「博士、準備が整いました」
「分かったわぁ。それじゃあ、早速取り掛かって頂戴ねぇ」
「分かりました、博士。・・・結果が出てき次第、報告に参ります」
「・・・せいぜい、失敗しないようにお願いしますわぁ。せっかくの研究材料を死に至らしめることの無いようにぃ。・・・このチャンスをしっかり我が物にしなくては、次に進めないわよぉ。私も、貴方もね」
「承知しております、博士」
そう言って、青年は一礼し、部屋から出て行った。
「・・・さあて、せっかくのいい話をもらったもの。しっかり活かさないとねぇ・・・? そうでしょ、『博士』さん」
誰もいない静かな空間で、博士は独り、机の上の写真立てを見る。
写真に写っていたのは、『博士』と少年だった・・・。

ほのかに秋の香りが混じる風が吹く午後2時。
「・・・」
窓から空を眺めている髪が青く、瞳も青い男の子が、とある部屋にいた。この部屋には『実験13』という通り名があるが、それがどう意味を表すか、男の子にはまだ分からなかった。気づいたら、ここにいた。ただそれだけのことの、悲劇のような悲劇。
「・・・カイコ、実験よぉ。・・・あら、また空を見ていたの?」
足音を全く立てずに、博士はカイコという男の子に近寄る。
「はい、博士」
声変わりしていないその声は、まるで女の子みたいだった。
「空、ね・・・。・・・・・空」
「?」
悲しそうに笑う博士を、不思議そうに見るカイコ。
「さぁ、とにかくぅ、実験の時間よぉ。ついに、この時が来たわぁ、きっと終わった頃にはまるで生まれ変わったような感じでしょうねぇ。・・・性格、外見、生物学上とかぁ♪」
「・・・あの、」
可愛らしくはしゃぐ博士に、カイコは口をはさむ。
「なぁに?」
「・・・・・・博士は、結婚されてるんですか?」
「ほえっ」
あどけない瞳で見つめられた博士は目を丸くする。
「け、結婚・・・??? 何それ・・・カイコ?」
「好きな人と、この世界で一緒に暮らすことです」
「へぇ・・・。・・・この世界って、どういうことかしらぁ?」
「人である以上、必ずこの世界とは別れないとだめなんです。人はそういうものですから。・・・ね?」
「・・・もう少し詳しく説明しなさいよ、カイコぉ?」
「それで、・・・えっと、好きな人とは元より一緒なんです。でも、この世界に来る時に、必ずはぐれてしまうんです。だから・・・」
「・・・・・・偶然巡り会った2人が、この世界で一緒に暮らせるのが結婚というものなのね。カイコ」
「はい。全く異論ありません」
その時のカイコの笑顔を見て、博士は何故だか胸がきゅんとした。してしまった。
「・・・」
「どうしました? 博士、顔色が真剣ですけど」
今しがた感じた感情をどう処理していいか分からず、一切の動作を止めてしまった博士の顔を、心配そうにのぞきこむカイコ。
「いっ、いーえ、何も、ないわよ。何もね。・・・さて、実験よ。・・・頑張ってね」
何でもない風を装う博士は、淡く微笑む。
「分かりました」
カイコは頷いて、
「・・・博士も、頑張って下さいね」
にっこりと純粋な笑顔で言って、部屋から出て行った。
「・・・・・・」
部屋に残された博士は、表情をくしゃくしゃにする。
「・・・実験体なのに、・・・何で。・・・何でよぉ。・・・・何で、」
そして、崩れ落ちて床に座り込む。
「・・・・何なのよぉ、この感情はあああああああああああああああああああああああああ!!」
博士の叫び声が、部屋中いっぱいに、響き渡ったのだった。

「・・・」
博士は自分の受け持つ誰もいない自室に戻っていた。
もう、何かをする気力も無かった。ましてや、『感情の変化』を教えてくれたあの青い男の子が実験体になる実験など、今の博士には、とてもじゃないが直視できるわけが無かった。
「・・・・・・」
博士は、机の上の写真立てに目を落とす。思わず、ため息。
「・・・全ては、あの事件から、始まったのよね・・・」
だが、今は今だ。過去のことなど、知らない。
今は、今できることをしよう。
「・・・」
博士は、カイコがしていたように、窓から空を眺めてみた。・・・空になりたいと、思った。

「博士、実験が無事終わりました」
それから何時間経ったのだろうか。外はすっかり夕焼け色に染まっていた。
「・・・そう。・・・実験t、いえ、カイコは?」
「実験体ナンバー8902015号は・・・」
「・・・カイコと呼んで頂戴」
「失礼しました。博士」
「それでぇ? 結果は一体どうなったのかしらぁ?」
「カイコは、今は休んでおります。・・・何か、心理的副作用が出たのでしょうか・・・」
「んん? なあにぃ?」
言葉に後半が気になり、博士は問いかける。
「実験は成功しました。『性転換』が主なベースとなるこの実験は、ですが。しかし、副作用は避けられなくて・・・」
「・・・・そうよねぇ、いきなり男の子が女の子になっちゃったものねぇ。そういう心理的副作用、つまり心理的ショックは当然のことだから、大丈夫だと思うわぁー」
「そうだといいのですが・・・」
「んー? 何々、まだ何かあるのー?」
「・・・・・カイコは、・・・『博士と結婚したかった』と、言っておりました」
「・・・・・・・・・・・!」
青年研究員の言葉に、博士は思わず大きく目を見開く。
「・・・ほら、女の子じゃ、無理です。だから・・・」
「一人にして。お願い」
「分かりました。何かあったら、そこの内通からいつでもお呼び下さい」
青年は、内通電話を指差して言った。
「・・・分かったわぁ」
「では」
軽く一礼し、青年は出て行った。

「・・・」
再び、脱力。再び、・・・ため息。
「・・・何で、こんなことに・・・」
実験は常に集中し、常に冷静でいなければならない。それなのに冷静を失うどころか、実験体にまで愛着を持ってしまった!
「私、・・・何故」
実験を、止められなかったのだろう。
「・・・はぁ」
考えれば考える程分からなくなる博士は、ため息で見えない何かを追い払ったのだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

日常的環和 22話 物語は終わることは無くまた続きは訪れる その2

こんにちは、もごもご犬です、こんばんは!
今日はキーボード叩き過ぎて手が痛いです><
・・・ということはさておき、本日最後の作品は前回のその1の続きとなる話です!
どんどん話はシリアスに沈んでいってます←
続きは相当後になると思いますが、楽しみにして下さると嬉しいです!

次回の作品も、お楽しみに!^^

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投稿日:2010/10/03 16:34:52

文字数:2,498文字

カテゴリ:小説

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