耳を劈くように、四方八方を囲むようにして響いてくる蝉の声。

青く、抜けるように鮮やかに映える空。そこに遠く浮かぶ入道雲。

痛いほどに強く射し込む日差しは校庭の土の水分を飛ばし、ゆらゆらと蜃気楼すら見せる。

気を抜けば暑さにやられてしまいそうな、そんな夏の真ん中で。
それらをまったく気にするそぶりも見せず、緑のホースを片手に持って、校庭の片隅にある花壇に向かって水を撒く一人の少女を、僕は日差しよりも眩しいものを見るような想いで見つめていた。

天に向かって大きく背を伸ばし、緑の大きな葉を広げるひまわり達に水を撒いていた彼女は、先を細めて水流を絞ったホースの水が、葉に跳ね返って自分へと返ってくるのに、甲高い声を上げて楽しげに戯れる。

陽光を浴びて照り返すその飛沫が眩しく光り、彼女の周りで跳ね踊る。

その飛沫と戯れて跳ね回る彼女の手の中にあるホースが、それに合わせてまた水を振りまき、同じ事が繰り返されてしまうのを見て、僕は思わず声を上げて笑ってしまった。

その声に振り向いた彼女は頬を膨らませ、こちらへと指をさす代わりにホースを向けると、その先を絞って勢いのある水流をこちらへと飛ばしながら、僕の名前を叫んだのだった。

「笑って見てるぐらいなら手伝え――」





勢いよく抜けていく風には、潮の匂いが一杯に含まれている。

自転車の車輪が轍を刻むアスファルトも、周りに見える家の屋根や壁も。左手側に延々と続いている堤防も、その向こうに見える海も全て、空と同じオレンジの暖かな光りに包まれている。

僕はこの景色が何よりも好きで、そしてその柔らかな色に染まった坂道を、優しい潮の風を切りながら自転車で走り降りるのが、本当に大好きだ。

それを彼女に話すと、自分も一緒に感じてみたいとせがまれたので、慣れない二人乗りをして坂道を勢いよく下っていく。

いつもよりも上がってしまうスピード。流れていく風もそれに応じて強くなる。
乱れる髪を押さえながら、もう少しスピードを落とせという彼女に僕は、君の体重分増えてるからスピードが上がってしまうんだと意地悪を言ってやると、背から廻していた腕に力をこめて、彼女が怒った素振りをしてみせる。

「もう! なんなのそれ!――の運転が下手糞なだけじゃないの~!」

耳元を抜けていく風の音で、僕を呼ぶ彼女の声は聞こえなかったが、減らず口に二人して声を上げて笑い、夕日に染まる海沿いの坂をおっかなびっくり下っていった秋の初め。




それは酷く静かな夜だった。
窓を揺らす風も、遠く聞こえる街の残響も。虫達の音色も無ければ、星達も瞬いているというわけでもない。

ただ炯々と、丸い月が夜空に浮かび、風も無い空をぼんやりと明るく照らしているだけ。
そんな凪いだ夜。

僕の心は同じぐらい穏やかに、細波すら立たず凪いでいた。
それまでの荒々しくうねり、時には感情が津波のように押し寄せてきていた日々がまるで嘘のようだ。

そんな状態で思い返してみた過去の思い出は、普段思い返すよりもとても鮮やかに見えてしまう。
僕達の想いを糧に精一杯咲き誇った花は、様々な色に輝いて見える。

楽しい思い出は黄色やオレンジ。
熱くなり、ぶつかり合ったときなどは赤。
穏やかに、ただ寄り添っているだけで幸せだった緑。

その一つ一つの花弁が眩しく思えてしまうのは、今が暗く沈んでしまっているからだろう。
汲み上げるべき二人の想いはしかし、互いを傷つけるだけのものとなってしまい、花は既に枯れて落ちてしまった。

その花弁を一つ一つ。僕はこうして拾い集めて、思い出していた。
それは気がついたら習慣のようになってしまっていた行為で、鮮やかだった日々を思い返せば、またそんな日が来ると信じていたのかもしれない。
けれどその輝きは小さな棘を含み、僕をまた傷つけていくだけでしかなく、今と比較してしまって僕の心はさざめくばかりだった。

けれど今。
この何か抜け落ちてしまったかのように。妙に落ち着いた心持で見つめてみてはたと気づいたのだ。

落ちた花弁を拾い上げたとして、また咲き戻る事は無いのだ――と。

なんど思い出を繰り返しても、今は進むことも無く止まったままで。だから、拾い集めた花弁で作り上げた花は、生き生きとすることは無く死んでしまったままなのだ。

今こうしてやっと、僕は何をするべきなのか。僕達のために、どうするべきなのかが判った。
心の奥底では判っていたはずなのに、ずっと目を背けてきたもっとも辛い選択。
それこそが、今の僕達には一番ベストな選択なのだろう。


嫌いになったわけじゃない。
今でもまだ、出会った頃と何一つ変わらない想いが胸にある。


けれど、それだけでは駄目なんだ。
どんなに好きでも大切でも。それだからこそ互いを傷つけてしまう事もあるのだと、僕達はその身を持って知ったのだ。


僕が告げなければならない。
僕達がし始めた全て。それを終らせるために。

もう、さよならを言う時なのだと今、僕は気づいたのだ――

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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【小説】JBF~Just Be Friends~【書いてみた】

聞いてるうちに頭にグルグル回りすぎて、思わずちょっとだけ抜粋して書いてみました。
KAITO×ルカでも、他のボカロでも。好きに当てはめてみて読んでもらえるかと。

五ヶ月ぶり近い更新で…す……

閲覧数:454

投稿日:2009/08/03 05:28:14

文字数:2,089文字

カテゴリ:小説

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  • 灰音

    灰音

    ご意見・ご感想

    久しぶりに素敵な小説を読ませていただきました
    落ちた花弁を拾い集めたとして、咲き戻ることはない…
    心に響きました
    その前の過去の回想がとても色鮮やかです、綺麗な色が眼の前を過ぎていくようでしたありがとうございました

    2009/08/15 11:28:53

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