#3
次の日曜日、俺たちは約束通りに水族館に行くことになった。
けほっ!けほっ!
リンが玄関先で咳をした。
「おいおい。風邪か?幽霊も風邪ひくんだな。」
俺はリンを少しからかうようにいった。
「そんなこと…けほっ!…ないわよ。」
リンはそう言いつつも、咳をしていた。
「そうか?結構辛そうだぞ?…今日の水族館はやめるか?」
さすがに心配になって、そう提案する。
そういえば、おとといくらいからずっと咳をしている気がする。
「…いやよ。今度こそはちゃんと一緒にいきたいんだから。」
そういって、リンは首を横に大きく振った。
「…おねがい。けほっ!」
リンは咳のしすぎのせいで、目が潤んでいた。
「…わかった。だけど、無理はするなよ。」
さすがに潤んだ瞳でおねがいと言われたら、男として聞かないわけにはいかない。
「うん。ありがと。」
俺はリンのその一言にドキッとしてしまった。
あれ?こんなことは前にも…
俺は再びデジャヴを感じた。
「レン。早くいこう。」
俺はリンの声にハッとして、先に歩き始めていたリンの後を追った。
さすがに日曜日の大通りはものすごい人と交通量だ。
リンは家を出た時よりも、心なしか顔色がよくない。
「リン、大丈夫か?やっぱり今日は…」
「いや!…おねがいだから!」
リンは俺に必死に懇願する。
「でも…」
「辛くて、無理そうなら…けほっ!いうから…」
昔からリンは一度言いだすときかない。
「…わかったよ…ほんとに無理はするなよ!」
「…うん。」
そういっているリンの目は焦点があっていないかのようにおぼろげだった。
「ほら…じゃぁ、せめて手をつないでいこうぜ。」
「やめてよ…はずかしいじゃない!」
「だいじょうぶだ。周りにはみえてないから。それに…その…なんだ…心配…なんだよ。」
俺は我ながらこっぱずかしいことをいっているなと思いつつも、左手をリンのほうに向けた。
それをきいたリンはおとなしく右手を差し出した。
リンの手を握るなんて小学校の低学年以来だ。
そしていざ、彼女の手を握るとあったかくて、柔らかい感触があった。幽霊だって、こんなに温かい手をもっているんだと驚いた。
俺たちはお互いに少し恥ずかしく、そして少し気まずく、無言のまま、大通りを突き進んだ。
すると、【あの場所】が見えてきた。
大通りと小さな路地が交わる交差点。
そう、その交差点こそ、一カ月前にリンが交通事故にあった場所である。
点滅する青信号を無理して渡ろうとして、左折してきた車にはねられたのだった。
俺たちは、なお一層気まずくなり、目を合わせないように無言で歩く。
目の前の【交差点】の青信号が点滅している。
俺は点字ブロックの手前で脚を止める。それと同時に俺の左手が前にいく。
「…えっ?」
俺は驚いてリンをみる。リンはふらふらとしていて、いまにも倒れそうだった。
信号が赤になりつつあることさえ、気がつかずに前に進もうとする。
その時、こちらに左折しようとする車のウインカーが目に入る。
「リン!!!」
俺は咄嗟にリンの手を握っている左手を思いっきり引いた。その結果、リンの体を歩道に引き寄せることに成功する。しかし、その反動で俺の体は前に倒れていく。
「しまっ…」
俺の体は車道に倒れ込むように倒れてしまった。
車が左折をして近づいてくる。
そして次の瞬間、俺の目の前が暗くなる。
その場に沈黙が流れる。
「…大丈夫かい?」
その声を聞いて、俺は助かったのだと思った。
通りすがりの人なのだろう、男性が心配そうに話しかけてきてくれた。
「…お嬢ちゃん?」
「えっ?」
その男性はそういって歩道で倒れていたリンに手を差し伸べていた。
さらには周りにいる他の人たちもリンを見て心配そうにしている。
リンが【見えてる】?
「お嬢ちゃん!君、すごい熱じゃないか!…まってろ、今、救急車を呼んでやるから!」
男性はふらつくリンを支えて、携帯電話をとりだした。
そして、俺は車にひかれたはずなのに、どこも怪我がなく、横断歩道に横たわっていた。
「俺…たしか…ひかれて…」
俺は体を起して、自分の体を見渡す。
と、その時、さっきとは別の車が左折してくる。
「わぁぁぁ!!」
俺は思わず目をつぶる。
しかし、いつになっても衝撃がこない。止まってくれたのだろうか?
そう思い、俺はおそるおそる目をあけた。
すると、目の前に車はおらず、車はすでに通り過ぎていた。
俺はその状況を理解できずにいた。
ビキッ!!!
すると次の瞬間、頭の中で何かが切れたような音がして、ものすごい頭痛に襲われた。
いろんな情報や思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
そして、次の瞬間には全てを理解した。
…いや、正確には…【思いだした】。
リンは幽霊ではない。
あの時、ここで事故に遭ったのは…………
【俺】だ。
【俺自身】が幽霊なのだと。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
俺は発狂した。しかし、その叫びさえも周りの誰にも届いてはいなかった。
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もっと見る#4
俺は病院のベッドの上の眠っているリンをただ黙ってみていた。
あの後、男性が呼んだ救急車でリンは運ばれた。むろん、それに俺も乗ってきたわけだが、誰も俺の存在に気がついてはいなかった。
ガララッ!
「はぁ…はぁ…リン!!」
病室のドアが開いて、息を切らした母親が入ってきた。
「リン!リン!」
母親...笑顔の理由 #最終話
しるる
#2
俺たちは居心地の悪い教室を抜け出して、言われたとおりに職員室へと入った。
「「しつれいしまーす」」
二人の言葉がかぶる。
「いやいや!お前は言わなくてもいいだろ?」
俺はリンに突っ込みをいれる。
しかし、他人から見ると俺が一人で空間に対して突っ込んでいるようにしか見えないだろう。
「おい!鏡音...笑顔の理由 #2
しるる
#30-3「みんなの歌姫」
ライブは満員御礼の大盛況
いざ、ライブが始まると大熱狂のファン
カイト達は、グミから最前列のチケットを手配してもらっていたので、最前列でグミを応援していた
リンやレンは汗だくになりながらぴょんぴょん跳ねている
他のみんなも手を振り上げたり、手を振ったりしている
そして、ラ...みんなでボーカロイド観察(仮)#最終話ー3
しるる
#26-2「みんな!緊張の一瞬!」
今日は、リンの部屋で姉弟が2人で寝ている
部屋は真っ暗…
時計の秒針のカチカチという音だけがひびく…
「レン……もう寝た?」
リンは小さな声でレンに向かって話しかけた
リンは少しだけだが、返事が返ってこなければいいなと思った
しかし、返事は返ってきた
「ううん…起...みんなでボーカロイド観察(仮)#26-2
しるる
#103「複雑」
式典が終わったあと、僕は一人になった
一人になりたかった……
こんな姿……だれにも見られたくなかったから……
そのとき、カツカツと誰かが近づいてくるのがわかった
「こんなところにいたのか……マイと別れの挨拶しないと……」
それはレンだった
僕は自分の気持ちを必死に隠そうとする
「や...妖精の毒#103
しるる
#30-2「みんな、あれから」
この寮から、ミクがいなくなってから2年の歳月が流れた
ミクがいなくなった当初は本当に大変だった
リンは部屋に引きこもるようになり、ネルはぼーっとする機会が多くなった
メイコとハクも毎日大量の酒を飲んでいた
他のみんなも気落ちして、沈んでいた
それでも、みんなが立ち直っ...みんなでボーカロイド観察(仮)#最終話ー2
しるる
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