26.守る者、守られる者
空気を切り裂く音が耳を掠めた。
「来たぞ!」
驚いて思わず物影に身を引いた若者のかわりに、ヴァシリスがさっと物陰から銃口を出して、風の来た方向に続けざまに撃つ。
響いた音に、広場の緊張が一気に高まった。
瓦礫の山に身を隠しながら、ヴァシリスの班の六人は、二人ずつ組になって、広場の三方を警戒していた。
キンッ、キンッと石畳にはじける音がする。ヴァシリスがさっと乗り出し、再び撃ち返す。
それは、訓練された者の動きだった。
「ヴァズさん、こうして戦ったこと……」
ヴァシリスがさっと手を出す。新しい弾をくれということだ。
若者が慌てて差し出すと、ヴァシリスはなれた手つきで入れ替える。相手はこの間を逃さずに間髪いれずに撃ってくる。
弾込めが終わったヴァシリスの猛攻が始まり、若者ははじかれたように身を引く。若者がその手に握る小銃の先は、かたかたと震えていた。
「ないさ」
ヴァシリスが唐突に声を発したので、一瞬若者は戸惑った。ややあって、『戦ったことはあるのか』という自身の問いに対する答えだと思い当たった。
「ないけどな、訓練は受けた。『大陸の国』では、兵役は義務だ」
ヴァシリスがさっと目を走らせる。相手の移動先を狙って牽制を撃つ。相手はすばやく身を引き、移動をあきらめた。
タタタタッ、という四連の音を聞いていると、島の若者にとっては、まるで祭りの花火か小太鼓を鳴らしているようで、その音の先の死を想像することは出来ない。
じりじりと照らす太陽が、白昼夢のように、埃の舞い上がる広場に光を照射してくる。
「訓練だけで、そんなに上手く」
ヴァシリスがさっと手を出す。次の弾をよこせとの催促だ。
さっと弾倉を入れ替える間にも、ヴァシリスの目が走り、耳が敵を追っているのだと、組んだ若者は思い知った。
「なるんだよ」
ヴァシリスが、撃ちかえした直後に、短く返した。
「相手を感じたら自分も動く。そういう反射を作っちまうんだ」
さっとヴァシリスが移動した。
「ヴァズさん?!」
叫んだ若者の声にかぶさって、パン、と音がした。
相手の銃撃音がひとりぶんだけ、減った。
ヴァシリスが、若者と少しはなれ、陰からどんどん撃つ。いくつかの声が上がる。音は続く。
「これが」
若者が、自身の銃を持ち上げた。
手の熱を、その武器はすべて吸い上げてしまうかのように重く光っている。
「これが、」
その先は、口にすることが出来なかった。若者は本来なら今日の正午、大陸行きの船に乗るはずだったのだ。兵役に出て、島を守る英雄になるつもりでいた。
みっともないと思うが、震えは止まらない。島を守るまさにその時であるのに、銃口を持ち上げるどころか狙いも定まらない。目視で敵を追うことも、出来ない。
「おい。人を殺すなんて思うなよ」
え、と若者が戸惑った声を出した。
「俺たちは島を守るため。奴らも、何かを守るためにここに来ているんだ。
言ってしまえば、お互い様だ。奴らは、俺たちだ。
俺も奴らも、自分の願いのために、撃つんだ。……他人だ、などと思うな。」
ヒトだなどと、思うな。やつらは、ただの鏡だ。
「鏡、」
その瞬間、若者を守っていたレンガの壁がはじけた。
瓦礫の転がる音と共に、彼の姿が上がる埃に掻き消える。
ヴァシリスは無言で撃ち返した。
相手が走る音がした。勢いに乗って一気に回り込んでくる。
……まずい!
ヴァシリスの背を冷や汗がすべりおちた瞬間。
回りこもうとした足音とヴァシリスの間を割るように、ガンッと音が響いた。その隙を逃さず、ヴァシリスが敵を牽制する。砂埃の向こうで足音がいったんもとの場所へ退くのが聞こえた。
「助かった!」
ヴァシリスは視線をふり向け、思わず目を見張った。
レンカだった。レンカが、ヴァシリスの隠れている土塀の影に素早く走りこんできた。
先ほどヴァシリスを救ったのは、彼女の投げた手榴弾だったのだ。
「なぜ来た馬鹿野郎!」
「出来ることがあるからよ!」
レンカが、男たちと同じ小銃を持っていた。迷うことなく相手に向けて構え、撃ち放した。弾は狂い無く着弾した。彼女が狙った、敵方の撃ち手へと。
「ヴァシリスさん。あたし、あなたに言いたいことがある」
レンカが攻撃の合間にすばやく言葉を滑り込ませる。
「好きよ」
ガンッと彼女の銃が唸った。少女の頃は海に潜り、成長した後は看護士として働いた肉体は、銃の反動をやすやすと受け止めた。
レンカが弾をこめる間に、ヴァシリスが攻撃をつなぐ。レンカの手つきは正確だ。海で鍛えた体力と、発掘と医療で培った器用さは、部隊長に教わったことをじつに素早く綺麗に吸収したようだ。
「レンカ」
ヴァシリスが攻撃を休めるかわりに、レンカが攻撃に回る。
「俺は、島を守る」
レンカが、敵を狙うタイミングでうなずく。
「だから、俺のことは、忘れろ」
レンカの銃が、相手の隠れる壁をえぐった。
「なんで」
「俺は、島が、好きだ。島の皆が好きで、リントを好きで……レンカのことを、愛している」
たたたたッと、音が響き、埃が上がる。
「いざとなったら俺は、全てを捨てて、島と、島の文化と、レンカを守るつもりだ。
だから、……恋人は、作らない。家族も、作るつもりは無い」
レンカの弾が尽きると同時に、ヴァシリスが入れ替わり、相手に向かって撃ちかえす。
「……あたしが、悲しむから?」
弾を装填しながらのレンカの問いに、ヴァシリスは振り返らなかった。その沈黙が、雄弁に答えを語っていた。レンカの喉が、ごくりと涙を飲み下した。
「『ヴァズ』。あたし、ちゃんと覚えているよ。……むかしのこと」
彼女は、覚えていた。
自分の両親が島を去る時に、ヴァシリスがどれだけ落ち込んだか。そして、その死が確定したときに、彼がどれほど落ち込み悲しみ、苦しんだか。
「……そう。ヴァシリスさんがそのつもりなら、いい」
「そうか」
ヴァシリスが、声にいくぶんかの安堵を混じらせ、弾込めのために身を引く。レンカがぱっと入れ替わって、間をおかずに牽制する。
レンカが、夏の昼間の空気を思い切り吸い込んだ。そして、銃声に負けずに声を放った。
「……なら、あたしを、守らなくていい!」
レンカがぱっと跳んだ。医院への坂道で鍛えた脚力で、彼女は隠れていた塀の上にぱっと跳び登り、立ち上がった。
「レンカちゃん!」
その瞬間、激しい銃声がとどろいた。
ヴァシリスが思わず武器を固く握り締める。
こわごわと上を覗くと、レンカは、塀の上に立ったままだった。
彼女の白いスカートが、ひとつ吹いた風に翻った。白昼夢のように白い天使が、そこにいた。
その胸元で、いつかリントが作った銀の女神像が、きらりと光って揺れた。
真昼の白い光の中に立つ少女。
彼女が真っ黒な銃を真っ直ぐに構えた先に、すでに生きているものは居なかった。
彼女の脇を飛びぬけた弾丸。彼女の足元を砕いた銃声。
高みの視点から一気に、レンカは対する相手を殲滅したのだ。
レンカが振り向き、さっとヴァシリスの側に飛び降りる。
「あの人を、掘り起こさなきゃ」
レンカは静まり返った世界の中を、崩れたがれきに向かって走った。先ほどまでヴァシリスの相棒であった若者の下へ。
瓦礫の下から、先ほどまで銃声にかき消されていたうめき声が聞こえる。生きているようだ。
「埋まっていて、正解ね」
奇跡的に瓦礫のシェルターの下で助かった若者は、ついに撃つことの無かった銃をぶら下げて這い出してきた。
「ヴァシリスさん。……いいえ、『ヴァズ』」
レンカは、呆然と見守っていたヴァシリスを振り向き、静かに微笑んだ。
「あたしは、ずっと思っていた。
あたしは、あなたのことが好きよ。でも、……あなたに、守られたいのではない。
あなたと並んで、歩きたい。
……たとえ、どんな苦しみに出会っても」
レンカの目が一度だけ、静かになった瓦礫の向こう側を振り返った。
そして、彼女は、瓦礫の下から助け出した若者に肩を貸して歩き始める。
ザ、と海からの風が吹きぬけた。青く明るい、潮の香りが、埃に埋まった町を撫でていった。
ヴァシリスの表情がうつむき、つかの間、夏の光が作り出す濃い影に隠れた。
「そうか。……そうか……」
ヴァシリスの、銃を持つ手に力が込められた。
島に落ちた落下傘の数からして、まだまだ、油断は出来ない。
ヴァシリスは再び配置につく。耳と目を抜かりなく周囲に走らせる。
海から吹く風が、埃と濃い死の匂いを運んできた。
埃だらけのヴァシリスの手が、敵へと銃口を固定する。
やがてレンカが再びヴァシリスの元へと走りこんできた。
「埋まってた彼と、配置交代だって。部隊長さんが。……彼がけが人の手当てに回ったわ」
「賢明な判断だな」
視線を合わせることなく短い会話を交わし、二人は周囲に全神経を振り分けた。
夏の空気の少しの揺れも感じ取れるようにと。
じわりと再び、周囲の熱が増していく。
同じ方向を向く二人を、同じ空気が包み込む。
……つづく。
滄海のPygmalion 26.守る者、守られる者
「知っていた。解っていた。ただそれを実行するまでに、長い年月を必要とした」
発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp
空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません^^
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ご意見・ご感想
苺ころね
その他
こめ読ませていただきました~
正直、すごいうれしかったです。あんなに自分の小説をほめてもらったのは初めてです。
たしかにあの終わり方は割れながら疑問を感じていたので、リメイクしてみようと思います。
そのときはみてくださいね~
2011/07/31 21:12:01
wanita
>納豆御飯さま
いらっしゃいませー☆
そう、「何か気になる!」という感覚でしょうか、あれ、これで終わっちゃうの、という寂しさでしょうか、とにかく気になったので感じたままにコメント入れてみたところです。
個人的にグミちゃん&プロデューサーさんを掘り下げたくてたまりません。
友人だけど、ちょっと思うところありという人や、悪役だけどなんだか不器用な人が好きなのです。
ではまた遊びにいきますね! こちらも、短い話もたまにあるので、気が向いたらどうぞよろしくです☆
2011/07/31 22:39:31