家に着いた時も、わたしの気分は沈んだままだった。下を向いたまま家のドアを開けて、中に入る。
「ただいま」
答える人はいない。お手伝いさんはこの辺りにはいないようだ。わたしは居間に向かった。……誰もいない。テーブルの上に、メモが置いてあった。
「お帰り、リン。今日は急なうちあわせが入ったので、出かけてきます。お腹が空いているのなら、戸棚にマドレーヌが入っているわ。でも、夕飯が近いだろうから、食べ過ぎないでね。お母さんより」
お母さん、いないんだ。安心したような、淋しいような。わたしはため息をつくと、居間のソファに座った。そろそろ家庭教師の先生が来るし、部屋に戻って着替えないといけないんだけど……なんだか、動きたくない。
ふと見ると、テーブルの上に、アルバムが何冊も置きっぱなしになっている。お母さん、しまうの忘れて行ったのね。わたしは何気なくピンクの表紙のアルバムを一冊を取り上げて、開いた。子供の時のわたしの写真が貼ってあって、ところどころ、お母さんの細かい字で書き込みがされている。「小学校の入学式」か……。新品のランドセルを背負ったわたしと、スーツ姿のお母さんだ。隣は、ミクちゃんと二人で撮ってもらった写真。確か一年の時は同じクラスだったのよね。クラス表を見て「いっしょ」って、二人ではしゃいんだんだっけ。
わたしはぱらぱらとアルバムのページをくっていった。集合写真とかもあるけれど、ほとんどはわたしとお母さん。ミクちゃんや、ミクちゃんの両親と一緒の写真もある。これはわたしのアルバムだから、当たり前か。わたしはアルバムを閉じると、水色の表紙のアルバムを取り上げて、開いた。羽織と袴を身に着けたルカ姉さんが映っている。これは、大学を卒業した時の写真ね。わたしたちのアルバムは、わかりやすいように表紙の色が違う。ルカ姉さんは水色、ハク姉さんは白、わたしのはピンクだ。
写真の中のルカ姉さんはおすましをしているように見えるけれど、おすましとは少し違うんだろうな。……いつからこうだったんだろう。アルバムは、居間にある大きな本棚にまとめて収納されている。わたしは水色の表紙のアルバムを全部取り出すと、一冊ずつ見て行くことにした。やっぱり、どの写真もおすまし……。
アルバムのページをめくっているうちに、わたしは奇妙なことに気がついた。
「……どういうこと?」
アルバムが、小学校半ばのところまでしかない。一体どういうことなの? なんで、それより前……幼稚園や赤ちゃんの時の写真が無いの?
気になったわたしは、白い表紙のアルバムも取り出すと、中を見てみた。あ……。
ハク姉さんのアルバムには、赤ちゃんの時の写真が貼ってあった。枚数はそんなに多くないけど、幼稚園の頃の写真もある。
頭が混乱してきた。その時、ふっと小学校の時の記憶が甦った。あれは確か、わたしが小学校に入学したばかりの頃だ。確か「自分の記録」を作るみたいな課題が出た。赤ちゃんの頃から小学校に入るまでのそれぞれの年齢の写真を持ってきて、紙に貼って、その年に経験したできごとを書いていく、そういう課題。もちろん、あまり小さい頃は記憶がないから、お父さんお母さんに紙に書き出してもらいなさい、と言われていた。
わたしが家に帰ってお母さんにその課題のことを話すと、お母さんは写真を出してきてくれたけど、わたしの写真は二歳の頃からのものしかなかった。これじゃ課題がちゃんとできないって泣くわたしに、お母さんは「リンの赤ちゃんの時の写真は、事故で無くなってしまったの、ごめんなさいね。お母さんが先生に手紙を書いて事情を説明してあげるから、心配しないで」って言ったんだ。
わたしは次の日、零歳と一歳の写真が無い状態の課題をしあげて提出したけれど、ミクちゃんをはじめとして、他の生徒はみんな、きちんと全部写真の貼られた課題を出していたから、ちょっと淋しかったのを憶えている。あの頃……というか、かなり長い間、わたしは今のお母さんが、自分の本当のお母さんなんだと思っていた。だからあの時、お母さんは言えなかったんだろう。わたしに会うより前の写真は、どこにあるのか知らないって。
でも……じゃあそれ以前の写真はどこに行ってしまったの? わたしの本当のお母さんが持って行ってしまったとか? でもそれなら、なんでハク姉さんの写真だけが残っているの? そもそも写真は幾らでも焼き増しできるものなんだから、無いということの説明にはならない。それに、わたしの本当のお母さんにとって、ルカ姉さんは夫の連れ子だ。ルカ姉さんの写真を持っていく理由にはならない。
まさか……ううん、そんなはずは……でも、そうだとしたら……。
ああいやだ、どうしてこんなことばかり、考えてしまうんだろう。わたしは唇を軽く噛むと、アルバムを居間の本棚に戻した。
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那薇
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