悪ノ散華

『悪ノ王子』の処刑にざわめく黄の国王都。広場では準備の段階で見物客が集まっていた。断頭台が運び出された際に畏怖の声が上がるも、見物客は興味と期待を隠しきれない。
 王子は粛清した者達と同様の方法で殺されるのだと。
 執行は午後三時。刃が落とされる瞬間を待ちわびる民衆は、異様な熱気に包まれつつあった。

 騒然とする王都とは対照的に、郊外は変わらず静けさを保っていた。まるでそこだけ切り離されたかのように人気が無く、廃墟から外れた位置に小屋が佇むのみ。
 外套を羽織った人影が小屋へと近付く。フードを被って顔を隠しているのはリリィ。彼女は辺りを入念に見渡しながら足を進め、小屋に到着してドアをノックする。
 始めに二回。一度止めて三回。再び二回ドアを叩く。少々間を置き、中から同じ順番で音が返って来た。続けて声が届く。
「ネジ」
「歯車」
 合言葉を口にするとドアが開き、リリィは小屋へ身を滑り込ませる。念の為、と二人で決めておいた合言葉は、黄の国で広く読まれているお伽噺が由来だ。
 リリィを迎えたのは無論レン。彼は王宮で逃げ出した時のメイド服では無く、旅装に身を包んで腰に剣を提げていた。リリィと違って外套を羽織っていないが、傍らにはそれを含めた荷物が置かれている。
 この小屋に隠れ住んで一週間。レンとリリィは王都から逃亡、もといこれからの旅生活の準備を整えていた。
 二人がまず行ったのは服を変える事だった。レンは王宮のメイド服、リリィは軍服と、そのままでは目立つ格好である。レンが人目を気にせず泣けるよう、彼を小屋に残して出掛けたリリィは、リンが用意してくれた逃亡資金で二人分の旅装を購入して戻って来た。涙が涸れるまで泣いたレンは落ち着きを取り戻し、目を真っ赤にした状態で新しい服に袖を通した。
 物資の調達は専らリリィの役目だった。彼女一人に任せるのは心苦しいと、レンは危険を理解した上で同行を申し出たのだが、リリィは頑として譲らなかった。
 レンの存在を知られれば、『王子』が偽物だと怪しまれる恐れがある。メイドの自分ならまだ誤魔化せるし、王都には頼れる知り合いもいる。だから自分に任せて欲しい。
 リリィにそう説得され、レンは買い出しの手伝いを渋々諦めた。男として歯痒いのだが、小さな自尊心を優先して捕まれば元も子も無い。
 身を潜めて間もなく、レンとリリィは王宮を逃げ出すまでの経緯を話し合った。
 合流した時点では、レンはリリィがリンベルの正体を知らないと思っていた。一方リリィは双子の秘密を知っており、その事をリンが王子に話しているのだと思い込んでいた。
 互いに勘違いのまま会話をしていたのかと、レンとリリィは苦笑を浮かべ合ったのだった。

「本当に良いの?」
 フードを外したリリィは問う。この数日に何度も同じ質問をした。そして、その度にレンが返す答えは決まっている。
 俺が引き起こした事。逃げるなんて許されない。
「王子としての最後の義務だ。黄の国が終わるのを見なくちゃいけない」
 リンが望んでいないのは分かっている。もし正体がばれれば彼女の意志が無駄になってしまう事も。それでも、『悪ノ王子』の処刑を見届けてから王都を出立する。
 リリィから公開処刑の日時を聞き出した時、レンの覚悟は固まった。リンが殺される光景を見る必要はない。早めに王都を去った方が良いと繰り返し説得されたが、レンは首を縦に振らずに今日に至る。
「やっぱり似てるよ。貴方とリンは」
 彼の考えは揺るがない。リリィは話を終わらせ、自分の荷物を確認する。食料等を調達する際に新しい棍も入手し、斬り折られた棍は処分していた。
 レンへの口調は若干変わり、リンと話す時と同じように喋っている。
「双子だから、な」
 やや沈んだ声で返したレンは、自分も鞄の中身を確かめる。旅に必要な物が詰め込まれた鞄を閉め、その脇に腰を下ろした。中身に不足が無いのは暇な時に何度も見ていたので承知している。ただの時間潰しだ。
 掌を顔へ向ける。隠し扉を殴り続けた両手は怪我をしていたが、もう治って痛みも取れていた。剣を握るのにも支障は無い。右手首には黒いリボンが巻き付けてあった。
 髪は伸ばしているものの、リンが付けていたリボンで括るには短く、しかし結んでいないと邪魔という中途半端な長さなのだ。
「そっちの準備は?」
 いつでも出発可能だとリリィが呼びかける。棍は外套の下に隠すようにして背負っていた。細く軽いがレンの剣より長大な為、移動の際には手に持つか背中に装備するしかない。
「ああ。行こう」
 レンは立ち上がって外套を羽織る。鞄を手にしてフードを被り、不安げな目を向けるリリィへ告げた。
「今なら充分間に合う」
「……本物だと名乗り出たり、暴れたりしないで下さいよ」
 自分から捕まろうとしたら力ずくでも止めてやる。釘を刺すリリィは本気だ。彼女の言葉が決して誇張ではない事を、レンは身をもって理解している。
「もしそうなりかけたら頼む」
 監視役がいれば暴走は抑えられるだろう。冷静さを保てるかは不安だが、おかしな事をしかけたらリリィが止めてくれる。今更疑う程信頼は薄くない。
「……姉様の肉親はもう俺だけで、俺も姉様しかいないから」
 レンはぽつりと呟く。リリィは聞こえないふりをして、小屋のドアに手をかけた。

「時間です」
 てっきり革命軍兵士が迎えに来ると思っていたが、牢の前に現れたのはメイコとミクの二人だった。ぼんやりとベッドに座っていたリンは顔を上げ、メイコが持つ鋏に目を止めた。
 首を落とすのに邪魔な髪を切る為だろう。リンはベッドから離れて鉄格子へ向かい、メイコへ手を差し出す。
「貸せ。自分でやる」
 メイコは躊躇いの色を浮かべる。リンが王子を演じているのもそうだが、彼女に刃物を持たせる事に不安を覚えたのだ。
「大丈夫。自害なんかしない」
 懸念を察したリンが促す。処刑から逃げる気は無く、単に自分で髪を切ると言っているだけだと判断し、メイコは鉄格子の隙間から鋏を手渡した。
 リンは結んでいた髪を解いて下ろすと、首筋を覆う金髪を切り落としていく。鏡も見ずに作業を進める様子に驚き、メイコは呟いていた。
「……手際が良いですね」
 リンは黙々と手を動かす。独りでいた頃は自分で切るしかなかったから、それで出来るようになっただけだった。
 刃が擦れる音が止む。リンは閉じた鋏をメイコへ返し、肩に付いた髪を払い落とす。床に目を落とせば、予想外に多くの金髪が落ちていた。まるで花が、色が一緒なので蒲公英が散らばっているようにも見える。少し切り過ぎたかもしれない。
 別に良いか、とリンは思い直す。もう髪を伸ばす事は無いのだ。後悔した所で無駄である。
 リンの作業が終わるのを見計らい、ミクは声をかけた。
「本当に良いの? このままだと貴女は殺されるのよ?」
 逃げるのなら今の内。未だに助命を提案する緑の王女をリンは嘲笑う。
「まだそんな事を言ってるのか」
 甘過ぎる。『王子』が逃げた後の混乱や、民衆の感情を考えていない。目の前の人間を『悪ノ王子』として処刑しなければ、革命は無意味に終わる。
 それはレンの尽力を無駄にする事。黄の国の為に悪になった彼への侮辱だ。
「死ぬのが怖くないの?」
 何故落ち着いていられる。とても死を前にした態度とは思えないと言われ、リンは静かに答えた。
「怖いのより、守りたい気持ちの方が強いんだ」
 初めてかもしれない。緑の王女へ穏やかな心境で話したのは。それは最後の会話だからなのか、彼女への鬱憤を本人にぶつけたからなのかは分からないけれど。
 死ぬのは怖い。怒り狂う民衆の前に姿を見せるのは恐ろしくて、想像しただけで逃げ出したくなる。だけど、レンが見せしめに殺されるのはもっと嫌だ。弟を処刑台に立たせたくない。
 メイコが無言で鍵を取り出し、鉄格子の錠前を外して戸を開く。いくら言葉を重ねてもリンの覚悟は変わらない。それを痛い程に理解していた。
「他に誰かいる?」
 手枷を嵌められながら、リンはメイコとミクに訊ねた。
「ここには私達だけです」
 背後に回っていたメイコが答える。牢の入り口に立つミクも頷いた。三人しかいないのを確認し、リンは王子の演技を止めて告げる。
「あの子に会う事があったら伝えて」
 黄の国王女の遺言がメイコとミクの耳に届く。リンの言葉が終わるのを合図にして、三人の雰囲気が張り詰めた。
「……行きましょう」
 メイコが固い口調で促す。彼女と共に牢を出たリンは、毅然と背筋を伸ばして歩き出した。

 薄暗さに慣れ切った目に太陽の光はこたえて、リンは反射的に目を細める。久し振りの外は地下牢と比べ物にならない程光に満ちていて、抜けるような青空が広がっていた。風に吹かれて金髪が揺れる。
 良い日だ。とリンは微笑む。黄の国が生まれ変わり、レンが自由になるには絶好の日和である。神を信じていなくとも、天は粋な計らいをしてくれたらしい。
 メイコとミクに連行される王子の姿を目にして、国民が一斉に怒号を上げた。興奮した彼らの叫びは王都を揺るがし、処刑台へ進む王子に罵声が叩き付けられる。憎悪を浴びる本人は素知らぬ顔で足を進めていた。
「この悪魔が!」
「首をはねろ!」
「悪ノ王子に鉄槌を!」
「殺せ!」
 憎しみを露わにする群衆は、リンの目には全て同じ顔に見えた。レンの死を望み、待ちわびているのがありありと分かる。嫌悪感を悟られないよう無表情を決め込んでいると、突如額に走った衝撃によろけてしまった。鈍い痛みに鋭く息を吸う。
 血を流したリンは体勢を立て直す。石をぶつけられるのは初めてじゃなかった。落ち着いて再び歩き出し、メイコに従って処刑台に上る。急ごしらえの割にはしっかりしているなと、場違いな感想を抱いた。
 太陽の光を反射させているのは、獲物の首を落とす出番を待つ巨大な刃。断頭台の傍には革命軍兵士が控えていた。リンは執行の前に空を見上げるのを許され、最後の青空を目に焼き付ける。
 醜悪な熱気に包まれた群衆とは違って、混じり気一つなく澄み切り、人には決して生み出せない輝きに吸い寄せられそうになる。拘束されているので無理だが、手を伸ばせば届くかもしれない。飛んで行けるかもしれない。そんな錯覚を起こす程に、見慣れたはずの空が綺麗に思えた。
 そっか、似てるんだ。
 穏やかな海を彷彿させる深い蒼。色合いの差はあっても、レンとカイトの目にそっくりだ。リリィの目も同じ色を持っていた。
 リンが顔を正面に戻したのを見て取り、メイコは待機していた兵達へ指示を送る。リンは当然抵抗する気など無く、大人しく断頭台に首を固定された。
 怨嗟の声は多過ぎて何を言っているか分からず、最早ただの音にしか聞こえない。しかし体に伝わる振動は罵声の大きさと強さを示していた。騒音に耳を叩かれながら、リンは無意識に群衆を見渡す。
 恨み言を口にする人々。狂ったように喚く見物客の中、周囲に流されていない者がいた。懸命な表情で断頭台を、正確にはリンを見つめている。
 似通った外套を着た二人組を捉え、リンは目を見開く。あの身長差とフードから覗く金髪は間違えようが無かった。小さく笑みを浮かべ、リンは心で語りかける。
 リリィ。レンをよろしくお願いね。
 迷惑をかけてばかりだった友達。親友へ。
 レン。『王子』は私が連れて行く。だから、君は自由に生きて。
 一緒に生まれた片割れ。大切で大好きな弟へ。
 教会の鐘が鳴る。高らかに響くのは終わりを告げる音色。午後三時を迎えたのだ。鐘の音と共にメイコの声が聞こえる。
「言い残す事はありませんか」
 レン王子として最後に言いたい事は無いか。訊ねられたリンは一度顔を伏せ、群衆に表情を隠す。
 リンとしての遺言は伝えてある。ならば国民が望む『悪ノ王子』として相応しい言葉を。処刑を最高に盛り上げる演出を。
 正面を向き、群衆に笑顔を見せつけてやる。レンとリリィからはわざと目を逸らして『俺』は言った。
「ああ。おやつの時間だな」
 言い終えるのと鐘の余韻が消えるのが重なって。
 断頭台の刃が落とされるのも同時だった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

蒲公英が紡ぐ物語 第58話

 召使でもメイドでも、やっぱりこのシーンは書いてて辛いです。
 何でも無い景色や光景が凄く綺麗に見える時ってありますよね。気の持ちようなのかもしれませんが。

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閲覧数:764

投稿日:2013/10/13 17:37:55

文字数:5,013文字

カテゴリ:小説

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