気がついた時、僕は海の上に浮かんでいた。
海面に浮かんでいるのではない。僕が、水面から人の背丈ほど離れた空中に浮かんでいるのだ。
風の中に浮かびながら周囲を見渡すと、360度の濃紺の海原が広がっており、足元で青黒い波が砕ける。
そして、僕は悟ったのだ。
「ああ、僕は、死んだのだな」と。
~海を越える唄~ 原曲・ハルマキ/春巻P
外洋の流れは複雑だ。陸に向かう流れ、沖に向かう流れ、そしてさらに風の吹く方向と熱対流が加わって、海面は複雑な波紋を描く。
船一つない、どこまでもひろがる大海原。
僕の生前の記憶には無い景色だった。僕は、陸(おか)で生きていたはずだった。
たしかに海辺の町に住んではいたが、僕の町の海岸は、けして人にはやさしくない。
強い風に常に晒された海岸は、砂浜の地面も海上のように風の形に波打っている。
そんな海と直に対面するのは、漁を営む海仕事のプロフェッショナルだけだった。僕たち技術の無い者は、海のプロ達が手に入れる海の恵みを受けながら暮らしていた。
僕も、「恵みを受ける者」の一人だった。
まだ、十四歳だったのだ。
びょうびょうと海風が耳を掠める。紺碧だった海が、さらに彩度を落とし、徐々に闇に沈んでいく。夕方が近づいているのだ。
暗い海に、この日最後の光が投射される。波がぶつかり、白く泡立つ。
風にひらめくその白が、僕の記憶に触れた。
白。ああ、あの子は、どうしたかな。
僕は思い切り息を吸う。
潮の匂いが口の中に広がった。この感覚は、同じだ。
僕が生きていた、あの町で吸っていた空気と同じだ。
あの日、僕は、陸に居ながら波に飲まれた。
やわらかい光に包まれていた春先の午後の校庭で、迫り来る水の壁を見た。
遠くに、緑の裏山が見えた。いつも、黄色い髪に白いリボンをしたあの子とてっぺんまで上って遊び、海に向かって歌って遊んだ遊び場の山だ。あの時、あんなに切望して見上げたことはなかった。必死に走ったにも関わらず、たどり着きたいとあれほど願ったのにも関わらず、僕は小さなヒトで、相手は大きな海だった。僕の神経が割れるように悲鳴を上げた瞬間、僕の全てが、真っ黒な潮に埋まった。
君は、きっとたどり着いただろう。
君は、きっと、あの緑の山で震える夜をすごしたのだろう。
僕が全てを失い何もわからなくなっていた時も、君は恐怖と悲しみと絶望をかかえて生きていたのだろう。
そして今、僕はここにいる。
ぐるりと紺碧に囲まれた、はるか遠い海の上に居る。
僕が、今、ここから出来ることは、ただ、歌うことだけだ。
僕の声が君に届くことを、願うことだけだ。
僕は陸の方角にむかって声を飛ばす。太陽が落ちる方向が、君のいる陸の方角だ。
昼間、海から吹いていた風が、日が落ちて陸からの風に切り替わった。とたんに潮の風が口の中に飛び込んでくる。
風に逆らうように僕は声を飛ばす。
飛んでいけ。飛んでゆけ、僕の唄声。
海を越えていけ。力強く、あの子の元へ。
僕の願いは、君が強く生きることだ。
僕の分まで、人生を謳歌することだ……!
外洋の強風にさらされている僕を、静かに月が見下ろしている。足元で海が荒々しく波打っている。
ちくしょう、僕は無力だ。でも、いつか僕の体が水と空気に溶けたとき、きっと君を潤すこともあるだろう。
あの町でいつもそうしたように、君と唄う事もあるだろう。
その日まで、さよならだ。
……生まれ変わりも魂も来世も、僕は無いことを知っている。
この世にあるのはただ、循環だけだ。
だけど、今、ここに浮かんでいる不思議が偶然ならば、その奇跡で、僕の声が陸に届けばいい。
君に、希望となって、響けば良い。
死んだ僕が、今も君の幸せを願っていること。それが、辛い生を生きていく君の希望となればいい……!
* *
陸から吹く風に乗って、かすかな声が届いた気がした。
……届いたよ君の唄 この海原を越えて……
真っ暗な月夜の海風に乗って、その唄が僕の耳を吹きぬけた。
それが、空気と水に溶け逝く僕の、希望となった。
Fin
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ご意見・ご感想
ハルマキ@春巻P
ご意見・ご感想
わ~!僕の曲を小説化してくださってありがとうございます!
って、レン死んじゃってますね…(汗)
僕の曲をどう解釈するかは明確な設定がない限りは皆さんに委ねているので
こういうのもありですね。というか、好きです。
素敵な小説ありがとうございました!
2011/10/01 11:46:07
wanita
さっそくのメッセージをありがとうございます。
ピアプロプレーヤーで聴いていたので、今、動画があることに気づきました!
夕焼けレン、綺麗ですね。そして、月夜のレンが予想以上に可愛らしい……!
これはもっと遠距離恋愛的な甘い雰囲気だったのか!と思いつつ、「あり」といっていただけて良かったです。
イメージが押し寄せた、素敵曲をありがとうございました!
2011/10/01 11:56:59