「雲・・・お前が羨ましいよ。」
ボソッと少年はエメラルド色の髪の毛を揺らして呟く。
1歩ずつ1歩ずつ川の中の水に足を浸していく少年。
少年の脳内は世界への失望、未来への絶望、死んだ後の行く末だ。
そんな事も知らずに雲は少年を上から見下げる。
少年は、大事だったモノを全て奪われた。
想いを寄せていた彼女、大事だった親友、人生で一番大切な家族。
そう・・・全てが。
彼女はとても優しく、美しい黄色のポニーテール。
そして音楽の才能に溢れた子だった。
少年とも仲が良く、周りから見ればカップル同然。
決心して告白をしようとした当日、彼女は少年の目の前で通り魔に刺された。
即死だったらしい。
次は親友。
気さくで偏見が無く、誰にでも慕われる人気者だった。
小学校の頃からの仲。
少年は好きだった女の子の事で、よく励ましてくれていた。
そしてその日は彼が思いを寄せている女の子に告白すると言い、少年は結果を見に行こうとしていた。
しかし少年が見たのは、彼と告白をされた彼女の血まみれの姿。
後々、2人は歩いていた時に飲酒運転をしていた車に轢かれたという。
少年は泣き叫んだ。
最後は家族。
それは、少年の両親が海外へ旅行するというものだった。
元々、少年も行くつもりだった。
が、その気にもなれず少年は家で1人過ごすことにした。
当日、少年は笑顔で両親を見送り、数時間ベッドに横たわった。
ふと目が覚め、テレビをつけた先にあったのは、両親の名。
画面の上を見ると、『今回の事故での死亡者』。
それはそれは、とても無機質なモノ。
しかし不思議と少年の目から涙は出なかった。
ただその画面を見つめる瞳は空っぽ。
脳内は容量を超えてしまったのか、何も考えようとしない。
ただこれだけは思った。
-俺のせいで・・・
それからは、1人の生活。
人と関わらず、何も話さず、ただ朝を迎えて夜が来て、の繰り返し。
何も変わらない。
変わったとするなら、大切な人たちの笑顔が見れなくなったこと。
こんな世界、少年にとっては生きていても死んでいるのと同じ。
「・・・死にたい。・・・皆に会いたい。」
ポツリと騒音も何も無い空間で発せられた言葉。
少年は無意識に家を出て、ぽつぽつ歩き始めた。
周りには、仲が良さそうなカップルや、ふざけている中学生2人、楽しげに笑う家族。
どれもこれも、少年の心を握りつぶすモノばかり。
少年がたどり着いたのは大きな川。
「ここなら・・・・・・」
そして初めへ戻る。
「俺が行く先は・・・地獄か・・・?」
少年はポツリポツリと、誰かに問いかけるように言葉をはなつ。
「来世なんていらない、出来ることなら俺のせいで死んだ人たちを・・・」
中間ぐらいに来ると、後ろから声がした。
そこには、少年と同じエメラルド色の髪の毛をもつ少女。
少年は、何事も無かったように無視して進んでいく。
関わって欲しくなかった。
これ以上、自分のせいで死んでほしくなかった。
暗い瞳が見つめる先は、虚無の世界。
するといきなり、少年の腕は掴まれた。
とても温かい手。
必死に引き止めようとする少女の問いさえも少年を通り越していく。
それでも少年を引きとめようとしたが、それさえも無駄に終わった。
ただ心の中で思ったのは‘‘関わらないでくれ’’、ただそれだけ。
無造作に手を離して、少し速めに歩き始める。
「これで・・・いい。」
重い水に逆らって、進む足。
しかしそれを止める叫び声が少年に突き刺さる。
「他人なんかじゃないっ!!」
その言葉は、少年の足を動かせなくした。
「今日、川で出会いました。
お話しました。
それだけで、私達は他人ではなくなるんじゃないんでしょうか??」
「・・・なんだよ、それ。」
聞きたくもないのに、耳は不思議と少女の言葉に興味を示す。
「あなたがこの世界に絶望したなら、私があなたの見る世界を変えてみせます!
あなたが死にたいのなら、私が止めます!!
だって・・・、もう出会ってしまったんですから。」
少女の目は潤んでいた。
それと同時に、これまで出なかった涙が少年の瞳からも滲んだ。
そんな涙を拭おうとした隙に少女は走ってきた。
とっさに発した言葉。
「おい、走るな!!あぶなっ・・・」
少年の言葉が言い終わる前に少女は川の中に沈んで見えなくなった。
少年も必死になって潜っていく。
これ以上、やめてくれ。
関係の無い人まで・・・やめてくれ。
必死に心の中で叫んだ。
ギリギリ少女に手が届き、川岸に運んだ。
意識がなく、息もしていない。
「おいっ、死ぬなっ!!」
パシパシ頬を叩いたが、何も反応は返ってこない。
再び何かを失う恐怖が少年を引きずり込む。
「お願いだから、やめてくれ!!!」
少年は保健の授業を思い出して、冷静に心臓マッサージ。
そして濡れた唇に少年の唇を合わせ、息を送り込む。
それをどれくらい繰り返しただろうか・・・。
「ケホッ、ケホッ!!」
少年は驚いて少女から手を離す。
少女の目はゆっくり開いた。
「雲・・・。」
目覚めの第一声がそれかよ、と内心ツッコみながら少女の額を叩いた。
「お前、馬鹿かよ。
なんでお前が死にかけてんだよ。」
これでも怒鳴るように言ったつもりだったが、パニックになりすぎたせいか、普通になってしまった。
少女もエヘへと笑うだけ。
少年もホッとしていた、死ななかったことに。
そんな少年に恐る恐る尋ねる少女。
「もう、川の中になんて・・・行かないよね?」
「・・・、さぁな。」
まだ行くつもりだった。
今回は助かったが、これからなんて分からない。
しかしそんな考えも吹き飛ぶほど強烈なビンタ。
「てめっ・・・」
「馬鹿っ!!
あなたなんかと出会わなかったら良かった。
勝手に死んでしまえばよかったのよ!!
うぅっ・・・・・・・・・。」
ボロボロに泣き崩れる少女の前に呆然とする少年。
徹底的に無視をすればよかった。
でも、出来なかった。
もしかしたら、誰かに引き止めてほしかったのかもしれない。
誰かと関わりたかったのかもしれない。
不運の重なり合い。
運命を決める誰かに指をさされた少年。
しかし、ここで少女と出会ったのも運命。
少年にとって、少女は失った全ての人に思えた。
優しく、気さくで、お人好し。
全ての人物のイイ部分が受け継がれたような。
そんな少女を目の前にして、少年は不思議と死ぬことへの抵抗が生まれつつあった。
ゴシゴシと涙を拭う少女が痛々しく見えて、少年はそっと上から優しく拭った。
「お前・・・何様って感じなんだけど。」
「えっ・・・?」
「いきなり現れて、さんざん怒鳴り散らかして、叩いて、泣いて。」
「それは・・・」
「初めて見たよ、こんな奴。」
少年は苦笑交じりに、少女を見る。
そんな少年をいきなり抱きしめる少女。
突然過ぎて、固まる少年。
でもその体温はとても温かくて、いつだったか母に抱きしめられたことを思い出させた。
「私が必ず、生きていて良かったと思わせてあげます!!」
フンッと、自信満々に笑う少女。
「だから何様?!」
「何様でもないです、あなたの友達です。」
差し出される手。
さっきと同じ手なのに、どうしてか愛しく見えた。
無意識にその手を掴んで、気づいた時には少女を抱きしめていた。
驚く少女。
「・・・必ず言わせてみろよ。
生きてて良かったって、俺に。」
「・・・はいっ!!」
「言わせれたら、友達、解散な。」
えっ、と言う少女の声が耳に入ってクスっと笑う。
「多分、その頃にはお前、俺に惹かれてると思うから。
付き合ってやるよ。
俺の人生っていうおまけも付けて。」
「なっ!!ひっ、惹かれません!!」
「どうだか。」
「・・・誓います!!」
「無駄な足掻きは止めとけ。」
「そんなことっ。」
真っ赤な顔の少女を見て、また笑う少年。
いつ以来だろう、こんなにも笑ったのは。
少年が幸せと感じる日が来るのは、もう近い?
「俺、グミヤ。」
「あっ、私はグミです!!」
笑いながら川岸を歩き始める2人。
雲が流れる空の下。
2人は歩き続ける。
そんな中、少年は心の中でそっと誓った。
-もう誰も死なせない・・・
負けない・・・・・・・・・
何にもジャマはさせない。
小さな少年の最初で最後の足掻き。
少女という名のパーツが少年を絶望から救った。
そしてまた、少年の知らないところで少女も救われていた。
雲が楽しげに2人を眺めている。
~END~
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