二人の間に僅かに走る静寂。
その背後ではメイド服の女の子が二人組みの男性客に捕まって即席の撮影会ができ、様々な角度からフラッシュをたかれていた。
少しの沈黙の後、メイコの手を合わせた音が僅かな沈黙を破った。
「わお、それは行幸じゃない! で、どこら辺にいるのかしら?」
「ちょうど建物の隅の部屋ですね。ここを右に曲がった先です。ただ、何階かということまではこのGPSマップだとちょっと分かりませんけど」
「てことは各階をチェックするしかないわけね。それじゃあミクちゃんには上の階から降りてくる感じで部屋を調べてちょうだい。あたしは下から部屋を調べてみるわ」
「わかりました、では早速始めましょう!」
「あ! ちょっと待って、ミクちゃん。焦っちゃダメよ、ここは慎重に行動しましょう。せっかくここまで来たのに、卓君に先に気付かれて計画がおじゃんになる可能性だってあるのよ」
嬉々として走り出そうとしていたミクは、その言葉に動きを止めて少し思案して思いとどまった。
「な、なるほど……確かに。では、どうするんですか?」
縋る様な目で見つめるミクの視線に、メイコは腕を組んで指を立てながら思案する。
まさに年上としての威厳の見せ所である。
「まずは偽装ね。このままの姿でいると、先に気付かれる可能性が高いわ。であれば、私たちもばれない様にこのお祭り騒ぎに溶け込み、尚且つうろついていてもおかしくない衣装に身を包んで紛れる必要があると思うの」
「衣装ですか、でもそんなに簡単に違う服なんて手に入るんでしょうか……」
追いはぎでもあるまいし、まさかそこら辺に歩いている人から衣服を奪うわけにもいかない。あとは一度外に出て何か見繕うしかないだろう。
「心配ご無用よ、ほらこれ見て」
しかし、そう思っていたミクとは反対に、メイコが自信満々に胸の谷間から何かを出そうとしている。何でも入りそうなその谷間に僅かな嫉妬感を抱きながら、ミクの視線はメイコの手に握られたものに集中する。
谷間から出てきたのは細長い折りたたまれた紙だった。
カラフルに彩られたそれを見て、
「パンフレットですか。ええと、コスチュームレンタルショップ『乙女ロード』……なんですかこれ?」
池袋か上野あたりにありそうな名前である。
「文字通り、衣装を貸し出してる場所みたいね。きぐるみ、メイド服、巫女服、ナース、その他民族衣装など何でも着付けをして貸してくれるって書いてあるわ」
一着1時間で1000円、延長は最大2時間までで2500円。
こうした貸衣装というものが相場でいくらするのか分からないが、比較的安い値段設定なのではないかと思う。
これならば下手に学外に出て用意するよりも時間もお金も節約できる。
「ということは、ここで卓さんにばれなさそうな服に着替えて探索を始めればいいわけですね」
「その通り! しかもこれ、狙ったようにちょうどこの建物の二階にあるみたいよ。まさに天啓ってやつとしか思えないわ」
確かに、ここまで見事にお膳立てをされると運と言う言葉だけで片付けられないような気がする。
だが、それならなおのこと今が好機。
運も味方する今であれば、この作戦も成功させられるかもしれない。
そんな思いがミクの脳裏を掠め、彼女自身のテンションを更に上げるきっかけとなった。
「それじゃあ、さっそく行って衣装を貸してもらいましょう!」
意気揚々と片手を振り上げたミクの目には熱い闘志が灯っているようだった。
そんなミクに負けず劣らずやる気満々のメイコも、いたずらっ子の子供のように笑って頷く。
しかし、一瞬メイコの視線が違う何かを捕らえた。
それに合わせてか、急に携帯をポケットから出して画面を確認する。
「あ、ごめんなさい! ちょっと先に行っててくれる? 会社から電話みたいなの。終わったらすぐに行くから」
「わかりました、早く来てくださいね!」
「ええ、転ばないように気をつけてね。卓君にも見つからないように」
「はい!」
走って階段を登っていくミクを、笑みを浮かべながらひらひらと手を振って見送る。
楽しそうにしているミクを見ているだけで、自分も元気を分けてもらっている気がするから不思議なものだ。
今はその不思議さを、とても愛しく感じる。
できれば、これからもそうであってほしいとも思う。
(だから、かな……)
そんなことを思って振り向こうとした瞬間。
すぐ傍を、先程まで記念写真を取られていたメイドが通り過ぎる。
極自然に、見知らぬ通行人が当たり前にするかのように。
それ故に。
メイコはその腕を信じられないほどの早業で掴んでみせた。
(問題の種は、早くに摘み取らないとね)
小柄な姿をした、メイド服に身を包むサイドポニーの金髪少女。
メイコに腕を掴まれても、その背中越しからは動揺する気配がない。
顔もよく見ていない少女。
だがただ一つ。分かっていることがある。
そこにいるのは、紛れもない自分達の敵だ。
ぎりぎりと骨を折らんばかりの勢いで腕を掴んで離さない。
これまでミクの前では見せてこなかった冷たく、刺すような感情をむき出しにしてひどく冷静な声色でメイコが話しかける。
「サービスショットを許可するなんて意外ね、ああいう手合いにはもっと冷たくあしらう方だと思ってたわ」
メイコの声に一度肩を震わせると、メイドは握られた腕をちらりと一瞥し、静かに一呼吸して振り返る。
オレンジに近い金色の髪をサイドポニーで結わえた釣り目の少女。
気の強そうな雰囲気の少女は、人らしからぬ存在感を持っている。
それは、ミクやメイコともよく似たものだった。
少女の小さな唇が微かに開く。
「…………別に、これも仕事のうちだから特別に許可しただけ。他意はないわ」
「そう? その割には随分と長いこと留まってたじゃない。それに結構楽しそうに見えたんだけど、あたしの見間違いかしら」
珍しくけんか腰全開で接するメイコに対し、少女は「ハッ!」と鼻で笑って皮肉たっぷりの顔つきで犬歯を光らせた。
「そうかもね。もう少し飲酒を控えてみたらどう? もしかしたらあんたの霞んだ視界もちょっとはマシになるかもよ」
「ご忠告ありがとう、ありがたくて涙が出そうよ」
「そう思うなら、この手離してくんない? いい加減痛いんだけど」
そう言って少女が指差す腕は、既にうっ血して肌が白から青く染まり始めている。
普通なら当の昔に悲鳴やら苦悶の表情を浮かべてもよそうなその痛みに、少女は平然として受け流していた。
「あら、ごめんなさい。視界が曇ってて気付かなかったわ。それにあたし、お酒の飲みすぎで手の力の抜き方を忘れてしまったみたい」
「よく言うわよ筋肉女。で、なんなのよ、何か用?」
「それはこっちのセリフね。あんた、一体ここで何してるわけ」
飾り気も言い回しも考えず、率直な疑問がそのまま言葉となって投げかけられる。
それだけ、この状況はあまりにイレギュラーなのだ。
頭の中にある明確な疑問。
いないはずのお前が何故ここにいる?
「勘違いしなでよね、今日は久しぶりの非番。これは唯のバイトでやってるだけだっての。あんた達とは無関係」
「そう言われてはいそうですかと納得できると思う? だいたい大学のアルバイトなんて、信憑性にかけるし信用できないわ」
「事実しかいってないんだからどうしようもないわ。ここにはたまたま知り合いがいて、割りのいいバイトがあるっていうから受けただけよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ふぅん、あんたの飼い主は飼い犬にまともに餌も与えてないわけ」
「確かにね。でも、他の人にむやみに噛み付いちゃダメってことも教えてくれないダメな飼い主よりかはマシかも」
再びお互いに皮肉の押収が始まる。
しかし今度は少女の口から出た馬鹿らしいという一言で早々に終わりを告げた。
「ま、でもホント。今日はマジであんた達とは関係ないよ。てかそんな四六時中あんた達に付き合いたくないっての。そもそもここにあんたらが来るなんて思ってなかったし」
「…………」
しばしの沈黙。
そしてメイコは肩から力を抜き、少女の腕から手を離す。
「そうみたいね。でなきゃこんな簡単に姿を見せて捕まるはずないもの」
「わかってても手を出してくるあたり、マジで狂犬じゃん」
「ただのかま賭けよ。それにこうして面と向かって話したのも初めてじゃない」
改めて、メイコは自らの佇まいを正し、腕を組む。それを見て少女は掴まれていた腕の痺れを取るように何度か振って力が入るか確認し、青くなっていた部分を摩り始めた。
「これで何回目かしらね、狐さん」
「そのコードネーム、正直嫌いなんだけど……さあね、そんなことわざわざ言うと思う?」
ようやく腕の痺れが取れたのか、狐と呼ばれた少女はメイコと同じように腕を組んできつい視線を向ける。
「言わないでしょうね。でも大方予想がつくから、これはただの話題づくりよ」
「だったらもっと取っ掛かりやすい話題にしろっての」
「あら、だったらもっとあなたのこと教えてくれないかしら? 何も分からないのに取っ掛かりも何もないでしょ」
「イ・ヤ。別にお互い親しくしようなんて思ってないんだから、そんなツマンネーことしないっての」
「あら、わりと本気だったんだけど、嫌われちゃったわね」
残念、と舌を出してメイコが笑みを浮かべた。
ちょっとおどけたような反応を示すメイコとは裏腹に、少女の顔は更に険悪になる。
「で、どうすんの? やる気なわけ?」
言うが早いか、少女は気付けば半歩引いた状態でメイコに相対している。
袖の内側に、何か仕込んであるのがなんとなくわかる。
おそらくナイフだろう。
距離のとり方も完璧、思わず拍手をしたいほど臨戦態勢だ。
だが、と思いながらメイコは少女にただ首を横に振って見せ、両手を前に広げて意思のなさを示す。
「まさか。せっかくのお祭りなんだし、こんなところで暴れても逆に冷めるだけでしょ。それにあなた自身、そんな気まるでないじゃない。最初手を握ったとき意外、あなたから殺気をまったく感じないわよ。むしろ動揺の方が強かったかも」
おいおい、と少女はうんざりとした感じで脱力してみせる。それに合わせて構えも一瞬で崩れてしまった。
「殺気とか……なんのマンガだよ。まぁでも、体育会系はこういうとき便利ね。ご名答、そろそろ休憩時間も終わりだし、できればいい加減開放されたいってのが本音」
なんならシフト表見る? と聞いてくる少女。だが、メイコにしてみてもそんなことは必要としていなかった。
相手に敵意はない。何かしらの策があるというわけでもないようだし、何か隠しているにしてもやり方がお粗末過ぎる。
で、あれば欲しいのはたったひとつだけ。
「わかったわ、それじゃあ今日はお互いこれ以上干渉しあわないってことでOK?」
「はいはい、わかったっての。今日一日あんたらと関わらずにいられるんならむしろ願ったり適ったりだよ」
半目で嫌そうに片手を横に振りながら、心底めんどくさそうにそんなことを言う。
多分、さっきまでの会話を鑑みるにこれが彼女の本音なのだろう。
「それは良かったわ。それじゃね」
どこか男らしくも感じる雰囲気を漂わせながら、片手を上げて去っていく。
「おい、筋肉女」
しかし、その背中を呼び止める声がした。振り返るメイコの前にいる少女は、先ほどまでとはまた違う真剣なまなざしを向けてきている。
「一言だけ言っておく。うちらは既にかなり目標を絞ってこれてる。覚悟しといた方がいいよ」
少女の言葉に、メイコは内心で驚いていた。それは話の内容というより、その話を彼女がしてきたことについてだ。
「へぇ……、言ってることはよく分からないけど、それって塩を送ってくれてるってことかしら?」
ポーカーフェイスを崩さないように、微かに口の端を上げて笑ってみせる。そうすることをわかっていたのか、少女が落胆にも似たため息をついて頭をくしゃくしゃと掻いた。
「ああそうね、わかんないだろうね。ったく、めんどくさい。違うよ、ただそう言ってあんたらがどうすんのか見てみたかっただけだよ。そっちだってそろそろ気付き始めてる情報だし。そんだけ、んじゃな!」
言いたいことは全て言い終えたらしい。
ドシンドシン、と足音がしそうなほど荒々しく少女が歩いていく。
それはまるで、照れ隠しに意地を張っている子供のようだ。
そんなことを思ってしまうと、その姿がなんだか見た目以上に幼く感じ、メイコはつい笑ってしまいそうな衝動を堪えた。
だからなのか、メイコは不思議と嫌いにはなれなかった。
彼女も、それなりに何かを抱えて生きているのだろう。そう思えた。
遠ざかっていく少女に、メイコは一言声をかけて振り向かせる。
「メイド服、凄く似合ってるわよ」
「……っ!? う、うっさい馬鹿!」
頬を赤くさせて逃げるように走っていく少女を見て、メイコはしてやったりと満面の笑みを浮かべた。
そして、こうも思う。
できることなら、もう出会うことがありませんようにと。
それが、きっとお互いのためなのだ。
もし仮に、再び会うことがあっても。
それは、もっとお互いを認め合える状況であって欲しい。
そう思わずにはいられなかった。
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BPM=156
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