どうしよう。
私は柄にもなく真剣に考え込んでいた。
どうしよう。…いろいろと。
逃亡二日目、木曜日。それももう日が落ちようとしていた。
もう時間がない、なんとなくそれは分かっていた。逃げてばかりじゃ何も解決しない。駅前の花壇に腰掛け、携帯を見ているフリをしてなかなか答えの出ない問題について考える。
逃げたその時に私の頭を占めていたのは、間違いなくレンに対する怒りと失望だった。
だってレンは分かっていたはずだから―――私が彼をどう思っていたか。なのになんであんな行動に出たのか分からない。
何の前触れもなく、彼は私の信じていた世界にたやすくヒビを入れて見せた。しかも、…あんな方法で。
かっ、と今更頬が赤くなるのが分かる。
その上…ふ、ファーストキス、だったのに!
突き付けられたのはその甘やかな単語からは想像がつかないほど生々しいものだった。しかも飽くまで一方的、こっちの事なんて完全に無視をされていた。荒々しくて不意打ちで、しかも仕掛けて来た当の本人は「ごちそうさま」とでも言いたそうな顔でしれっとしているし。
この野郎。
流石に私が許せなかったのは当然だと思う。なんというか、油断をしていたら背中からばっさりと袈裟掛けに斬られたような感じだったから。しかも、白々しい笑顔で。
私の「特別」なんてただの思い込みでしかなかったんだとはっきり突き付けられたのが、自分でも意外な程にショックだった。
裏切られた。騙された。そんな思いがぐるぐると私を巻き込んで、あの場ではひっぱたいて逃げる以外の選択肢が思い浮かばなくて、その通りに行動してしまった。
とにかく私は落ち着く時間が欲しかった。だから、逃げた。レンからだけじゃなく、いつもの私を形作る世界の全てから。下手に日常の中なんかにいたら一生頭を整理できないような気がしたから。
結局私は通学圏内からかなり外れた辺りの駅をうろつくことを選んだ。女が一人じゃ危ないかも、とは危ぶんでいたけど幸いな事に今まで奇異の目で見られこそすれ、ナンパの類は一切されていない。それもどうなんだろう。
親には何日か帰らないことを逃げてすぐに連絡した。
勿論そこで猛反対と強烈なお叱りを受けたけど、理由を聞かれて「レンにいきなりキスされた」と答えたら爆笑された。その上、身の安全は自己管理でね、という一言で私の逃亡に許可まで出された。何それ。
いや有り難いけど、心配してるんじゃなくて面白がっている口調なのが実に気になる。明らかに楽しまれてる。
まあいいか。その辺については、この問題が解決してから細かいことを問いただしておこう。
もう一度考えをレンの事に戻す。流石に一昼夜経ったせいか、大分冷静に考えられるようになってきた。
別に嫌だった訳じゃない。不本意ながらそれは認める。でも、じゃあ彼は何で今まで沈黙を守っていたんだろう。今になって沈黙を破る気になったんだろう。決まり切った日常と、それを乱す一歩。どうして。
勘違いしている私を見て楽しんでいた?
いや、レンに限ってそれはないと思いたい。私を尊重していたのかな、とも思う。でもそれならあんな事しないんじゃないのかな。しかも、あんな気持ち良さそうな顔で…あ、思い出したら苛々してきた。
ううう、馬鹿、馬鹿、レンの馬鹿。私をこんなに振り回して、悩ませて。馬鹿。分かんないよ、理由なんて。
だからといって、じゃあ素知らぬ顔をして今まで通りの関係を保てるかなんて絶対無理だ。感情を上手いこと押し殺して、受け流して、この気持ちさえ気晴らしでどうにかごまかしたいと思うけど、きっと無理。
今まで通りに、なんてこれから先はもう永遠に通用しないだろう。
最も絶対に無理かと言われればそうでもないんだと思う。ただそれには私の相当強い意志が必要なだけで。
そう、強い意志が必要なだけで。
それを考えると、ふて腐れた私の一部が主張する。
―――なんで私がそんな頑張らなきゃいけないの。あのレンだってあんな勝手な事したんだから、された側の私だって思ったままに振る舞っていいんじゃないかな。しかも事は色恋沙汰、変に取り繕うなんておかしいよ。
段々と私の中の色々な感情がそれに賛同していく。そう、私はレンに振り回された。だったらお相子だよ。今度は私が振り回す番じゃないの。
なんだか変な決意が私の中で固まった。
レン。私はきみに合わせた一歩なんて踏み出さないからね。
ただ、私がこれから今回の事でぐだぐだと悩まされて真っすぐ前を向けない、なんて事にならないように、きみに会いに行こう。会って、伝えてあげよう。私の気持ちを。君だってそれを望んでいるんだろうし。
レンは私が物事をはっきりさせたい性格をしているんだって思ってる節があるけど、私に言わせてもらえばレンの方がよっぽど曖昧な物を嫌がっているもの。
うん、違いを言うなら、私は曖昧が「きらい」。レンは曖昧が「こわい」。
きっと今のこの状況はどっちにとってもいい所なんてない。だからきみの手を取って私の気持ちに引き合わせてあげる。きみが私にそうしたように。
意を決して立ち上がり、自動改札にカードでタッチする。良く知らない駅で聞き慣れた電子音に見送られてホームに立ち、電車が来るのを待つ。
時刻は結構遅く、電車の間隔も十分に一本程度になっている。しかも各駅停車ばかりで、ここから家までそれなりに距離があるけど終電までに帰れるか微妙な所だ。乗り換えを考えればぎりぎりかもしれない。
遅くなったな。
ぼんやりそう思う。帰るのが、じゃない。答えに辿り着くのが随分遅くなった、そういう事。でも危ない所で間に合ったんだ。レベルで言うなら滑り込みセーフ。
なんだかどうしようもなく笑えてきて、電車の来ない線路に向かって苦笑した。
レンも私も、なんというか大概だ。よくもまあ破綻しないでここまで続いて来たなあ、と思う。今から考えれば不器用で間違ってばかりで、でもその時は精一杯で…精一杯だって事さえ考えなかった。だから破綻しなかったのかもしれない。
それもまた何かの巡り合わせに思えるんだから今の私も思考回路が変な風に繋がっているのかもしれない。
駄目だ、帰ったらしっかり寝よう。寝不足特有のステータス異常ですねわかります。
暢気な音を立てて電車がホームに入ってくる。平日夜の上り電車だから乗客はそう多くない。
座れそうだけど、座ったら寝てしまいそうな気がする。立とう。
ドアが開いてみれば思った通りあちこちにぽつぽつと空席があった。それを無視してドアに凭れ、窓から外を覗く。
暗すぎて暗いという事しか分からないけど、たまにぽつりぽつりと街頭やネオンサインが見える。その景色に頭の一部が反応して、宇宙ってこんなものかもしれないと思った。
そこは大部分が何も見えないし、輝いて目を引くものだって本当は綺麗じゃないんだろう。でも、光っていることは評価してもいいのかも。
その時鞄の中で携帯が振動した。メールが来たらしい。
何の気無しに画面を開けた私は思わず見なかったフリをしようかと思ってしまった。
だって、それは、ねえ。
とりあえず文面を見てみて、今度は吹き出しそうになった。
後悔しているようなしてないような、反省しているようなしてないような、私を案じているような案じてないような。何この文面、訳が分からない。
でも頑張って書いたことは分かったから黙殺するのはやめて、返信はすることにした。
と言ってもメールで多くを語るつもりはなかったから一言だけ送信する。「馬鹿」。…なんか後で見返して送信しない方が優しかったかもと思った。謝ったりはしないけどさ。
なんだか、あんなに過剰反応した自分がだんだんおかしくなって来た。いつの間にか鼓動は落ち着きを取り戻していて、我ながら現金なものだと思う。
私はなんで慌てたんだろう。不意打ちされたから、そうかもしれない。
でも、そう、レンとの関係はとても居心地が良くて…その優しい世界を失うのを躊躇ったせいもあるんじゃないだろうか。
綺麗に花が咲き乱れる場所を捨て、未だに何の種もまかれていない場所に踏み込む事には勇気がいる。そして、希望もいる。それを忘れなんて事はできない。
でも――――…
頭の中に描く想像に、僅かに鼓動が高まる。ああ、明日の朝が楽しみ。
きみを、死ぬ程驚かせてやりたい。
「レン」
「!?」
私の声にレンは思いきり肩を跳ねさせた。よっぽど驚いたみたいだけど、そう来なくちゃ。驚かせたくてわざわざ家の前に張り込んだんだから。
目を見開いて気まずそうに私を見るレンはいつもと変わらない服装といつもと変わらない姿をしている。それに一つ笑う。我ながら不敵な笑みだと思ったけど、それはレンの顔が微妙に引き攣った事で証明された。
「リ、リン…」
「このケダモノ」
「うっ」
とりあえず言葉は挟ませない。とりあえず、今は駄目。今だけは、私のリードに従って貰うから。
「よくも不意打ちであんな事してくれたね」
「いやあの」
「私は凄く衝撃を受けました」
「…はい」
神妙に頷くレン。そんなレンに、私は命令した。
「左手出して」
「へ?」
「いいから出すの」
「えー…こう?」
ぶらん、と出された手を思わずひっぱたく。
違う、駄目だこいつ!いや、今の言い方じゃそう出してもおかしくないだろうけど。私の言葉も随分足りないし。
「レン、ほんとにヘタレ!」
「はあ!?いきなり何!?」
くっ、と恥ずかしさに唇を噛む。でも、これをはっきりさせない訳にはいかない。恥ずかしい。恥ずかしい、けど。
自分の左手でレンの左手首をしっかり握るとレンの指が自動的に伸びた。…多分、全力で握ってるから痛くてそういう反応してるんだろうけど。
とにかくその隙を見逃さず、右手をそこに滑り込ませる。
レン、無理矢理ながらエスコートは任せてあげる。でも今はまだ好きだとか愛してるだとか言ってあげない。でも見せてあげる、そんな直接的に言わなくたって伝える方法はあるんだと。
なんだろう、この高揚感。泣きたいような笑いたいようなとんでもなく大きな感情の波に飲み込まれる。
さよなら、居心地の良かったボーダーライン。作り上げたパズルをバラバラにして全く違う絵柄を作る、その愉しさに捕らえられながら私は別れを告げた。
きっと私達は二度とそこには戻らない。バランスを崩して踏み出したその先の方が、強烈な魅力を持っているんだと認めてしまったから。
勢いを付けてレンの胸に飛び込む。私の右手、レンの左手は重ねたまま。リードはまだまだ私のもの。
私はレンを見上げた。そう身長差はないから目と目が間近でかち合う。
訳が分からない、そう語る目に向かって笑って口を開いた。
さあ、男でしょ。
この言葉は最大の譲歩なんだから、逃しちゃ駄目だからね。
「ねえ、レン。抱きしめてくれないの?」
世界の端で、ステップを踏もう。
他に誰もいらない、舞台さえもいらない。
ただ、伸ばしたこの手の先にきみがいてくれるというのなら。
いいよ、
きみのパートナーになっても。
世界の端でステップを・下
リンレンカバーは本家よりも強烈で挑発的だ、これはこれで良い!とテンションが上がったので…はい。
wowakaさんの曲は中毒性高くてどれも好きですが、一番歌っていて楽しいのはこれです。早口部分が多いのですごく楽しい!(ぇ
それにしても本家のネギトロ良いですね、好きです。なのでそこでも嬉しかったり。
そしてギガPさん、良いカバーを有難うございました!流線プリズム、カラオケ化わくてかしつつ待っております。
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ブクマつながり
もっと見る初めて会った頃、私達は非常に仲が悪かった。これは冗談とかじゃなく、本当に。
『あの澄ました女、ホントやだ』
『勘違いクンって嫌いなの』
そんな風に相手を評したのが一番最初だったような気がする。あんまり良く覚えてないけど。
そもそもその原因はと言われると良く分からない。
ただ親戚でもないのに同じ苗字で...世界の端でステップを・上
翔破
* *
「……」
私はアレ以来、レンの顔を見るのが恥ずかしくなった。それはレンも同じ様で、少し視線が合っただけでもパッと外してしまう。……頬を紅くして。
…………そのはずだったよね?
「ひゃう……」
現状報告。今、レンが抱きついています。しかも、なんか服を脱がそうとしています。危険です。
「れ、レン...アドレサンス <※妄想注意>
haruna
僕は、覚悟を決めた。
今日は盛大なパーティーが開かれた。特に誰の誕生日というわけではない。ただ、パーティー好きの両親が主催の、気まぐれのパーティーだ。
リンも僕と同じ事を思っていたらしく、会場を爛々と瞳を輝かせて見ていた。
でも…―僕等は「姉弟」だから。
リンが戻ってくる少し前、母さんに話を持ちかけ...アドレサンス<自己解釈> *1(レン視点)
haruna
シャッ、シャッ。
私のお気に入りの櫛が、私の髪を梳かす微かな音が聞こえた。
私は今、レンに髪を梳かしてもらっている。ボサボサだった髪が綺麗に纏まっていくのを、少し微笑んで見ていた。
パサリ、パサリと櫛で梳かして行く度肩に落ちる、金色と亜麻色の混ざった母譲りの独特な色の髪。
そういえば、私がレンと同じ...アドレサンス<自己解釈> *3(リン視点)
haruna
僕は少し間を置いてから、リンに「隣いい?」と……なるべく震えそうになる声を抑えて、笑顔を作ってリンに聞いた。
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「…リン」
少しの気まずい沈黙の後、僕が口を開く。
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「髪……梳かそうか?」
僕は、...アドレサンス<自己解釈> *2(レン視点)
haruna
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ご意見・ご感想
Aki-rA
ご意見・ご感想
初めまして。朔夜です。
こういう世界観大好きで軽く20回は読み返しています。
これからも読み返します!
そして応援します!これからもよろしくお願いします!
2010/11/08 03:17:25
翔破
初めまして。メッセージありがとうございます!
えっ…20回!?おおお、そこまで気に入って頂けたなら本当に嬉しいです!
応援嬉しいです…割と不定期更新ですが、どうぞよろしくしてやってください!
2010/11/08 17:44:24