をついた。
「もう、変身したくはなかった。でも……」
 ハクはそのまま、3年ぶりの戦いへと赴いていった。


「どうした? やはりカナデンジャーもこの程度か」
「…………まだ」
 全身に傷を負ったメイコは、隣で動けなくなったリンとルカの前に立った。だが、ほとんどヴォイス・エナジーを使い果たし、立つこともやっとの状況に陥っていた。ヘルバッハの横に立つマッド・マッハーが豹のように四本足で控えていた。
「これでカナデンジャーも終わりだ」
 顔を上げたメイコは、隣で動けなくなったリンとルカの前に立ちはだかった。カイトは、変身が解除されてしまったレンをかばい、ザツオンの集団と戦っているが、とても戦いとはいえない、一方的に攻撃を受けている状況だ。
「まだ、終わりじゃない!」
 剣を構えるメイコの前に突然、煙幕が投げ込まれた。
「何!?」
 突然巻き起こった煙に、マッド・マッハーが立ち止まる。
「みんな、私につかまって!」
「ハク!?」
 メイコが声を上げた瞬間、文字通り煙のようにカナデンジャーのメンバーは消えた。
「ど、どこに行った! 探せ!!」
 言いようのない焦りを感じたのか、ヘルバッハが珍しく声を荒げてザツオンに指示を出した。
「……成功ね」
 ハクは握りしめたカナデガンに弾を込めた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

光響戦隊カナデンジャー Song-14 不協和音 Aパート

 お待たせしました。とりあえず、第14話のAパートを投稿します。しばらくして、Bパートを投稿します。

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投稿日:2013/10/30 20:36:30

文字数:4,971文字

カテゴリ:小説

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