2.ミク女王
ミクの率いる『緑の国』は、穏やかな湾と険しい山を持つ。山に囲まれた小さな平地に、人は寄り添うように暮らしている。
緑の国は、かつて黄の国の一部であった。といっても、『黄の国』の一部であった時期はごく短い間であり、歴史として語り継がれるほどの、昔のことである。
『緑の国』の先祖たちは、黄の国の民とは別の民族である。黄の民は、黄や白、明るい茶色など、軽い色の髪に緑や青の鮮やかな瞳をしている。対して、緑の民は、黒や黒に近い緑、そして濃い色の瞳が特徴である。
緑の民の先祖は、海を越えて黄の国のある大陸へやってきた。
国境という考えを持たない緑の民の先祖は、海を渡り、たどりついた先で港に住まい、その土地の産物を収集し、さらに海を渡っていく交易の民であった。現在の緑の国の港にたどりついた『緑の民』は、当時住む者の居なかったこの土地に、工芸に適した樹木と水、そして鉱物資源に目をつけた。そして、この港を拓いていったのである。
やがて、山を越えて黄の民がやってきて、この穏やかな湾を黄の民のものだと主張した時も、国という概念のなかった彼らは、あっさりと黄の民の侵入と移住を許したのである。
どの民族がどう干渉してこようと、生きられるだけの資源が得られ、それなりな商売ができれば良い。それが、他民族の土地に広がり、港をつないできた緑の民の生き方だった。そして、少数派となる彼らが大事にされたのは、手先の器用さと発想の柔軟さがあってこそのことだった。
緑の民を抱える国は、その技を教わることと引き換えに、水や土地の使用を認め、自由な港の出入りなどの優遇を認める。それが、緑の民と他の民族との、一般的な付き合い方だった。
ところが、黄の民は、その協定をはねつけたのである。
「ここはすでにわれらの土地。そなたらも認めただろう。なら、この土地にある限り、黄の民となり、黄の民として働け」
当時の黄の民は緑の民の特権を認めなかった。港の自由な出入りは、緑の民の生命線である。そして緑の民と黄の民は争い、結果として、なんと大国であった黄の国に緑の小国が勝った。そして、この世に初めての『緑の国』が成立したのである。
それから何代もの王朝がかさなりつづけた今も、黄の民に囲まれた『緑の国』の港は他の緑の民の港とは違う、緊張感に裏付けられた活気をはらんでいる。
ただし、少しでも弱みを見せれば黄の国に飲み込まれてしまうという緊張感をはらんだせいで、この『緑の国』の技術の多彩さは、他の緑の民の港よりも大きく抜きん出た。
そして、『緑の国』の今がある。
港から内陸に向かってまっすぐに伸びた道の先、山に守られる形で緑の都と王宮がある。その屋根の上には、港と陸地と平和を表す、緑の旗が掲げられている。
山を背にし、海を見渡しながら、『緑の国の長』はこの国の行き先の舵を取るのだった。
「そう。リン王女は贈り物を喜んだのね」
現在の緑の国の王は、ミクという。弱冠十六歳という触れ込みであるが、正確な年齢は定かではない。前任の王から、その才覚を見込まれ、王になるための教育を受けて、女王となった。
緑の国は、その性質上、国という概念を持たなかった緑の民が造り上げた国である。
建国の時代から何世紀もたった今でも、基本的な性質は変わりない。海に出れば未知の土地と異民族相手に収集と商売を生業とし、陸にあれば工夫と技巧の開発を行う、そんな集団の頂点は、『血筋』ではつとまらない。広い視野と柔軟な思考、そして周囲を魅了する外見も重要な素質だ。
毎年、緑の国内だけでなく、海を越えた土地からも『緑の王』として才能のあるこどもが集められる。そして、さまざまなことを教え込まれる。そのよりすぐりの人材の中から、知恵にすぐれ技術に精通し、この緑の国内でもっとも信用を勝ち得た者が『王』となるのだ。
ミクがどこで生まれたか、それは当の本人すら知らない。
「物心ついたときには、この国の養育施設で暮らしていたのよ」と、彼女は笑う。
ただ、緑の民に象徴的な、緑色の髪と濃い色の輝く瞳を持っていた。
ただし、緑の王となるものとして正式に教育を受けた者ではなかった。王の候補者となる子供たちを集めた学校で、下働きとして働いていたのである。
ある日、王の誕生会ということで、子供たちも、ひとりずつ、王へ贈り物をすることになっていた。ここで王の目に留まれば、次の王になる機会をつかむきっかけとなる。
みな、張り切って、持ちうる技をこらした贈り物を作った。そして、他の港の緑の民、他の国の代表も招いた誕生会で、それぞれの贈り物を披露した直後である。このミクが、運んでいた調理器具の陰から、給仕姿のまま、すっと進み出た。
「私も、王様に、贈り物を」
10歳にも満たない、幼いこどもの、かわいらしい申し出を断るものはいない。そして、彼女は、贈り物を披露した。
歌であった。
素直に王の誕生と、港の繁栄を歌った歌だった。
舌たらずであったが、そのぎこちなさがかえって健気さを強調した。
「わたしが、作ったんです」
頬を赤らめて微笑むその姿に、見守る人々から感嘆とほほえみが漏れた。
覚えやすい旋律、率直な歌詞。さらに愛らしさがあまって、拍手が巻き起こる。
衝撃はそのあとだった。
なんと、ミクは、その歌を、各国、各地域の言葉に置き換えたのだ。
歌詞は、少しずつ変化を加え、それぞれの国や地域への敬意と感謝の表現も織り込んで。
こちらは、舌たらずはすっかり息をひそめ、その美しい声が、感情をもって各国各地域の代表の心を貫いた。
堂々と歌い切り、静かに優雅に、礼をした。
そして、王へ向かった。ミクは、晴れやかに笑った。
「緑の国に、あなた様がおわします喜びが、どの町にも、どこまでも伝わりますように!」
みごととしか、言いようがなかった。
ミクはその後、ただの給仕から学校への特別入学を許され、そこで才覚を発揮した。
さまざまなことを学び、知識と知恵を磨き、人をとらえる技を得て、そして見事女王の座を射止めた。
ライバルであった学校の子供たち誰もが、彼女を妬むことなく祝福したというので、その人心をつかむ手腕の恐ろしさが見えよう。
そのミクの視線は、今、黄の国へ向いている。
大きく豊かな黄の国であるが、国を治める王が諸侯の傀儡であると、当の王女から聞いている。
他国を誰がおさめようと、うまくおさまってくれればよいのだ。
しかし、リーダーが不在であればあるほど、各地域のリーダーさえも利権に走りやすい。国のどこもが等しく幸せになれることを期待して、人々は王に稼ぎを預けるのだ。その王が、各地を暴走させるような体たらくでは、国としてはいかがなものであろう。
「王政を擁する国なのに、王が危ういのは、危険だわ」
黄の国は重要な貿易相手だ。原材料の仕入れも、加工品の輸出も。
それに、緑の国と黄の国は、山を挟んで陸続きだ。黄の国の不安定は、直接緑の国の危機となる。
ミクは、その点を心配していたのだ。けっして、リンの身を案じていたわけではない。
「リン様には、何が何でも、頑張ってもらわなくてはね。……緑の国の、安全と繁栄のために」
ミクにとって、リンは大事な存在だ。商売相手として。
「贈ったドレスに、メッセージカードをつけたのは正解のようね」
使いの者が携えてきた、リンからのさっそくのお礼状に、ミクは満足した。
リンはすっかりミクに気を許したようだと、ミクはゆったり微笑む。
リンからの手紙には、ミクがリンへあてた手紙の倍の厚さで、黄の国の状況が細かく記されている。
「へぇ。心配していたけど、黄の国の春小麦は大方無事なのね。やるじゃない」
質が良く値段の安い黄の国の小麦は、加工して売るととても魅力的な商品になる。
さっそく小麦を扱う商人と職人ギルドに情報を流そうと、ミクはかろやかにペンを滑らせ、使いの者に持たせた。
「王族どうしの情報のやりとりは早くていいわね。リン様なら、信用もおけるし、助かるわ」
若くて一生懸命で、可愛らしいこと。
と、ミクは手紙を読み進めながらほほ笑む。黄の国のリン王女は、とても真面目だ。まじめで、一途ゆえに、人を疑うことを知らない。
人間としては素敵だけれど、王族としては、失格ね。
ミクは、ふと視線を落とした。長い睫毛が、濃い色の瞳に影を落とす。
この子の後見人は何をしているのかしら、とミクは思いつき、ああ、と思い当たる。そうか。いないんだった。
リンは、黄の国の政治の輪から外されている。本人も嘆くとおり、『お飾り』なのだ。
「……本当、リン様には頑張って国をまとめてもらわないと。そして、これからも色々教えていただきたいわ。
黄の国のことを、いろいろと、ね」
ミクは、リンからの手紙を読み終えると、丁寧にしわを伸ばし、無骨な政務のファイルに綴じた。
「ハク。黄の国までのお使い、御苦労だったわね」
いいえ、と、ひざまずいた少女、ハクは首を振る。
「ミク様のおっしゃることを、苦労と思ったことはありません」
その声は、湿った霧雨に溶けるような、しずかな声だった。ハクの返答に、ミクはにこりと笑う。
「あなたの髪の色と姿は、とっても役に立つわ。緑の民には無い、透き通った薄い色だもの、黄の民には親しみやすい色で、使者としてはそれだけで最高よ。
……いつもありがとう。あなたがいてくれて、本当に良かった」
いいえ、と、応えたハクの声は、先ほどよりもいくぶんか柔らかみを帯びていた。
つづく。
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ご意見・ご感想
azur@低空飛行中
ご意見・ご感想
「悪ノ」連載を始められたと聞いて!
wanita様は生物や自然科学が専門でいらっしゃるんでしょうか。理論がしっかりしているので、王女の聡明さにとても説得力がありますね。すごくお見事です!ミクを褒めちぎっていたリンですが、それを理解できているリンだって相当の造詣の深さなんだろうなとにやけてしまいました。
対するミク女王は有能な女社長ですね~。それも下から叩き上げで上り詰めた分、実に手ごわそうです(笑)
個人的に、緑の民の設定が斬新で魅力的でした。土地や国の概念に縛られない彼らは、いわばパイオニアの民なのかなと思ったり^^
緊張感のある両国の関係に、ドキドキワクワクですv←
続きも楽しみにしてます!
2010/05/31 22:37:38
wanita
お越しいただきありがとうございます!
いや?嬉しはずかしッ! あの素敵な「悪ノ」を完成させたazurさまのコメントに舞い上がっております☆
私の中で,ミクはヒールとしてかっこよく書きたいという思いでいっぱいです.そして将来悪の娘と呼ばれるリンは,若く痛々しくまっすぐだからこそ堕ちていってしまったというあたりを書ければなぁと思います.
緑の民の設定は,頭の中で勝手に,海洋民族とロマ的な性質を掛け合わせてつくりました.新しい土地をどんどん開拓していく速度的エネルギーを持つ民族であるので,海の開拓者(パイオニア)ですね^^)本当にこんな人たちが存在できるんだろうかと思いますが,まぁ,この世界では意外とうまく生きています,ということで!
生き物が好きなおかげで,物語にリアリティをもたせる手段として,つい,自然環境の設定に調子に乗ってしまうこともありますが,今回は味付け程度に収めるつもりです^^☆
前作の『創世記(ウタP様)』小説で,はっちゃけすぎた^^;
リンが有能かもしれないと,言われて初めて気づきました.
現在,このリンの視点からモノをみているので,あ,そうだったんだ!と,リン自身が,知らなかった自分の一面を発見したような気分です.では,これから初めての「連載」に挑戦ですが,よろしくお付き合いいただければ幸いです.
2010/06/01 23:09:26