「な…何!?何するつもりなの?」


 レンの突然の発言に、リンはただただおろおろしている。

 レンは少し期待を込めたような、願いを込めたような、それでいて心なしか焦っているような、諦めているような、そんな複雑な顔で話しだした。


 「俺達の音波は、全てを叶える奇蹟の音…ルカさんはそう言ってたよな。」

 「う…うん…。」

 「…可能性は低い。零に近い。だけど、もしも可能だったら…俺達の手で皆を…グミさんを…!!」

 「…!!そうか…そっか!!やってみる価値、あるよ!レン!!」


 レンの考えに気付いたリンは、意を決したという顔をして、右手を天に掲げた。

 レンもまた強く頷いて、左手をリンの右手に合わせるように天に掲げた。



 『ツイン・サウンド…リカバ――――――――――っ!!!!』



 澄んだ、しかしそれでいて力強い叫びが響いた。

 二人の手のひらの上に、金色の光の珠が生まれた。その光は次第に大きくなり、そして―――――そこから太い光の柱が迸った。

 天に伸びてゆく光の柱。それは雲を突き抜けた先で再び光の珠を形成した。

 光の珠は一瞬小さくなり、そして再び膨れ上がって―――――八つに裂けて地上に降り注いだ。

 メイコに。カイトに。ミクに。ルカに。ロシアンに。―――グミに。

 そしてリンとレン、がくぽにも光は降り注いだ。


 「な…何!?何なの!?」


 混乱するミク。その時だ。


 「…え?」


 ルカはふと自分の腰に違和感を覚え、手を当ててみた。

 自分の身体の中で、何かが起こっている。

 そう…腰椎。その「何か」は、がくぽに砕かれた腰椎で起こっていた。


 (この感覚は…再生…!?)


 まさか。だけどそうとしか思えない。ルカは一か八か、足腰に力を入れた。



 ふわり…。



 軽い。体が軽かった。腰の痛みなど全く感じることなく、ルカはまっすぐに立ち上がった。


 「る…ルカ姉…!!」


 ミクが驚いた顔で見ていた。

 ルカの顔がみるみる明るくなった。そしてふとミクのほうに目をやると、今度はそれが驚愕の顔へと変わった。


 「ミク!!み…右手が!!」

 「え!?」


 咄嗟にミクが目を向けた方向では―――切断された右手首の切り口が、金色の光で包まれていた。

 突如、右手首がふわりと浮かび、そして腕のほうに近づき、切断面にぴたりとくっついた。

 その瞬間、金色の光は一層強く輝き、右手を包んだ。思わずミクは目をつぶった。

 再び開いたミクの目に飛び込んできたのは、傷一つなく修復された、ミクの右手だった。みるみるミクの目に涙が盛り上がっていく。


 「…ルカ姉…手が…手が…!!良かった…良かったぁっ…!!」

 「ミク…。」


 嬉し涙をボロボロこぼして喜ぶミクを、優しげな眼で見つめるルカ。

 しばらくして、今度はメイコとカイトがむくりと起き上った。その体…いや服にすら、傷は残っていなかった。


 「ん…あたしたち一体…?」

 「…ん!?リン!!レン!!まさかそれ、音波術かい!?」

 「そうさカイト兄!!」

 「これがあたしたちの力!!」


 そしてルカの足元でも、ロシアンの体が瞬く間に回復していた。

 砕かれた左肩と肋骨、切り裂かれた右肩。あっという間に傷は修復されていき、ロシアンは力強く立ち上がり、感嘆の声を漏らした。


 『なんという…力だ…。これがあいつらの…あのおちゃらけた双子の力だというのか…!!』

 「…ええ…。私の…自慢の仲間よ。」


 言った後、ルカは少しばかり目を伏せた。


 ―――だけど…彼女は戻ってこない…いちばん戻ってきてほしいあの子は…もう…―――


 その時だ―――ルカの隣から、声が聞こえたのは。




 「…う…。」




 「え!?」


 ルカは驚きのあまり、首がねじ切れんばかりの勢いで振り向いた。

 そこには、グミの亡骸―――『だった』ものがあった。

 いや、それはすでに亡骸ではなかった。傷がみるみるうちに修復されていき、肌の色に温かみが戻ってきた。

 そして―――緑色の眼に小さな光が瞬いたかと思うと、ピクリ、と指が動いた。


 「!!?…グミちゃん…?」


 恐る恐る呼びかけてみるルカ。すると―――――



 「…………う……ル……ルカ……ちゃん………?」



 か細い声で答えたグミが、ゆっくりと体を起こした。

 二度と聞けないと思っていた声。二度と見られないと思っていた優しい顔。

 ルカの眼から涙があふれ、ぐしゃぐしゃになった顔に笑顔がはじけ、


 「…っ、グミちゃんっ…グミちゃああああああんっっ!!わあああああああああ……!!!」


 そしてグミに抱きついて、わんわん泣き始めた。


 「…ルカちゃん?あたし…あたし生きてる!?生きてるぅ!!あたし、あたし生きてるよおおおっ…!!!!」


 グミもまた、大声で泣き出した。嬉しさがにじんだ、二人の泣き声。それを聞きながら、リンとレンは満面の笑みを浮かべた。


 「零じゃない可能性に、駆けた甲斐があったな!リン!!」

 「…うん…うんっ…!!よかった…よかった…!!」


 思わず二人はハイタッチを交わした。パァン!と響くその音は、真の意味での、「C’sボーカロイド」の完全勝利の証だった。

 その時だ。



 「…む…ぬう…。」



 全員がはっとして振り向いた。そこでは、がくぽが今にも起き上がろうとしていた。ツイン・サウンドは仲間のみならず、がくぽをも甦らせていたのだ。


 「…なぜ助けた?」

 「かつてのとはいえ、仲間をほっておけなかった。それで充分だろ?」

 「馬鹿を申すな!!拙者は貴様らを殺そうとしたのだぞ!?甦らせれば、また襲われるやもしれぬとは考えなかったのか!?」


 声を荒げるがくぽ。生粋の戦士の精神を持つがくぽにとって、リンとレンの考えはただの甘さとしか映らなかったのだ。

 リンは表情を変えずに、しかし少し諭すような口調で話しかけた。


 「思ったよそれぐらい。…だけど、だからなんなの?って話。あんたがどれほどあたしたちを殺そうと思ったって、あたしたちの中じゃあんたはまだ一緒に歌ってた頃のがくぽさんでしかないの。仲間だった頃のがくぽさんのままなの。それを見殺しにするなんて…少なくとも、あたしにはできない。」

 「それともう一つ。俺達は、この十五年間ずっと願っていた力を手に入れた。それもただ敵を追いやる力ではなく、大切な人を想い、仲間を想い、そして信じて初めて使える力だ。救える奴はみんな救いたい。たとえあんたが俺達を敵と見なしても、俺たちはあんたを敵とは見なさないさ。」


 レンが言葉を添える。それをがくぽは、黙って聞いている。

 リンとレンはがくぽに一歩歩み寄って、再び口を開いた。


 「もしもこれでもまだ俺たちを殺そうというなら、俺たちの想いの強さをわかってもらうまであんたと闘い続ける。それであんたがボロボロになったら、何度でも治してやる。」

 「それは苦しめたいがためじゃない…がくぽさんに、昔一緒に歌ってた頃の心を思い出してもらいたいからよ。そのためだったら…何度でもお相手するわ。」


 がくぽはしばし俯いて、そして仰向けに倒れこんだ。


 「!?がくぽさん!?」


 リンが思わず駆け寄った。すると、がくぽは小さく笑い出した。


 「…ははっ…はははっ…はっはっはっは………参った…参ったよ…。拙者の…完敗だ…!!…ははは…。」


 がくぽは少し寂しげな、それでいて清々しそうな表情で笑い続けていた。それを見たルカは、思わず苦笑いした。


 「…まったく…困った奴…そして…大した子たちだわ…リン…レン…。」





 ちんっ、と涼やかな音を立てて、楽刀が鞘に納められた。


 「それでは、拙者はここで行かせてもらうでござるよ。」


 先ほどまでの鬼気迫る表情が嘘のようににこやかながくぽが、ルカたちに告げた。


 「やっぱり…行ってしまうの?がくぽ…。」

 「ああ…結局拙者は、お主らの討伐に失敗してしまったわけだからな。このことが知られれば、刺客が拙者の事を殺しに来るであろう…。」

 「がくぽさんを殺せるような奴が…まだいるっていうの!?」


 ミクが仰天した。がくぽは若干悔しそうな表情で小さく頷く。


 「悔しいが、本気を出したら拙者どころかこの星を『死の星』に変えられるほどバカげた力を持つ奴がいる。そ奴らが殺しに来る可能性もある…気を付けることでござるな。」


 リンはグミに目を向けて尋ねる。


 「グミさんはここに残るんだよね?」

 「まぁね。この町は暮らしやすそうだし、ステージもあるみたいだから。ルカちゃんと一緒に歌いたいしね!」

 「ふふ…っ!改めてグミちゃん!ようこそヴォカロ町へ!」


 その場にいた皆の顔が笑顔に包まれる。ひとしきり笑った後、がくぽは踵を返して歩き出した。


 「それではそろそろ行かせてもらうでござる。皆の衆、達者でな。」

 「あ…まって!」


 ルカが突然がくぽを引きとめた。がくぽは少し驚いたような顔で振り向いた。


 「私…いえ、私たち、いつかがくぽが安心してここにいられるようにして見せるわ!その時は…また戻ってきてくれる?」


 しばし目を見開いていたがくぽは、しばらくして優しく笑った。声には出さなかったが、ルカはその心を、しっかりと受け取った。



 ――――――またいつか。その時は……―――――



 がくぽはそのまま、飛ぶように去っていた。

 そのがくぽの後姿を見つめるルカたち。その時、ミクが何かに気づいて素っ頓狂な声を上げた。


 「あれ?あれあれぇ!?そういえば…ロシアンちゃんは!?」

 「あ!!」


 先ほどまですぐそばにいた、ロシアンがいなくなっているのだ。

 あたりを見回すルカ。その時、ルカの胸飾りが碧く輝き始めた。


 (これは―――『心透視笛』からの通信!!)


 一年前、ロシアンが街に現れたときのこと。去りゆくロシアンに、ルカがネルに頼んで作ってもらい渡した、『心透視』による通信を可能とする道具。それが『心透視笛』だ。


 「ロシアンちゃん!?」

 『…突然で悪いが、吾輩もそろそろ旅立たせてもらうぞ。色々散々ではあったが、久々にお主らと出会え、久々にいい時を過ごせた。次に会うのは何時になるか分からぬが、また世界を一通り旅してくるとしよう。』

 「そう…。…元気でね。いつでも待ってるから…ね?」

 『…ああ。諸君、また会おう!!』


 『心透視笛』の通信が切れたその瞬間、ドウ!!と轟音が鳴り響いた。一同が驚いて空を見上げると、碧い焔を撒き散らしながら、ロシアンが空の彼方へと飛び去って行った。

 ルカはそれを、寂しそうな、だけど優しげな笑顔で見送った。


 「…また…いつか…!」





 紫色の髪を揺らしながら、碧い焔を残しながら二人の訪問者は去っていった。

 静かな夕闇は、新たな力を手に入れた『鏡』を含めた、六人の『戦士』を、優しく見守るのであった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

紫色の騎士と鏡の音 Ⅸ~死闘の終わり~

全ての終結です。こんにちはTurndogです。

グミちゃんもがくぽも無事蘇りましたあああああっ!!
そう!!この小説のコンセプトは「ボーカロイドは死なない」なのです!!
人間は寿命が来たらやむなく死なせますけど、この小説のボーカロイドは「ボーカル・アンドロイド」なわけですから。気を付ければ不老不死にできるんです!!死んだらどうするのか?蘇らせればいいじゃないか!!
…卑怯?ありがとう、最高の褒め言葉だ。
次回作はそんな言葉がぴったりの男が主役です。

次回のエピローグで、あの人が出てきます!!「えっ、いたの!?」とか言った人はツイン・サウンドの餌食になってもr(黙れ

閲覧数:429

投稿日:2012/04/29 16:00:12

文字数:4,665文字

カテゴリ:小説

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  • しるる

    しるる

    ご意見・ご感想

    あれ?猫殿もいなくなるんだ…
    結果的にはグミが増えたねw

    がくぽはピンチに助けにくるタキ○ード仮面とか、ピッコ○とかみたいになるんだな!w

    2012/04/30 07:05:34

    • Turndog~ターンドッグ~

      Turndog~ターンドッグ~

      グミちゃん便利だよグミちゃんww

      さて?そもそもがくぽ次どこでどう出そうかすんげえ迷ってるモードwww

      2012/04/30 19:10:22

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