立つ。座る。立つ。座る。立つ。歩く。窓の外を見る。戻って扉の前に立つ。そこからグルっと部屋を一周する。イスに戻る。座る。
レンは着ている新品のジャケットの袖を引っ張る。どうも着慣れていないせいか、ちょっとした窮屈さを感じる。
再び立ち上がり、クローゼットの近くにある姿見の前に立つ。
「……」
白地に、金と黒の刺繍で縁取られた、いかにも高級そうなジャケットと、それに合わせた同色のパンツ。その服装を汚すかのように目立つ、肩まで伸びた黒髪に黒眼。
(やっぱ、似合わねぇな)
鏡に映った自分をまじまじと見る。
(髪の色が変われば、似合うようになるのかなぁ?)
正式に貴族へと身分が変わる事になったレン。
元貴族であったハクの紹介で、レンは養子として貴族になることが決まった。
ハクの家の伯父夫婦が、女の子が生まれたきり、訳あって子供が授かれなくなってしまい、男の子の養子を探していたのだ。
そして昨夜、レンの部屋が用意され、そこに越してきた。
今日は、貴族になる契約を結ぶ日だ。髪の色を変え、戸籍も変える。
そのためレンは、緊張と違和感で、落ち着きなくうろうろしていた。
ガチャッ
「レンー! おはよう!」
明るい声で、一人の少女が入ってくる。
「リン、おはよう」
今日から姉になる、リン。肩まで伸びた美しいブロンドの髪を、白いカチューシャで可愛らしく飾り、同色のピンで長い前髪をとめてある。シンプルだが気品のある同色のワンピースがとても似合っていた。
養子の候補になったときから知り合い、すぐ仲良くなって、頻繁に遊ぶようになっていた。
同い年という事もあり、家族というよりは友達感覚が優先されてしまう気がする。
そもそも、レンは家族というものがどういう関係なのか、全く知らないのだ。
「わあ! 似合うじゃん! カッコイイ!」
嬉しそうにリンが言う。
レンは照れて、頭をかいた。
「そ、そうか? オレは似合わないと思うんだけど……」
両腕を広げ、改めて自分を見る。
「どうせ、後で着替えるんだから、こんな立派なの着て行かなくてもいいんだけどな」
「いいじゃん似合ってるんだから! うん、いい!」
レンの周りを一周し、リンは正面までくると、肩にかかっている黒髪に手を伸ばす。
「……っ」
思わずドキッとするレン。
「本当に、髪色変えちゃうの?」
少し寂しそうに言う。
「……ああ、黒髪の貴族なんていないだろ? それに、ただ髪を染めるんじゃないんだ。病院で本当に貴族にしてもらうんだよ」
遺伝子により、貴族と平民の髪色が違うこの国では、その研究も進んでいる。現在ではその書き換えも可能になっており、レンはその手術を受けに行くのだ。
「身体ごと貴族になるんだ。明日からは黒髪も生えてこないし、目の色だって変わる。オレ自身が生まれ変わるんだよ」
わくわくする反面、この先の不安も少しまざり、緊張感が戻ってくる。
「なんか、もったいなぁ」
残念そうに、リンが呟く。
「もったいない?」
「うん。だってリン、その髪色好きだよ?」
「え?」
レンは再びドキッとした。自分自身でさえ毛嫌いしていたものを好きと言われて、驚きを隠せない。
「スラムではそれが原因でいじめられてたんでしょ? リンには、なんでそうなるのか分からないよ。だって、レンの髪ってツヤツヤしててとても綺麗だし、他では見ないからとっても希少価値あるし!」
「オレは珍しい宝石か……」
目を輝かせて語るリンに、レンは苦笑した。
「とにかく、もったいないと思うんだよねぇ。そのままで貴族になれないの?」
「ありがとう、リン。この色を好きと言ってくれたのは、リンが初めてだよ。本当、嬉しいよ。でも、リンが好きでも、やっぱオレは好きになれないんだ」
「そっかぁ」
しょぼん、とリンが肩を落とす。
「それに、オレにはやりたいことがあるんだ。その為にはやっぱり貴族にならなくちゃいけない。このままだと、難しいんだ」
「……うん、分かった」
真剣に語るレンに、リンもしっかり受け止め、うなずく。
「じゃあ、これからリンはレンのお姉さんとして、貴族の振舞いと家のしきたりをしっかり教えちゃいますから、覚悟してね!」
人差し指をピッと立てて、得意げに胸を張る。
「いい加減な事、教えないでくれよ?」
その様子に、思わず苦笑いする。
「レンくん! 支度は出来た? もう伯父様達待ってるよ?」
そこに、ひょこっと顔を覗かせたのは、リンの従姉であるミクだ。
「あれ、ミク姉来てたの?」
ライトグリーンのツインテールが特徴の少女を見て、レンは驚きを口にした。
ミクはリンととても仲が良く、しょっちゅう遊びに来ている。レンが養子候補になった時から、可愛がってくれていた。
「うん。だって、今日からレンくんが家族の一員になるんでしょ? お祝いしなきゃじゃない!」
にっこり笑ってミク。そしてすぐにそわそわし始める。
「それで……今日、カイト様はいらっしゃるの?」
(あー、それが目的か……)
ミクの発言に、レンは半眼でミクを見つめる。
カイトのファンであり、恋心を抱いているミクは、親友のレンを通じて彼に会いたいという魂胆があるのだ。
「さあ、リンは何も聞いてないよ?」
「オレも。一応、今日から正式に貴族になる事は言ってあるけど……カイトも忙しいだろうし、どうだろうね?」
曖昧な返事をして、ごまかすレン。
実は、夜に顔を出すと言っていたのだが、それを伝えるとミクのテンションがあがり、いろいろ面倒な事になる為、明言を避けたのだ。
「そう。とにかく、下で伯父様達が待ってるから、行きましょう」
やや残念そうに言うと、ミクはレンの部屋を出た。
「はあ。ミク姉ってば、まだ諦めてないんだね」
最近、カイトが隣国の王族貴族であるメイコと婚約を正式に発表した為、諦めていたものだと、レンは思っていたのだ。
「うーん、諦めていないっていうか……まあ、乙女心は難しいのよっ」
「なんだそれ」
妙に知った口をきくリンを、鼻で笑うレン。
「男の子には分からない事なんですー」
「はいはい、じゃ、行こうか」
口を尖らせるリンを軽くあしらい、レンは部屋を出た。
「あ、ちょっと待ってよー」
慌てて追いかけるリン。
こんなやり取りが、幸せというものなんだろうかと、レンはそんな事を考えながら歩いて行く。
家族というものがどういうもので、貴族社会がどういうところで、これから始まる事はまったくの未知数で。不安も大いにあるが、リン達と一緒にいることで、それが和らいでいくのが分かる。
(大丈夫。やっていけるさ)
その目に希望を宿して、レンは扉をあける。
笑顔で出迎える養親、ミク、リン。
孤児だったレンを何の偏見も持たず受け入れてくれた家族。
そして、ここまで親友として支えてくれたカイト。
(みんなの為にも、頑張らなきゃな)
固い決意を胸に、レンは馬車へと乗り込んだ。
[二次創作小説] Lost Destination 「5.新しい家族」
150P様の「Lost Destination」(レン&KAITO Ver)http://www.nicovideo.jp/watch/sm17436670 に聴き惚れ、PSP版DIVAでエディットPVを作成し、それに付属する小説も書いてしまいました。
※自分の妄想突っ走り小説なので、歌詞の本意とは異なります。
よろしければエディットもご覧下さい。http://www.nicovideo.jp/watch/sm18860092
長いお話ですが、よろしくお願いします。
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