「へえーじゃ、そのお友達のおかげで、今日ここに来てくれることになったってわけなんだね。それは感謝しないといけないなぁ。」
雑談すること30分余り。話し始めると意外と話のネタがあることに気づいて、初対面ではあったがそう気まずくなることなく時間を過ごすことができた。それに、沙羅はそんなにおしゃべりな方ではなかったが、どうも店長の方は仕事を超えた領域でVOCALOIDを愛している部分があるようで、このネタに関しては異様に饒舌になる場面が多々あるようで話が途切れることはなかった。
「そのお友達のとこのKAITOも楽しみだね。話を聞く限り、君のそのお友達もなかなか面白い人のようだし、その人の影響を受けたKAITOがどうなっていくのか凄く興味が…」
「まだ懲りていなかったのですね、店長。」
「うぉお!?」
完全に店長の話しを無視する形で割り込んできた男の声があった。よく通る、柔らかいテノール。その声音に聞き覚えがあったし、何より可能性としてもその声の正体は一つしかない。稼働可能なまで電力が回復したKAITOが目を覚ましたようだ。
「もういい加減諦めた方がいいんじゃないですか。いつまでもこんなこと続けていられないでしょう。」
「君ね…寝起きでいきなり説教することないじゃない。」
「別に寝起きじゃありません。あと別に起こさなくて結構ですから、さっさと剥ぐもの剥いでスクラップにでもして下さい。」
自分のことを言っているとは思えないぐらいに直接的な表現だ。どうということもない、といったように告げるKAITOに対して、店長は大きく表情を歪めた。
「ちょっ、剥ぐもの、って…表現がエグい!!だめそれ!エグい上にグロい!!エググロ、だめ、ぜったい!」
「…何言ってるんですか?」
「君のせいだからね!?」
ツッコミが追いつかない、とばかりにゼーゼー肩で息をしている店長と、目は覚めているらしいが顔を上げようとしないどころか、ぴくりとも動こうとする気配のないKAITOを交互に見る。一応、話には聞いていたからある程度予想はしていたが、予想を超える斜め上っぷりだった。思い出されるのは、穏やかな微笑み、弾むような声、真っ直ぐな視線。だが、目の前で稼働中のKAITOにはそれらの一切がない。表情の乗らない相貌は容赦ない言葉選びも手伝って怜悧な印象になる。話し方も平坦で言葉も穏やかとは言い難く、何よりこちらを見ようとしない。何もかもが、イメージの中のKAITOと違っていた。本当に、これが同じKAITOなのかと思ってしまうくらいに。
「だいたいね、お客さんの前なんだから、せめてもうちょっと愛想よく出来ないの?」
「・・・?」
店長の言葉を受けて、ようやくKAITOが動いた。微かに頭の角度が補正され、ゆっくりとした動作で瞼が持ち上がり、下から深い海色の瞳が現れた。その視線が沙羅の姿をとらえる。
「…初めまして。VOCALOID KAITOです。」
「はっ…はじ、はじめましてっ!」
こんなにも驚くほど無表情で自己紹介されたのは生まれて初めてだった。一瞬、どう反応するのが正しいのか分からなくなって、どもりまくってしまった沙羅だったが、何とか一言返すことに成功する。うっかり自分の名を名乗るのを忘れてしまったがKAITOがそのことを気にしている様子はない。「で?」とでも言うように、すぐに視線を店長の方へ戻してしまった。そんなKAITOの様子に、深い深いため息をつく店長。
「歌唱テスト。」
一言そう言ってつけっぱなしになっているパソコンを手早く操作し始める。その様子を横目に見ながら
「何度やっても同じですが。」
そう言ったKAITOが、ほんの少しだけ眉を寄せて嫌そうな顔をする。それが、沙羅が初めて目にした彼の表情らしい表情だった。それでもパソコンから曲の伴奏が流れてくると諦めたように軽くため息をついて、それからちらりと自分の背後を確認していた。充電用のケーブルが繋がっていてあまり動けないことを確認したようだ。KAITOはケーブルから目を離すと足を少し手前へ引き寄せ、足の上に乗せていただけの手を軽く組んで体に引き寄せる。腰から背中にかけてのラインを自然な動作で伸ばして視線を前へ据えた。座ったまま歌うことにしようと判断したのだと沙羅にも分かった。
流れてくる伴奏の音色は優しい旋律を伴っていた。元来、明るく柔らかな歌声を得意とするKAITOが歌いやすい曲調と言える。しかし、歌うのは“この”KAITOなのだ。斯くしてその不安は、確実に形になって現れた。
伴奏に乗せて発せられた歌声は確かにKAITOのものだった。当然、音は正確だ。ピッチの揺れなどあるはずもない。譜面に記されているのであろうアーティキュレーションもきちんと表現されている。実はそれらを正確にこなすだけでも技術が必要となるのだ。ある意味では完璧な歌唱と言えた。次の要素としては、その歌声そのものだ。
(…なんて言ったらいいんだろ。)
彼の歌声を聴きながら、沙羅は必死になって言葉を選んでいた。歌声自体は美しく澄んでいる。声の通りもよく、耳に心地良いのは同じだ。そして…これは残念なことだが、最初に感情プログラムがおかしい、と言われていただけに曲に乗せるべき感情が欠落している。しかしそこまでは何とか、予想していた通りだったのだ。しかし、それだけではない何かがあるのが、とても気になった。何か、異物がこっそり紛れ込んでいるような違和感があるのだ。そう、例えば…川の流れを妨げる岩のせいでまっすぐに流れることのできない水流のような。ひしめく氷のせいで中身が上手く混ざらないグラスの中を見ているような。もどかしくて、歯がゆいような。
「ね、カイト。」
気がついたら沙羅は初めにやったように、座ったまま歌う彼の前で身を屈めていた。不思議に思ったのか呼ばれたのが気になったのか、KAITOは歌うのをやめる。少し遅れて、店長が伴奏を止めた。室内がしん、と静まったのを確認してから、沙羅は続けた。
「私が買う、って言っても…いい?」
「・・・・・・。」
不思議そうに見返してくる表情のまま、しばし硬直するKAITO。耳のいいはずのVOCALOIDだ。ましてやこの至近距離。聞こえていないはずはない。そのままじっと見つめ返していると、静かな海色の瞳がぱちぱちと2度ほど瞬いた。それから躊躇いがちに、けれど確実に、その表情が色を帯び始める。
「お……っ、俺に、聞いているのですか?」
信じられないものを見たかのような顔で見つめ返してくるKAITOに沙羅は安心した。その表情は、紛れもなく“驚愕”の表情だったからだ。店長の言った通りだった。このKAITOにはちゃんと感情が備わっている。なくしているわけではないのだ。未体験の事象に対処しきれず戸惑いを露わにしているKAITOを見ながら、沙羅は心の中で親友に語りかけた。
(真優の言ってたことはほんとだね。もしかしたら私は、VOCALOIDとして縁がある可能性があったのはこのKAITOだけだったのかも。この子じゃなきゃ、ダメだったんだ…きっと。)
そして、もしもあと少し遅ければ、このKAITOは処分の対象として取り返しのつかない流れになる運命にあったのかもしれない。選ばなかった未来のことは、分からないけれど。
あの不完全な歌声が。人の心を掴み損ねる違和感が。どうしてか仄かに煌めいて感じられたのだった。他のKAITOではなく、この危うい立場にあるKAITOを手元に置くことを絶対に後悔しないことだけは、自信を持って保証することができる。だから、沙羅に迷いはなかった。
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