注意:オリジナルのマスターが出張っています。
カイメイが背景にあります。
苦手な方はご注意を。
「39度5分。完全に熱ですね」
ここは僕のマスターの部屋。机に本棚にベッドに椅子。白を基調にした非常にシンプルな部屋だ。
ベッドの傍で椅子に座って、やっとの思いでベッドに寝かせて布団に押し込んだマスターの体温を伝えると、マスターが上気した顔をほころばせた。
「後5分あがると40の大台だねえ」
「のん気に何言ってるんですかマスターっ!」
「ああ、なるほど、こんな感じのエフェクトも面白いかなあ…」
「変なとこ面白がらないで下さいよっ」
マスターの脳内で僕の声がどんな風に響いているかなんて考えたくもない。
ついつい声を荒げてしまったから、流石に声量は絞る。頭痛もきっと酷いに違いないのになあ…。
僕らはVOCALOIDだから、本気で声を張り上げたら半端じゃないボリュームになるし。
「苛々してるねえ、カイト」
肩まで布団に埋めている…正確には押し込められているマスターが熱で潤んだ瞳を向けてくる。いつもよりも間延びしたマスターの声。辛くないはずはない。僕らがそれを完全に知ることはきっと出来ないけれど。
僕はその熱い額に手を置いた。冷たいね、というマスターの言葉が響く。
「さっさと寝て下さい。熱下がりませんよ?」
「不機嫌だねえ。メイコといられないのがそこまで不満なのかな?」
「当たり前です」
即座に返すと小さく笑い声が聞こえた。
ルカちゃん、ミクちゃん、リンちゃん、レンくん、それにメイコさん。僕以外のVOCALOID…マスターは家族と呼んでくれている…はここに入らないように言われている。
…マスターも男の人だから、あんまり、弱ってるとこを見せたくないんだろう。
「すまないねえ、突然倒れて」
「そんなこと気にするくらいなら寝て下さいってば」
「…眠れと言われて眠れるなら良いのだけど」
「ボリューム絞って子守唄でも歌いましょうか?」
自慢じゃないけど子守唄とかは僕の得意分野だ。
でも、僕の質問を聞いて、マスターが何度か瞬いた。
「いや…、カイト」
「何ですか?」
「紙と鉛筆を取ってくれないかな?」
「…はあ?!」
思わず荒っぽい声が出る。まじまじと見返せば、…マスターの表情がほころんでいた。布団から手を出して机を示す。
「スケッチブックと、2Bの鉛筆が良いなあ。引き出しに収めてあるから」
「ちょっと、マスターっ?!」
何をする気か、なんて、考えなくても分かる。だからこそ止めたいのだけれど。
「…『カイト』」
低く呼ぶ声に身体が痙攣して、動きを止めた。…こういう時に限ってこの人は…っ!
「『紙と鉛筆を取れ』」
「卑怯ですよおっ!」
人を害する行為でない限り、マスターの命令は絶対。感情を持たされている機械の僕らだからこそ、それは絶対無比の抑止力となる、らしいけど。…それはマスターとなる人の人格次第だとしみじみ思う。
ダメだと思うのに、僕の身体はマスターの命令に従った。机の引き出しから取り出した鉛筆とスケッチブックを、ベッドで仰向けになっているマスターの手に持たせる。椅子に座り直した僕に、小さく、ありがとう、と声が届いた。声の主はスケッチブックを開いて、お腹と手で支えながら、鉛筆を走らせ始める。
フリーハンドで真っ直ぐに引かれる五本の線。音符が次々に並べられていく。五線の上に書き込まれるアルファベット。
時折漏れる鼻歌からでは何も読み取れなくて、ついつい記されていく音符を追ってしまう。整っていないから読みにくいけど、やっぱり、紡がれるマスターの「音」は知りたい。
「モノを作る者の、性だよ」
突然の言葉につられてマスターの顔に目線を向けた。嬉しそうな顔だ。手を止めないままに、熱に浮かされたような言葉が続く。
「弱っている時ほど何かを作りたくなるのは、作るということが残すことだから。遺伝子を残したいという種の保存の欲求と同じようなものだろう」
「種の、保存…」
「個の保存もあるけれど、それ以上に強いのが種の保存。それは生物である以上組み込まれていてしかるべきものだ。だからこそ、生命の危機が迫れば、騒ぐものがある。残したい、紡ぎたい、と。…今のわたしのように」
「せ、いめいのきき、ってっ」
「モノの作り方を知っている上に女性が居ないのだから、こういう方面に向くのも仕方のないことだね」
さらりと告げられた言葉に吹き出した。突然何言い出すかな!
「やはり女性陣を近付けさせなくて正解だねえ。レンだけを近づけたらリンがすねるだろうし…」
「んなことしみじみ言わないで下さいよっ! っていうかメイコさんはあげませんからねっ!」
加減を考えずに怒鳴るように訴えると、今度はマスターが吹き出した。笑いながら手を止めて、目線だけを僕に向けてくる。
「お前、普通、そこに発想を飛ばすか?」
「そればっかりはマスターにだって譲りたくないんですから。宣言するくらい良いじゃないですか」
「…お前のメイコ莫迦っぷりには恐れ入るよ」
「ありがとうございます」
「褒めていないよ?」
「けなしてもいないでしょう?」
言い切ってみせるとマスターが笑顔でため息をついた。スケッチブックに目線を戻して、音を綴る作業に戻る。
鉛筆が滑る音を聴きながら、マスターの顔とスケッチブックを交互に見る。どちらも気になって仕方ない。
気付いたのか、マスターがまた小さく笑って、呼びかけてきた。
「カイト」
「今度は何ですか?」
「お前が居てくれて、本当に良かったよ」
思わずため息が出る。
「…マスター。その遺言みたいな台詞止めてくれません? 熱は高いですけどちゃんと眠れば治るくらいでしょう?」
「言いたくなったのだから、素直に受け止めてくれれば良いだろう?」
「今みたいな無茶しないでいてくれたら素直に受け止めます」
「…お前、本当に、言うようになったね」
「ひっどいマスターの傍にずっと居ますからね。僕だって強くなりますよ」
「それは何より」
その言葉と同時に僕に突き出されるスケッチブック。五線譜の上に音符が並んでいる。
「カイト。歌詞は『あ』で良い。歌ってくれないかな?」
マスターを睨んでからスケッチブックを受け取る。普段よりも厚みのある読みにくい手書きの「楽譜」。目を通して音を拾って、データへ変換。
ちなみに僕らのように身体を持つVOCALOIDのデータは普通、打ち込んだデータか、音声で入力される。楽譜による入力は、音痴すぎて音声入力が出来ないマスターの為に、僕が勝手に身につけた小技だ。
「歌いますけど。その代わり、歌ったら素直に寝てくださいね?」
「…お前ね」
「寝てくださいね?」
「…分かったよ」
しぶしぶとでも言質を得てから、歌を紡ぐ。
マスターが幸せそうに目を閉じるのを確認しながら、衝動に任せて書き記された、短い旋律を繰り返す。
硬い鉛筆だと書けないかもしれない。そんなことを思うくらいに力が入らないくせに。綴られた音はゆったりと柔らかくて、僕の声に馴染む。
…いつか、言葉を得て、僕らを通して、世界へ放たれるんだろうな。マスターの思いを込めたこの音も。
そんなことを思いながら、マスターのくれた音を、大切に紡ぎ続けた。
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