1.



コラボが始まって、すでに3日が経過していた。
始まったと言っても、レッスンは基本的にそれぞれのマスターの都合次第である。カイトとミクのマスターは大学へ。リンとレンのマスターは昨夜仕事が残業だったらしく、まだ起きてこない様子。
今はメイコがスタジオ貸し切り状態でレッスンを受けており、他の4名は思い思いに過ごしていた。

「ただいまー」

買い出しから戻ってきたミクがリビングに入ると、リンが1人でテレビを見ていた。またしても昼メロで、例によって「あの女は誰なの!」とか「慰謝料は出さないぞ!」とかいった不毛なやりとりが繰り返されている。
リンちゃん、ひょっとして昼メロ好きなんだろうか? まだ14歳なのに、将来が心配になってきてしまう。
内心で心配されている事など露知らず、リンはソファーの背もたれに後頭部をあずけ、逆さまの格好でミクを迎えた。

「おかえりー」
「あれ、リンちゃんだけ? お兄ちゃんとレン君は?」
「なんか『男同士で秘密会議だ』とか言って、出てった」
「秘密会議?」
「どーせ下らない事だろうけど。カイ兄ぃの部屋にいるよ」

リンは大して興味なさそうにそう答えた後、ミクの持つ買い物袋に目を付けて、顔をほころばせた。

「何かお菓子ある?」
「うん。適当にスナックを何種類かと、のど飴。あとシュークリーム買ってきたよ」
「わあ! シュークリーム賛成。食べようよ」
「みんなで食べようと思って買ってきたんだけど」
「レッスンがみんなバラバラなんだし、みんな揃うの待ってたらシュークリームが傷んじゃうよ」

もっともらしい事を言っているが、要するに今すぐ食べたいらしい。
ミクは苦笑して買い物袋からシュークリームの入った紙袋を取り出した。

「待ってて、お茶淹れるから」

キッチンに入り、買ってきた物はひとまずテーブルの上に置く。
紅茶を2人分用意してリビングに戻り、リンと向かい合わせのソファーに腰かけた。
3時のおやつにはまだ少し早いが、2人だけのお茶会だ。

「1個ずつだからね」
「わー、いただきまーす」

リンはいそいそと紙袋を開け、さっそくシュークリームにパクつく。ミクはその様に目を細めながら、紅茶で喉を潤した。
甘い香りと豊潤な香りが混じり合った優雅な雰囲気。窓から差し込む柔らかな午後の日射し。
ちょっとしたセレブ気分だ。1個130円のシュークリームと安物のティーパックで淹れた紅茶だけど。あと昼メロ流れてるけど。
お互い落ちつくのを見計らって、ミクは口を開いた。

「で……どうかなリンちゃん」
「何が?」
「そろそろレン君と仲直りできそう?」

リンは口をモグモグやりながら、若干上を向いて考える。

「ん~。まあ、さすがに4日も前の話だし……ムカムカするのは割と冷めたかな」
「じゃあ」
「レンが謝ったら、許したげる」

ミクは一瞬、顔をほころばせかけたが、その言葉に再び表情をしぼませた。

「そんなガッカリした顔しないでよミク姉ぇ。冷静に考えてもさ、やっぱり私から謝るっておかしいもん。そりゃ言葉遣いはちょっと間違えちゃったけどさ、それだけで私から謝るんじゃ割に合わないわ」
「割に合うとか合わないとか……どうでもいいんじゃないかな?」
「確かにどうでもいいんだけどね。でも、相手がレンだからダメなの。ここで私が下手に出たら、絶対調子に乗るから」
「そうかなぁ」

ミクの目にはレンがそこまで考えなしには見えないのだが、リンはあくまで「そうだよ」と言い張る。

「細かい事かも知れないけど、こういう所で白黒ハッキリつけとかないと。その場しのぎの対応ばっかりしてると、いずれもっとややこしい事になるのよ」
「じゃあ、レン君が謝るまで、ずっとケンカしてるの?」
「仕方ないわ」

確かにリンの言うことにも一理あるように聞こえるが、どこか屁理屈っぽい。やっぱりまだどこか意地を張っている感じだ。
シュークリームの残りを口に放り込み、徹底抗戦の表情でモグモグしている妹を、ミクは困った目で眺めた。

「怒ってもいないのに、ケンカを続けるってのもおかしな話だと思うんだけど……」
「ま、ね。でも言ったでしょ? 複雑なんだよ、色々と。子供の頃みたいに簡単に許すワケには行かないの」
「複雑って、例えばどんな事が?」

尋ねるミクに、リンはチラリと視線を向けた。
そしてすぐさま視線を外し、澄ました顔で紅茶をすする。

「ミク姉ぇには教えない」
「どうして?」
「どうしても」

黙秘権行使に入られてしまった。
こないだから度々、リンは「複雑なんだよ」という言葉をよく口にする。
その度に問い質すのだが、答えてくれないのだ。姉としてアドバイザーとして、言わずとも察してやらねばならない部分もあるのだろうが、全く見当がつかないのだからどうしようもない。

「そう言わずに。あんまり頭は良くないけどさ、私だって話してもらえれば、良いアドバイスができるかも知れないじゃない?」
「そういうこと言ってる時点で、もうダメダメなの」
「ダメダメって」

取りつくしまもない。
妹から門前払いでダメ出しされてしまい、さすがにちょっとヘコむ。
いじけて紅茶をすする姉の様子を見て、これ以上いじめるのも可哀相だと思ったのか、リンは意地悪っぽく笑って続けた。

「まあ心配しないで、レンとのケンカなんて慣れてるんだから。ミク姉ぇは難しいこと考えないで、カイ兄ぃのことだけ見てればいいの」

不意討ちの言葉に、ミクの顔にサッと赤みが差す。
慌ててそれをごまかすように、身を乗り出してリンに噛み付く。

「な、なんでいきなりお兄ちゃんが出てくるの!?」
「おー、赤い赤い」
「赤くないっ! なんにも赤くないっ! 赤いのは郵便ポストとお姉ちゃんだけで充分なのっ!!」
「ミク姉ぇ何言ってんの?」


もはや、どちらが姉なのか分からないような会話であった。








同じ頃、カイトの部屋にて――――



「いいかレン。恋愛において何よりも大切なのは、相手の気持ちを理解する事だ」

ベッドに腰かけたカイトは、教師のごとく大儀そうに言った。

「そんなもん、どうやるんだよ。エスパーじゃあるまいし」

床にあぐらをかいたレンは、居残り補習をくらった生徒のごとく不服そうに言い返す。

「昔の人は良いことを言った。『学ぶ』ことは『真似ぶ』ことから始まる、とな」
「? どういう意味だ?」
「分からないからと言って、立ち止まっていたのでは時間の無駄だ。最初は分からなくていいから、とにかく真似をしてやってみろ、という意味だ。理論よりも経験主義を重んじた言葉だな。それゆえに実践的でもある」
「なんだよ、要するに猿真似か」

レンは不満も露わに言う。
しかしカイトは大真面目にうなずいた。

「そうだ、猿真似だ。どこが悪い? 分からないものを、それでも何とか理解しようと必死にあがくのが、そんなに恥ずかしいのか?」
「い、いや、それは……」
「努力しない者に限って、努力する者を笑う。戦わない者に限って、戦う者の必死な姿を『カッコ悪い』と言って貶めるんだ。レン、猿真似が嫌か? お前は必死に努力して戦っている者を、無責任に嘲笑う側の男なのか?」

レンの目に、強い光が宿る。
それは誇りある者の眼差し。他者の顔色を伺うばかりの者には決して無い、強靱な意思の輝きだ。

「誰もそんなこと言ってねーだろ。猿真似上等、やってやるぜ」
「よく言った。それでこそ俺の弟だ」

不敵にうなずきあう兄と弟。
しかし、そこでレンは首を傾げた。

「でも、具体的には何をするんだ? 相手の気持ちが分かるための猿真似って……ま、まさか!?」
「そのまさかだ。ミクの気持ちを理解するためには、ミクの真似をするしかない! 実はこんなものを用意してある」

カイトはおもむろに、脇に置いてあった大きな紙袋を取る。
そして、その中身をベッド上に広げて見せた。

「こ、これは……!」
「どうした? 怖じ気づいたのか、レン」
「ば、バカ言え。今までだってナースにメイドにスク水、巫女服まで……! それに比べれば、これくらい……っ!」






2人分のシュークリームと紅茶をお盆に乗せ、ミクはカイトの部屋へ向かっていた。
今、カイトとレンが何か話しているという。きっとお兄ちゃんもレン君を説得しているんだろう。
男同士で真剣な話をしているところに、水を差すのは悪い気がするけど……でも、差し入れくらいしてもいいよね。
ドアの前までたどり着き、ミクは中の様子を伺おうと、ソッと聞き耳を立てる。

『うわっ、何だこの丈の短さ!? 短い短いとは思ってたけど、マジでシャレになんねえぞコレ!?』
『どうだ? やってみなければ分からない事ってあるだろう』
『あ、ああ……スースーして落ち着かねえぞ。ミク姉ぇはいつもこんな落ち着かない気持ちだったのか……』


ん? 私の名前?
防音扉なのでボーカロイドの耳をもってしても良く聞き取れないが、何となく自分の名前が呼ばれた気がした。
不思議に思って、もっとドアに耳を近づける。


『次はこれをかぶるんだ。髪の毛1本1本の重さまで忠実に再現した、最先端モデルだぞ』
『うわ、重ッ!? ちょっ、マジ重いってコレ! カイ兄ぃもかぶってみろよ!』
『どれどれ……うっ!? こ、これは……!』


よく聞き取れないが、声のトーンから、2人が白熱して何かを話し合っている様子が感じられる。
やっぱり仲直りの件かな。2人ともすごく真剣だ。邪魔しちゃ悪いし、さっさと差し入れ置いて戻ろう。
ミクはそう心に決め、ドアをノックした。

「お兄ちゃん、レン君、お茶淹れたよ。シュークリームもあるよ。開けていいかな?」


ガタタンッ!!


中から凄まじい物音と、レンの慌てふためいた返事が聞こえてきた。

『み、ミク姉ぇか!? ちょっと待ってくれっ!!』
『なんてことだ……確かにこんなに長ければ、こんなに重いのは当然じゃないか、どうして気付いてやれなかった……』
『カイ兄ぃ、正気に戻れ! ミク姉ぇが来た!』

なにやら騒いでいる。
あ、ひょっとしたら、仲直りのための作戦とか考えていたのかも知れない。例えば、リンちゃんをびっくりさせるサプライズなシチュエーションとか。
私は別に、見てもネタバレなんて絶対しないけど……でもやっぱり、他人にネタを知られたくはないよね。悪いことしちゃったなぁ。
ミクが心の中で反省していると、ドアが開いてカイトが出てきた。

「お兄ちゃん。ゴメンね、なんか邪魔しちゃったみたいで」
「……ミク……」

カイトがミクをジッと見下ろすその表情は、なぜだか哀しげだった。
兄がそんな顔をする意味が分からず、ミクは首を傾げる。

「どうかした? あの、私、シュークリームを」

カイトの手が伸びる。
ミクの首筋を通り過ぎて、左のテールに触れる。
その感触を確かめるように、ゆっくりと梳いてみたり。その重みを確かめるように、軽く手の平で持ち上げてみたり。

「え? お兄ちゃん?」

兄の突然の行動に戸惑い、顔を赤くするミク。
どうしたの、と問いかけようとしたその時だった。

「こんなに細い体で、こんな重荷を背負って……」

突然、カイトの目から大粒の涙がボロボロと溢れ出したではないか。

「許してくれミク、お前が背負うものの重みを、人知れない苦労を、俺は何も分かっていなかった……っ!!」
「へ? お、重荷? 苦労……??」
「レンに偉そうなことを言っておきながら、当の本人がこの有様とは……。ずっと一緒だからって、それだけで俺はお前の事を知っている気でいたんだ! 本当にバカだった……許してくれ!」

いったいどうしたと言うのか。
言われて嬉しいセリフではあるが、何のことやらサッパリ分からない。
そんなミクの戸惑いに気付いた風もなく、カイトはその背後に回りこむ。

「こんな事しかしてやれないが、せめてものお詫びだ」

そう言って、なぜだか肩を揉み始めた。
両手がお盆で塞がっているため、ミクには為す術がない。肌に直接感じる兄の手の感触。その大きさと力強い握力は、紛れもない男性の手だ。
もはや戸惑いを通り越して、軽いパニックだった。

「ちょっとお兄ちゃん、ホントにどうしちゃっ……あ、あふっ……」
「ん、ここか? ここが良いのか? 気持ちいい所を言ってくれ」
「そんなの……ひゃん、首は……」
「やはりここが溜まってるんだな。よし、たっぷり揉みほぐしてやるからな」
「だ、ダメぇ……らめらって……」

首を掴まれているせいでもあるのだが、ろれつが回らない。
そこへレンも部屋から出てきた。
なぜだか少し着乱れていた。

「ミク姉ぇ、悪かった。ミク姉ぇはいつも心休まる時が無かったんだな。それにも気付かず、俺は自分のことばかりで……本当に悪かった!」
「ふぇ……? んっ、レン君まで何言って……」
「レン、男なら態度で見せるんだ。俺達でミクを労ってやるぞ」
「そうだな。よしミク姉ぇ、こっち来てくれ」
「そ、そんな、2人でなんて……!」

為す術なく、ミクは部屋に連れ込まれて行った。






なんだかフラフラしながらリビングに戻ってきたミクの様子に、リンは首を傾げた。

「お茶持って行くだけで、ずいぶん長かったね。秘密会議とやらに参加でもしてたの?」
「参加って言うか……男の子2人がかりって、やっぱりすごいよね……」

ミクは半ば放心した様子で、虚ろに答える。

「ミク姉ぇ? 何かあったの?」
「ほぐされた」
「ほぐ……何?」
「肩と首が楽になった……」
「???」


リンは頭上に?マークを山のように浮かべるのだった。


ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【カイトとミクのお話6】 ~不協和音(ディスコード)~

閲覧数:1,705

投稿日:2009/05/14 22:07:00

文字数:5,653文字

カテゴリ:小説

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  • 時給310円

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    ご意見・ご感想

    >秋徒さん
    いらっしゃいませ、いつもいつもありがとうございます!
    明日から1週間くらい家を空けなければいけませんので、入れ違いにならなくてホント良かったです。
    今回は少し、物語を動かしてみました。少しかな? いやかなり? どうだろ……って、一人言です。すいません。
    現実問題、僕の更新速度から考えると覚えてもらえている確率はかなり低いと思いますので、「ああ、そういえばそんな事あったなぁ」と、読めば思い出してもらえるよう工夫したいと思います。どうぞ安心して忘れてもらって結構ですw
    今回も長々とした話を読んで頂いて、ありがとうございました! ジーク・カイミク!www

    2009/05/16 21:33:15

  • 秋徒

    秋徒

    ご意見・ご感想

    こんにちは。今回も面白かったです。
     と言うか、あれ、ミクが歌えなくなってる…?これも新たな複線ですか!もしかして1話目のあれと深い関係ありですか!これ以上複線出すと情報処理しきれなくて私の頭がパーンってなっちゃいますよ!!
     すーはーすーはー・・・ふぅ。要するに、時給310円さんの話は奥が深いなーてことです。読めば読むほど味が出る感じです。最近カイト兄さんの格好良さメーターも急上昇ですし、何より次回のカイミクターンが楽しみと言う事です。駄目だし?何それ美味しい(ry
    最後に一言・・・ミクの服を着たコスプレンもう一回見てみた(僕

    次回も楽しみにしてます!カイミク万歳!

    2009/05/16 12:52:37

  • 時給310円

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    ご意見・ご感想

    >こばと。さん
    おお、また来て頂けるとは嬉しい限りです。お読みいただきありがとうございました!
    毎回読んで下さっているとか。ホントにありがたいありがたい、とても励みになりますです、はい。
    鏡音のターンが続いてますが、その中でもカイトとミクの関係について、こざかしくも伏線張ったり仕込み入れたりしておりますw 後は更新のスピードだなぁ……早く書かないと、読者様が伏線や仕込みのシーンを忘れてしまったら元も子もない (;゜Д゜) アワワ…
    相変わらずの遅筆ですが、どうぞ気長にお付き合い下さい。ありがとうございましたっ!


    >甘音さん
    いらっしゃいませ~、今回も来て頂いてありがとうございます。
    何も考えずに書いてるって、またまたそんな。あの心理描写には何か秘密があるんでしょう? ミクの気持ちになりきるために、ミクのコスプレしたりとか……って、それはウチの話でした、失礼w
    バカでかっこいい兄さんを書くのが好きです。能ある鷹は何とやら、な感じのカイトをこれからも書いていけたら良いなぁと。
    遅筆なりにがんばって行きますので、甘音さんもがんばって下さいね。そちらのルカはどうなるんですか、ルカはっ!?
    コメありがとうございました、またのご来店をお待ちしていますw

    2009/05/16 00:51:32

  • 甘音

    甘音

    ご意見・ご感想

    今回も楽しく読ませていただきました。
    え?アドバイス?普段から何も考えずに書いている私がアドバイスなんて出来る訳がないですw

    とりあえず、ミクだけが知らない謎があるのが気になります。
    いったいどういうことですか!というか兄さんかっこよすぎますから!
    バカなのかかっこいいのかよく解からないです、兄さん。

    もどかしい感じがたまんないですね。双子の仲もそろそろ元通りになりそうなので、この後はカイミクのターン!ですか?ああ、次が気になってたまりません。

    2009/05/15 15:40:09

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