16.
 わたしは復讐を果たしました。
 わたしのアレックスを撃った浮浪者に。
 わたしは復讐を果たしました。
 わたしからアレックスを奪ったエコロジストに。
 わたしは復讐を果たしました。
 わたしからアレックスを奪った市長に。
 ……わたしは復讐を果たしました。
 わたしからアレックスを奪った、この都市の全てに。
 ……。
 ……なのに、満たされないのはなんででしょう?
 わたしは、時が満ちてから、人びとの夢を堕ろし、亡骸達に火を放ちました。
 針降る都市は崩壊し、暴動が起き、火の手に包まれています。
 チャチな礼拝も、命乞いも、無価値になりました。わたしが無価値にさせたのです。
 生き残ろうとあがく人々に、まだ何が起きたのかわかっていない人々に、わたしは手をふります。
「バイバイ……」
 わたしに生かされた人々へ、わたしは手をふる。
 さぁて、まだまだメインディッシュは残っているわ。たんと召し上がれ 。
 まだまだ、破壊の規模はこれからも広がるでしょう。
 もうわたしなんていなくても、狂気は好き勝手に大きくなり、増殖するの。
 誰にも歯止めが効かない無法が続けば、そんなのは当たり前のこと。
 本当の混沌は、これからやってくるんだもの。
 警察は機能しません。代わりの軍隊がこの都市に来る頃には、人口の半分が死に、都市の八割は破壊されるはずだわ。
 短くても一年くらいは都市機能がマヒするでしょうし……最終的には、ここが廃墟になる可能性も十分あります。
 それはまるで、ズタズタにしたわたしの愛の残骸みたいなもの。めちゃくちゃになったその中心で、あなたたちはわたしがかつて抱いた無念を胸に抱いて散ればいい。
 わたしは……ブラック・ウィドウはこの都市を滅ぼしたわ。完膚なきまでに。
 ……そう。
 わたしは復讐を果たしました。
 この針降る都市に。
 なのに……。
「ミセス。お待たせしました」
 その声に顔を上げる。
 いつの間にか車は停車していて、ディミトリが後部座席の扉を開けて手を差し伸べていました。
 あれからどれくらいの時が経ったのか、ちっともわかりません。けれど、わたしの最期の場所にきちんとたどり着いていました。
「……ん」
 ディミトリの手を取り、立ち上がろうと力を込めるけれど、簡単にはいきません。
 右肩が痛む。
 視線を落とすと、ブラウスの大部分とアレックスのジャケットにまで、黒い血が広がっていました。
 右腕は……力が入らず、上がりそうにありません。
「……ありがとう」
「礼には及びません」
 時間をかけて、なんとか車から出て礼を言うけれど、ディミトリは事も無げに言う。しかしそんな彼の姿も、所々傷だらけで、燕尾服は埃まみれ。満身創痍に見えました。
「ごめんなさい。わたしは――」
「――ミセスが謝ることなど、何一つとしてございません」
 ディミトリはそれでもなお、毅然とした態度を崩しません。
「ミセスは目的を果たされました。ミセスの復讐も、そして私の待ち望んだ復讐もです。アレックス様はお喜びにはならないかもしれません。ですが、それでも私たちの目的は達せられたのです。ミセスは、私がどれだけ感謝をしても足りないほどの事を成し遂げたのです」
「でも、もうわたしは……」
「……リン・ニードルスピア様。私はこれから何が起こるか承知しております。そしてそれを、あなたが望んでいることも。私を巻き込んだと思っておられるのなら、それは間違いです。私もまた……やっと眠れる、と……そう思っているのですよ」
 ディミトリの瞳は真摯な眼差しをわたしに向けていて、嘘偽りなど無いと告げていました。
 だから、謝るのも、申し訳ないと思うのも失礼なことでした。
 ……わたしはなんと愚かなのでしょうか。
「わかったわ。……ありがとう」
「感謝を告げるのは……私の方でございます。リン様。あなたにお仕えできて光栄にございます」
 ディミトリが姿勢を正し、お辞儀をする。
 わたしは、ただうなずきました。
 ポケットに手をいれると、固い感触が二つ。取り出してみると、それは二つのロリポップでした。
「……」
 わたしは黙って片方を彼に差し出します。
「私は、そのようなものは……」
「最期、だから」
 わたしの言葉にディミトリはやれやれと苦笑をしたけれど、受け取ってくれました。
「アレックス様もお好きでしたね。甘いものの食べ過ぎはよくないと、常々進言していたのですが、聞き入れては下さいませんでした」
「そうね」
 それでも、わたしに気をつかってくれたのか、ディミトリはそのロリポップを口にしてくれました。
 それを見てどこか安心すると、わたしも自分の分を口にします。
 それは相変わらず味がしないけれど、でも、どこか心を落ち着けてくれる感じがします。
「……さよなら」
「はい」
 最後くらいは笑顔を見せようとしたけれど、作り笑いのやり方も思い出せません。なんとか唇をひきつらせ、ディミトリに背を向けると目の前の建物へと歩きます。
 右肩を押さえ、よたよたと足を引きずりながら。
 背後では、おそらくディミトリが直立不動でこちらを見ているでしょう。
 仮にわたしが倒れても、彼はわたしの手助けはしません。それをわたしが望んでいないと、ディミトリは知っているからです。
 時間をかけて建物にたどり着くと、体重をかけて扉を開けます。
 中はずいぶん広い部屋で、天井も高い。
 左右に長椅子が整然と並び、正面の壁際は一段高くなっていて、説教台と大きな十字架が鎮座しています。壁にはステンドグラスがあり、聖書の復活の光景が描かれていました。
 教会の礼拝堂。
 けれど、ステンドグラスは色あせ、モノクロでしかありません。
 復讐をやり遂げたのに、為すべき事を成し遂げたのに……わたしの世界は白と黒のままでした。
 白と黒しかない世界は……なんで、色を取り戻せないままなのでしょう。
 わたしが色を失ったとき、最期には色を取り戻せるって、そう思っていたのに。
 礼拝堂には誰もいませんでした。
 都市中を巻き込んだ大混乱の中、ここに来る人などおらず、ここにいた人も外へと出ていったのでしょう。
 礼拝も、神への命乞いも、わたしが意味の無いものに変えてしまったのですから
「どうして……」
 わたしは説教台へと歩みを進めながら、ポツリと言葉を漏らしてしまう。
 どうして。
 嗚呼、どうして?
 脳裏に、あのときの光景がフラッシュバックします。
 アレックスを撃ったあいつが、一緒にわたしも撃とうとしたとき、貴方は身をていしてわたしを守ってくれました。
 でも……でも、どうして貴方はわたしを生かしてくれたのですか?
 貴方はいないのに。
 どうして貴方と共に逝かせてくれなかったの?
「ねぇ……」
 だからわたしは、なにもかもを失ったわたしは……復讐にすがるしかなかったのよ。
 そうしないと、生きている意味なんか見いだせなかったもの。
 だから、わたしはすべてに嘘をついて、何もかもを騙して、復讐をやり遂げたんです。
 視界が滲む。
 貴方が生かしてくれたから、わたしは死ねなくなった。貴方の遺志を……無為にさせられないから。けれど……貴方の遺志を守るために、わたしは貴方の意志を見捨てました。貴方の望みを打ち捨てました。
 けれど……。
「どうして、なんで、どうして?」
 なんで、心は少しも満たされないの?
 笑えると思ってたのに、ずっとフリしかできませんでした。今ではもう、フリさえもやり方を忘れてしまう始末。
 復讐をやり遂げたのに、心のなかは空っぽのままです。
 なにも……なにも残されてなんかいません。
 なにも帰ってなんてきません。
 説教台にたどり着き、力尽きて跪いてしまう。
「どうして、どうして、どうして?」
 涙が溢れて、もうなにも見えやしません。
 両手で顔をおおっても、涙はとどまることを知りませんでした。
「うう……ひっく、うええ……ああ……うああ……」
 声が抑えられませんでした。
 両手が涙で濡れ、大声で泣くのをやめられませんでした。
 アレックス。
 貴方との掛け替えのない日々。
 人生の中で、わたしが唯一幸福だった日々。
 ずっと続いて欲しかった。
 ずっと続くはずだったのに。
 貴方と二人で……幸せになりたかった。
 それだけなのに。
 それ……だけ、だったのに……。
 ……。
 ……。
 ……。
 あのとき、何もかもが消えてしまった。
 ……そう。
 何もかもが。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

針降る都市のモノクロ少女 16 ※二次創作

第十六話

次回、最終話。
最後までお付き合いくだされば幸いです。

閲覧数:157

投稿日:2019/12/02 16:09:13

文字数:3,518文字

カテゴリ:小説

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