※閲覧注意
今回から、多少気持ち悪い表現が含まれています。
苦手な人は読まないで下さい。大丈夫といえば大丈夫です。
・・でも気分を悪くされても責任持てません。

それでは、宜しい方はそのままお読みください。


悪食娘コンチータ 第二章 コンチータの館(パート2)

 ああ、爽快。
 大気を覆う熱が立秋を迎えて、多少の柔らかさを含み始めたこともある。だが、それ以上に、バニカは長年身体を蝕んでいた大病から奇跡的な治癒を達成したような開放感に身を包まれていた。塩漬けのソテーを喰らいつくしてから、二日後のことである。あの日以来、バニカの食欲はそれまでの拒食が嘘であったかのように回復していた。朝、昼、晩、それに午後のティータイムと、全てにおいて美味、美食の限り。王都に身を置いていた頃とは違い、粗野としか表現できない、比較すれば粗食ばかりであったが、今のバニカにとっては十分過ぎる程度の料理であった。とはいえ、果たしてバニカ以外の他人がその食を口にすれば、恐らくたちどころに舌が拒絶反応を起こし、遠慮なく吐き捨てていただろう。朝食の野いちごジャムには必要限度を遥かに越える砂糖が追加して投入され、本来の酸味を隠してしまうどころか、糖によるべたつきの為に、咀嚼の欲求すらも掻き消してしまうほど。昼食に提供されたぺペロンチーノには、器が真っ赤になるほどに唐辛子を埋め尽くし、更にはオリーブオイルを湖のごとく降り注ぎ、更には昨日と同様に一瓶丸々、塩をつぎ込んだ。更にはディナーにおいて、バニカは塩蒸しにされた肉を、そのまま、塩釜を取り除くことなく、あんぐりと口を空けて食した。歯ごたえは十分、焼入れの際に硬化した、岩のような塩の感覚が却って味覚を刺激する。
 それが昨日。そして今朝、昨日と変わらず、過剰な味付けが施された、砂糖尽くしのハニートーストを噛み切ったバニカは、何か物足りない様子で、小さく首を傾げた。
 「いかがなさいました、コンチータ様。」
 レヴィンが、すかさずにそう訊ねた。全く、幼いながら細かなところに良く気付く。
 「味に不足がありましたか、コンチータ様。」
 続けて、リリンがそう言った。その問いにうん、とバニカは頷くと、こう答えた。
 「少し量が不足しているかしら。」
 バニカがそういうと、びくり、と料理人が肩を震わせた。貴族の面前にいるだけで、極度の緊張を彼に強いることになるのだろうか。まるで猛獣を目の前にした鼠のような態度であった。
 「料理人、至急追加の手配を。」
 「料理人、急がないと酷いわよ。」
 レヴィンが語気を落としながらそう告げ、続けてにやりと含み笑いを漏らしながら、リリスが続いた。料理人はひ、と小さく息を飲み、僅かに上下の歯をかち合わせた。まるで本当の鼠のように。そのまま、震える声で答える。
 「申し訳ございません、コンチータ様、その、材料を切らしてしまいまして。」
 料理人の額からぽろり、と雫が落ちた。見ると、既に額全面に、脂汗を浮かべている。
 「弁解は無用。コンチータ様がご所望されているのです。すぐに用意しなさい。」
 料理人の態度に苛立ちを見せるように、レヴィンがそう言った。その様子を見つめながら、リリスがくすり、と声を漏らした。まるで演戯を見て楽しむ幼子のように。
 「いいわ。」
 益々身体を硬直させながら、身体をかたかたと振るわせ始めた料理人の姿に、流石のバニカも同情を覚えて、軽く手を振りながらレヴィンに向かってそう言った。
 「しかし。」
 「お昼までなら我慢できるわ。その代わり、ランチは大盛りで。」
 バニカはそう告げると、腰かけていた木造の椅子から立ち上がった。それに合わせて、木材同士が軋む音が小さく響く。いずれ調度品も整えなければならないでしょうね、とバニカは瞬間考えたものの、料理に対する情熱ほどの熱意を家具その他に感じているわけでもない。時間があるときで構わないわ、とだけバニカは結論付けると、ゆったりと歩き出した。その背後で、レヴィンとリリス、そして心からの安堵を漏らした料理人が見送った。無論、最敬礼で。
 その脚でバニカが向かった場所は館の前庭であった。さんさんと降り注ぐ陽光は刺激もなく、かといって冷たくも無く、丁度秋口の心地よさを堪能できる光量に設定されていた。さわやか、という言葉そのままの風がふわりとバニカの身体を撫でる。湿り気もない、さっぱりとした大気を思う存分楽しむようにバニカは呼吸を整え、そしてぐぃ、と遠慮なく身体を伸ばした。まだ目覚めきっていなかったらしい身体の筋肉が程よく刺激され、軽い痛みと同時に適度な心地よさが、バニカの神経を走りぬける。
 考えてみれば、こうして自主的に行う散歩など随分と久しぶりであった。ここのところ、ずっと室内で呆然とした日々を過ごしていたのだから、それも当然であった。そのせいか、今日は妙に体が軽く感じる。それはこの数日、しっかりとした食事を摂っているせいかもしれないし、足元に程よく生える芝生を踏む、ふわりと心地よい足元の感覚のせいかもしれない。いずれにせよ満足したようにバニカは口元を緩めて笑顔を見せながら、ランチタイムまでここでのんびりと過ごそうか、と考えた。少し古臭く、多少塗料が禿げてはいるが、かつては見事な純白に彩られていたらしいベンチを見つけて、バニカはその場所に腰を下ろした。好みの赤いドレスが、白色のベンチに見事に映える。
 丁度木陰になっているベンチから耳を傾けると、空から舞い降りるような、高級なハープを奏でるような涼しげな音が、流水のごとく降り注いでいた。ヒグラシの声であった。もう、夏も終わりかとバニカがふいに視線をヒグラシへと向けると、丁度運良く、バニカの視界に蝉の姿が映し出された。幹にしがみ付き、美しく奏でるヒグラシを見つめながら、バニカは不意に考えた。
 おいしそう。
 ぼんやりと見つめながら、バニカはそろり、と立ち上がった。無邪気に、ヒグラシは鳴き続ける。
 やっぱり、朝食が足りなかったわ。
 そろり、と手を伸ばす。ぴくり、とヒグラシが鳴きやんだ。そのまま、細く強張った前足を僅かに動かす。瞬間、延ばしたバニカの手が、ヒグラシが羽ばたくよりも前にその身体を鷲づかみにした。ばたばたと、蝉がもがく。六本脚をせわしなく動かし、首を振り、羽を震わせ、悲鳴にも近い声で泣き喚き、必死の抵抗をする。だが、バニカの視界にその姿は映らない。代わりに映る姿は。
 「美味しそう。」
 そのまま、バニカは口元に蝉を運ぶ。ひっかく蝉の足が、バニカの白い肌に多少の傷をつけた。そのまま、頭から、噛み千切る。
 「うん、悪くないわね。」
 かりかりとした表皮を食い破り、舌に広がる味は軽いナッツのようなジューシーな肉汁。頭部を失った蝉はもう、動かない。くたりと、脚も羽も脱力して、自慢の鳴き声も響かせない。
 「コンチータ様、こちらにいらっしゃいましたか。」
 背後から声が響いて、バニカが振り返ると、そこにいたのはレヴィンであった。
 「どうしたの?」
 右手に頭部を失ったヒグラシを掴んだまま、バニカが訊ねる。
 「料理人をクビに致しました。」
 「そう。」
 バニカは短くそう答えると、もう一度右手を持ち上げた。
 「代わりの料理人は・・。」
 そこまで口にして、レヴィンはびくりと口元を硬直させた。その様子を見つめながら、バニカは残り半分、ヒグラシの残骸を口に入れる。頭部よりも身体の方が味がいい気がする。川海老に近い味だろうか。ぽりぽりと噛み砕く触感を楽しんでから咽へと飲み込む瞬間、素揚げにしてみればもっと香ばしく、美味なものになるのではないかという期待を胸に沸き起こらせながら、バニカは不思議そうに首をかしげて、レヴィンに訊ねた。
 「どうしたの、レヴィン。」
 「いえ、その。」
 言葉を失ったように、レヴィンは嫌悪するように、口元と眉間をしかめさせながら、漸くまともに口を開く。
 「代えの料理人の手配は済んでおります。ランチには新しい料理人をご紹介できるでしょう。」
 「そう、なら一言伝えなさい。」
 満足するように瞳を細めながら、バニカは口元を丁寧に拭い去った。まだ、ヒグラシの味が舌に残っている。
 「今日のランチは蝉の素揚げよ。」
 はっ、とレヴィンが息を呑んだ。その様子を見つめながら、バニカは目元を緩めた。今日のランチは期待できるだろうか。腕のよい料理人ならば良いけれど。そう考えてから、バニカは思った。
 次の料理人で13人目か、と。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 悪食娘コンチータ 第二章(パート2)

みのり「第九弾ですがあうあうあうあうあうあうあうあうあう。」
満「落ち着け。」
みのり「だって蝉苦手ってか食べないよ普通!」
満「・・そう思うだろ?」
みのり「ふぇふぇ?」
満「実は日本でも戦後暫くまで虫を食べる文化があったんだ。というか今現在でもイナゴの佃煮とか蜂の子は流通しているし。」
みのり「あたしには無理!」
満「うん。因みにレイジも昔イナゴの佃煮と蜂の子を食べたことはある。・・もう食べることはないだろうが。」
みのり「んで、味はどうなのよぅ。不味いでしょ、不味いんでしょ!?」
満「蝉は東京でもたまに試食会が開かれているらしいぞ。今年の開催は終わってるみたいだけど。(毎年開催されている模様)詳しくは自己責任でググッてくれ。『セミ料理』でググればすぐ出てくる。味は書いている通り、蝉の幼虫はナッツらしい味が、成虫は海老みたいな味がする・・らしい。昆虫の中では極上の美味・・らしい。」
みのり「あうあう。」
満「でも不思議だよなぁ。」
みのり「何が?」
満「昆虫も海老も蟹も同じ節足動物なのに、どうしてこうも対応が違うのかね。」
みのり「心理的な問題でしょ。」
満「確かに虫は極限状態になるまで食べたくない。」
みのり「ということで、これからちょっとづつ気持ち悪くなるよ!次回もよろしくっ><」

閲覧数:352

投稿日:2011/08/20 13:50:12

文字数:3,513文字

カテゴリ:小説

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  • wanita

    wanita

    ご意見・ご感想

    ひぐらし見つけちゃった!素手でとっちゃったあああああ! 素晴らしい!
    そして食べちゃったもったいな←

    不気味な雰囲気とひぐらしの澄んだ鳴き声、合いますよね。

    ……昆虫研がほしがりそうな、バニカさんの視力&すばやさです。
    でも安い給料なら全部食費に消えそうで^^;

    イナゴ、ハチノコまでは食品に見えますが、さすがに蝉料理は食品に見えませんでした。しかしナッツとエビ……これだけ聞くとおいしそうなんだけど、「見た目」のハードルが高すぎる☆

    2011/09/04 23:13:12

    • レイジ

      レイジ

      普通素手でヒグラシは捕まらないだろとかその辺は置いといてくれると・・w
      コンチータ様どんだけ高速なんだw
      でも捕まえても全部食るんだろうなぁ・・。昆虫研涙目(笑)

      コメントくれたとおり、静かで不気味な描写を(特に、バニカが悪食に目覚めるところなので)出したかったってのと、とにかく蝉は気持ち悪い!ってことでヒグラシが犠牲になりましたとさw
      ・・喰いたくは無いけど。。


      2011/09/05 21:51:19

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