――――――――――#14
状況が掴めない。いつのまにか救出対象が目の前にいる。レンを倒したのは覚えている。何故か殺さなかったが、理由は覚えていない。そうだ、格闘だけでのしたから放って来たのだ。
「あの」
「ああ。取り合えず部屋に入れ」
「え?」
苛立っているテトは女を押し込む形で、部屋に入った。引き戸を後ろ手に閉める。
「あの、この部屋は盗聴されていませんか?」
「されている訳がないだろう。映画の見過ぎだろ」
そう言いながら、正直には失念していた。そして自分がグレートコードを使っていた事を思い出した。
「大丈夫だ。盗聴されていたとしたも、多分今は聞こえないよ」
「えっと」
思い出せない。すごく重要な何かを思い出せない。というか、仮に盗聴を遮断したとしたら、接触したと敵に知らせるようなものである。というか、敵って誰だ?ここは何処だ?
「あの、重音閣下」
「なに」
そうだったっけ?ああそうだ、私は中将だったか。いや、メディソフィスティア戦争はもう終わった。今は私たちの時代だ。そうだ。私は、ああ、思い出した?いや、かなり忘れている。
「私は、処刑されるのでしょうか」
「なんで?」
言われてみると、こいつ、この対象は味方には思えない。その割に、あまり殺意も湧かない。そもそも、この抵抗する手段がない女を殺す理由がない。だけれども処刑という言葉をはっきりというのはなんだか軍人な気はする。
「所属は覚えているのかな?」
「はっ、UTAU国家連合軍攻響兵教導団特殊教導隊所属の、所属の」
「もういいよ」
そうだ。こいつは精神攻撃を受けて撃墜されて捕虜になっている、そして私は都市強襲で離脱に失敗して逃走中の攻響兵だ。ああ。全て思い出した。蒼音の奴、暴走した上にとんでもない厄介事を押し付けやがった。
「時計は、……ないだろうねえ」
「あ、ありますよ。2130、です」
「ああ、ありが……。とう」
そいつが時刻を見たのは安っぽい蛍光時計だった。クリフトニアが捕虜に時計を与えるとは聞いた事がないので、多分検査された私物だろう。それでも、攻響兵は『意味』だけで戦う兵士である。どんな物品でも武器にしかねないのに、よく持たせようと思ったものだ。
「かわいい時計だね」
「はい!クリスマスプレゼントで、子供のときに。その」
「で、話しは元に戻るけど」
攻響兵教導団特殊教導隊所属の、とこいつは言った。確かに思い出した。こいつとんでもないエリートだ。私が知らないプロジェクトで開発された攻響兵器「VOCALION」のテストパイロットで、新型戦略機でテトを救出するために命令を受けてエルメルトで撃墜された。ねんどろいどに載っていたデータと符合する、間違いなくUTAUの軍人で救出対象の本人だ。
「はい」
「いや、こっちの話。それより、名前は?」
「あ」
能力が暴走している。そして時計ではなく、眼だ。この不気味さ、グレートコードが眼球にかかっている。だから敵として認識したんだ。
「あの」
KASANETETO――――――――――たそかれと とうこえをきき たそかれと とうあのこえは やまびこがきき
ショートエコーを放つ。攻響兵が『隠者』を使った空間で、このエコーがやり取りできるのは先に『隠者』を仕掛けていた攻響兵だけだ。
KASANETETO――――――――――弱音ハクか。
相手は何も答えない。盗み聞きに徹する積もりだ。このやろう。
「――なければならないのでしょうか」
「君の言いたい事がよくわからない。言い直してくれる?」
当然聞いていなかった。というか、というか。
「どうして戦う必要があるのでしょうか」
聞いていなかった?攻響兵教導団特殊教導隊所属の、テストパイロットが。今のショートエコーを。
「攻響兵教導団、て言ったよね?」
「はい」
――――――――――今、私の声が聴こえる?
はいの後に、何か聞こえたそぶりはしない。前線に居残ったとは言え、重音テトとて大将だ、いくらなんでも教導団の兵士の練度ぐらい知っている。まして新型ワークスペースのテストパイロットである。これはもう、これはもう。
「人間は群れる生き物で、群れがいくつか集まって国家を作るんだ。だけど、あまりに考え方が違いすぎると別の国家を作って、二つの国家を作る」
「はい」
「いつか、二つの国家が分かり合えるなら、一つの国家でいいという事になるだろうね。だけど、分かり合えないうちに利害が対立したら、例えば二つの国家で同時に飢饉が起こって二つの国で一つの国を養う分しか食料がなかったとしたら、軍人としては君はどうするかな」
「それは」
「私なら外国を略奪して食料を持って帰るかな。それは軍人として国家を守る究極の作戦だけどね」
いやまあ、失政で動員されてはたまったものではないし。超裏切って国境らへんに独立国家作りますでしょうけれども私なら。
「はい」
「では、君はどうして戦う理由を聞いたの?初音ミクに怒られたの?」
「いえ」
あー分かった。こいつ怖気づいて日和ってる系だ。だから一緒に戦うの嫌っていう感じなんだ。軍人に見えないんだ。
「誰に命令されたか覚えてる?」
「蒼音元帥大将の発令です」
「私の名前は?」
「重音テト大将です」
「君の名前は」
「覚えていません」
全部直立して答えた。間違いないんだけど、かなり不味い。ニセモノだったらどんなに良かっただろう。
「君の名前はグミ、グミだ。それだけは教えておいてあげる」
「グミ?美味しそうな名前。でも、あれ。グミだったような気がする」
「だろうね。君の名前だもの」
本当はこう、眼があれだからグミなんだけど、本当に覚えてないし分かってないみたいだ。
「はっきり言おう。君を故郷にはつれて帰れない」
「そんな」
「もし戦争が終わったら本気出す。軍人として故郷を出た君は、戦争が終わるまでは軍人でないまま帰れない」
「でも」
もう用は済んだ。こいつ、鏡音レンの精神攻撃を食らって自分が無くなってる。なまじ抱えていたって戦争中は対処できない。
「君の家族にはちゃんと恩給を出して置くよ。それでいいだろう?」
「……!!!」
はいしっかりきっかりちゃんと知ってます。この人は不景気の煽りで傾いた家族を養う為に軍に志願したとか、ばっちりデータにありました。
「……いつか、私は故郷に帰れるんでしょうか」
「私は故郷に帰れなかった兵士をたくさん知っている。故郷に帰った兵士の数はそれより多いけれどもね」
「……はい」
「外れをひいたと思うなら、今すぐ殺すよ。どうなの?」
「帰れなくても、家族に恩給が出るなら、今でも!」
「もういい。一応君の事は覚えておくよ。じゃあね」
グミさん(仮名)を押しのけて、重音テトは窓ガラスめがけてダイブした。多少は激戦を繰り広げてでも、祖国を目指さなければならない理由が出来たからだった。
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